日常
僕の職場は、深夜のコンビニだ。
ひきこもりには敷居の高い接客業ーーなんて、そう身構えるほど、客との接点はない。
挨拶と、会計の時の定型文。
これだけ覚えれば、コミュ力なんてなくても、問題なくこなせる。
特に深夜となれば客数も少なく、主な仕事は品出しとか清掃、商品のチェックくらいになる。
同僚とのコミュニケーションは多少必要だが、幸いこの店の従業員に、苦手なタイプの人はいない。
今日の相方は、ぱっと見十代の少女にしか見えない、佐々木さん。
先程来店した、人目も憚らずイチャつくカップルの男の方ーーチャラ男風の彼が差し出した避妊具に、ちょっと頬を赤らめながら、会計をしている。
それをちょっとニヤケながら眺める彼氏に、彼女の方が悪趣味ぃとか茶化しているのをみて、思う。
もし、佐々木さんが風俗嬢で、しかも朝の部のナンバーワンだと知ったら、彼等はどんな顔をするのだろうか、と。
佐々木さんは、かなりの童顔ではあるけれど、所謂シングルマザーというやつで、歳だって少なくとも25は超えているはずだった。
どうやら色々と複雑な事情があるらしく、親の支援も受けられない彼女は、朝は子供を保育園に預けたあと風俗で働き、夜は子供を寝かしつけた後、ここでバイトしているらしい。
まぁつまり、佐々木さんは避妊具なんて彼等以上に見慣れていて、それであんな反応なのだ。
よくそういうお店の女の子のプロフィール欄にある清楚系って、ああいうことなんだろうかと考えて、ちょっと笑いそうになる。
会計を終えて店を出るカップルにありがとうございましたーっと適当に挨拶をして、ふと横を見ると、佐々木さんがジト目でこちらを見ている。
「いま、笑ってたでしょ」
目が合うなり飛んできた言葉に、僕はそっと目を逸らし、いや、まさかなんて白々しく言い訳をするが、勿論誤魔化せる訳もなく、佐々木さんは軽く頬を膨らませ、不機嫌そうにそっぽを向いた。
可愛い。
ーーではなく。
怒らせたままというのも気まずいので、先程考えていたことをそのまま伝えて、軽く謝る。
すると、佐々木さんは少し赤くなった頬を膨らせたまま軽く睨んでくる。
なので、
「そんな顔しても、可愛いだけですよ」
そんな感じで軽く返せば、今度は少し呆れた感じでため息を吐き、調子いいんだからーなんてボヤいた。
僕はそれにすみませんと答え、佐々木さんはもういいよと返す。
深夜のコンビニは割と暇で、こんな感じのやり取りだって、しょっちゅうだ。
彼女の昼の仕事を知ったのも、軽い雑談の最中のことだった。
割とヘビーな話を、あっけらかんと話し、お店に来てくれたらサービスするよーなんて、営業までかけられたときは、ちょっと反応に困ったものだ。
因みに、結局僕はそういった意味で彼女のお世話になったことはない。
だって、顔見知りとそーゆーことすると、多分かなり気まずいし。
僕は、このバイト先の生温い人間関係が、割と気に入っていた。
集団の中には馴染めなかった僕も、一対一ならそれなりにやっていける。
だから僕は、今日も暇だねーなんて言ってくる佐々木さんに、ですねーなんて返して、そんなどうでもいいやり取りにも満足している。
つまり、折角手に入った魔法は、やっぱり僕には必要ないものだったのだ。
少なくとも、いまこの時点では。