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『勝負の夜』の行方は……

 忍び入った部屋はずいぶん豪華な部屋であった。家具が点々としか置かれていないが、つまりは、それだけぜいたくに余裕をもって空間を使っているということである。

 その家具も、使っている木材や塗装、装飾など、凝っていて明らかに上等のものであって。部屋の主は、これだけの部屋に住んでいるのだ、身分が高いことは明白であった。

 部屋の中は薄暗く、真っ暗ではない。ベッドサイドの灯りは消していないのだろう。ベッドのあたりだけ、ぽぅっと小さなあかりが見えた。ランプが灯されているらしい。

 好都合。ちょっとだけ、ほっとした。

 メリューナ自身は夜目がきくとはいえ、人間はそうではない。少しでもこちらの姿を見止めてくれて、『綺麗な女じゃないか』ということを知ってもらわなければ。

 そうすれば男なんて単純なものだから、『美人に夜這いをかけられた』などと、よろこぶ可能性だって高かった。サキュバスとしては、そこに付け入らせてもらうというわけだ。

 メリューナは、そっと奥にある寝台へ忍び寄った。大きなベッドだった。ダブルベッド、いや、それ以上あるかもしれない。メリューナが人間の世界の家具の規格になど詳しいはずがなかったので、ただ「ずいぶん大きくて立派ね」と思っただけだったけれど。

 大きいだけでなく、ベッドを構成する柱などには美しい彫りが入っていて、上等なものであることは一目瞭然であった。

 その大きなベッド、そこには一人の男性が眠っている。

 黒い短髪、前髪は少し長め。まだ若いように見える。二十代なかば……といったところかしら。メリューナはそのように予測した。

 ただ、年齢よりも重要なのは、彼がなかなか整った顔立ちをしているということだった。起きて活動しているならば、きっと女性の注目の的になるだろう。メリューナもその容姿を見て、嬉しくなってしまう。

 だがメリューナは別に、女性型の淫魔として見目好い男性から精気を吸いたいとか、そういうことではない。まぁその理由がまったくないわけではないのだけど。

 これは単純に、食事としての理由。見た目がいい人間は、それだけ精気が美味しいのである。美味しいだけでなく栄養価も高い。

 どうしてそんな仕組みなのか、詳しいことをメリューナは知らない。ただ、そういうものだと教えられたし、よって、綺麗な人間を狙ったほうがいいというのは、以前から言われていた。

 ターゲットの質が良いことに嬉しくなったメリューナは、単純なことだが、きっとこのあとも上手くいくと思わされた。勝負の今夜、ずいぶん緊張してやってきたのだが、幸先いいことだ。

 でも夜は短いから。

 メリューナは、最後の覚悟とばかりに、ごくっと唾を飲んだ。そっと大きな寝台のはしに膝をかける。

 そこでスマートに、するっとのぼれれば良かったのだが……。

「きゃっ!」

 ずるっと、膝が滑った。思わず悲鳴を上げたが時すでに遅し。メリューナの体は思い切り前へつんのめり……。

 ドサッ!

 あろうことか、ターゲットの真上に思い切り落っこちてしまったのである。

 そんなことをされて、すやすや眠っていられる者がいるものか。よく眠っていた男性は、思い切り「グッ!?」と変な声を出した。驚きよりむしろ苦し気な声であった。

「ひっ……」

 むしろメリューナのほうが怯えてしまう。体が固まる。

 やってしまった、初っ端からやらかしてしまった。心臓が一気に冷える。

 しかしもう逃げる余裕など無かった。がしっと、なにかがメリューナの腕を掴んだ。もちろん、眠っていて、おまけに自分の上に落っこちられた男性のものである。

「賊か!?」

 はっきり目覚め、寝込みを襲われた……まぁ違う意味なのであるが……男性が身を起こす。彼の上に突っ伏すような形に落っこちていたメリューナは、開いたその目に見据えられて、再び心臓が冷えた。

 けれどその次に起こったのは、高鳴りだった。心臓がどきどきと高鳴る。それは彼の瞳が高貴な金色で、とても綺麗だったから。

 寝込みを襲われたのだ。はっきりと目覚めておらず、どこかとろりとしていたけれど、その瞳はメリューナの心を惹きつけてしまった。

 しかしそんなことをしている場合ではなかった。

「……女?」

 捕まえた相手をしっかり認識できたのだろう。彼は顔をしかめた。

 別に、女性イコール賊ではない、というわけではない。女性の暗殺者だっているだろうし。

 だがメリューナの格好は暗殺者には到底見えないだろう。こんな無防備極まりない、薄いワンピース一枚の姿で。そして、暗殺者などよりこの姿はちゃんとメリューナの目的を表している格好のはず。

