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裏口へのおつかい

 メリューナはその日の夕方、グライフの私室へ向かっていた。今回は仕事である。仕事終わりのグライフのお世話が入っていた。

 だが今日はいつもと違う具合になりそうであった。

 なにしろあの演習場のできごと。なにかしら体調や具合が悪いのだろう。

 グライフがあのあとどうしたのか、メリューナは知らない。

 医務室などで医者にかかったのか、それとも部屋で休んでいるのか。どちらかだろうが。

 グライフの私室の前に辿り着き、数秒ためらったがノックをした。

「メリューナです」

 名前を告げる。こちらも数秒、なにも応答はなかった。

 しかし少しして「入れ」と声がした。メリューナは、ほっとする。とりあえず、返答してくれる余裕はあるようだ。

「失礼いたします」

 きちんとことわって、メリューナはドアを開けて中に入った。中は暗かった。まだ夕方で日も落ち切っていないのに、カーテンが引かれている。

 おまけにグライフはベッドに横になっていた。メリューナが来たと見て、半身を起こしたが。

 しかしすぐに額を押さえる。頭痛でもしているような様子で。

「あの、お体がお悪いのですか……?」

 メリューナの心に不安が溢れた。グライフのコンディションが悪いというのは心配だ。

 人間は些細なことで死んでしまうから。騎士として強かろうと、それは誰であっても抗えない。

 この方がもしや死んでしまったら。そんなことは。

 メリューナの胸はざわざわして、嫌な感覚でいっぱいになっていた。

「ああ……大したことはない。少々、頭痛がな」

「そう、ですか……」

 そう言われてはその通り取っておくしかない。メリューナはそのまま受け止めるしかなかった。

「あの、お医者やお薬は……」

 おそるおそる尋ねたが、「もう済んだ」とだけ言われてしまった。メリューナはやはりそれ以上なにも言うことができなかった。

 ではお水やタオルなんかをお持ちしたらいいのかしら。

 考えている間に、グライフが口を開いた。

 それは意外なものであった。

「いや、だがちょうど良かった。使いがそろそろくるのだ。その者から荷を受け取ってきてくれ」

「お使いの方……?」

 不思議に思った。なにか荷が届くのはともかく、この状況ですぐに受け取らねばならないようなものなのだろうか。

「ああ。裏口を出て、壁沿いに曲がったところだ」

 言われたことは余計にわけがわからなかった。裏口とは。どうして玄関ではないのか。

 疑問に思ったけれど、断れるはずもないし、特に断る理由もなかった。メリューナは「かしこまりました」とそれを請けた。

 おいとまして、部屋を出る。裏口は一階のはしにある。玄関とは真逆のところだ。

 階下へ降りるべく階段へ向かいながらメリューナは内心首をひねるしかなかった。

 なんだか色々おかしい気がする。グライフの不調がなんであるかがそもそもわからないし、このお使いの意味だってわからない。やはり大人しく行くしかないのだけど。

 ただ、お使いの『荷』は、なにか、お忍びのものらしい。そうでなければ裏口であろうはずがない。

 一階へ降りて、裏口へ向かう。ドアと向かい合って、そのまえにちょっと周りを見回してしまった。

 すぐに開けるつもりだったが、メリューナはちょっと目を細めた。廊下をゆくひとがいる。それは黒と白の服を着た使用人たちだった。なにか話しながら歩いていく。

 なんとなく、ひとに見られないほうが良いと思った。メリューナは咄嗟に近くにあった備品の棚に向き合う。適当に弄った。

 使用人たちはこちらへやってきたが、すれ違いざまに「お疲れ様」としか言わなかった。メリューナも「お