「えっ、えっ、ええっと! こ、こんばんは!」

 だが。メリューナの口から出たのはそんな言葉だった。メリューナを捕まえている彼が、顔をしかめる。こんなところで夜の挨拶など場違いすぎる。

「なんだ、貴様は」

 あからさまに不審そうな顔になった。それを見てメリューナは、やっと理解した。

 この切り出しは違ったらしい。もっとなにか……よくわからないけれど、色っぽいことでスタートしなければいけなかったようで。

 ああ、もう、はじめからダメダメ。

 メリューナは心底後悔したけれど、気を取り直した。

「あ、貴方と……契りに来ました!」

 言った。

 今度は正しい理由を。

 まぁ、『契って精気をいただく』なんてことは言うはずがないが。

 正しい理由を言ったというのに、男性にはもっと不審そうな顔をされる。

「なにを言っているんだ?」

「えっ……」

 意味が通じなかったというのだろうか。メリューナのほうも疑問を覚えてしまった。

 もしかして、成人男性の見た目とは違って、そういうことに疎いのかもしれない。それならもっとはっきり言わねばだろうか。

 思ったメリューナだったが、それは違っていた。

 男性は一気に、警戒を解いた顔をする。それどころか呆れ顔といって良いものが顔に浮かんだ。

「それならば、もっとましなやりかたがあるだろう」

「えっ……」

 またメリューナは同じことを言ってしまった。

 ましな、やりかた?

 確かに上手くできなかった自覚はあるけれど、ましなやりかたとは。

 メリューナがそれをよくわかっていない、という顔をしたのが伝わったのだろう。男性は、ますます呆れたようで、はーっ……とため息をついた。

 もはや、完全に男性のペースであった。戸惑うメリューナがそれを理解することはなかったが。

「夜這いをかけるのならば、もっと良い誘惑があるだろうと言っているんだ。それをなんだ。貴様は。いきなり俺の上に思い切り落っこちてくるわ、こんばんはだ、挙句……。雰囲気の欠片もない」

 ずばずば言われて、メリューナは、ぐっと詰まってしまう。

 その通り過ぎた。すべてが男性の指摘したままなのである。誘惑が不適切でありすぎた。

 なにも反論できない。ここまできてしまって、『貴方と契りにきました』どころではなかった。

 両者、沈黙が落ちる。

 先に動いたのは男性だった。メリューナを掴んで、乱暴に退かす。

「きゃあっ!」

 どさっと床に落とされる。衝撃が体を襲った。いたぁ……とうめきつつ、しかしこうなっては仕方がない。

 諦めて座り込んだメリューナを見て、男性はしばらく黙っていた。自身も起き上がり、ベッドの上にあぐらをかいて。じとっとした目でメリューナを見つめる。

「……ともかく。言い訳を聞こうか」

 言い訳、と言われても。私はこの方の精気を貰いにきただけなのだけど。それ以上のことはないのだけど。

 思ったメリューナだったが、それを口に出せるはずはない。

 だが、ここまできて「すみません。帰ります」ということも出来ないではないか。

 ああ、今夜も失敗の予感。勝負の夜、だったのに。

 メリューナは泣きたい気持ちを味わう。今夜こそは成功してみせると、意気込んできたというのに。

 しかし、その気持ちはまだ甘かったのである。

「わかりました。王太子様」

 観念して言ったというのに、男性はそれに答えなかった。

 あれ、と顔をあげると、また変な顔をされている。メリューナはまたわけがわからなくなった。大人しく尋問を受け入れる気で言ったのに。

 メリューナのその様子は、男性に何度目かのため息をつかせてしまった。今度は眉間まで抑えられる。

「貴様は……」

 やっと言った、という声で出てきたこと。

 それにメリューナは真っ赤になってしまう。

「貴様がなんなのかはわからんが、相当劣等生なのは理解したぞ」

「えっ、そ、そんな、どうして」

 劣等生。

 恐ろしく恥ずかしくなった。

 何故なら実際、そう呼ばれているからだ。主に仲間たちから。

 そう、メリューナは淫魔として相当、出来が悪いのである。それを初対面の獲物、といったら口が悪いが、ターゲットの男性から指摘されようとは。恥もいいところである。

「俺は」

 そんなメリューナにわざわざ説明してくれるような、噛んで含めるような声だった。

「王太子などではない。王宮に仕える、騎士の一人にすぎん」

 言われた言葉。

 メリューナの意識は、くらっと揺れた。

 劣等生、などと言われても仕方がないことだった。

 まさか、ターゲットを間違えていたなどとは。

 自身で言ったように、メリューナが狙ったのはこの王宮の王太子。騎士などではない、つもり、だった、のに。

 意識がくらくらとして、遠くなりそうだ。

 今夜の失敗は、確定。

 思い知って、目の前が真っ暗になったメリューナであった。

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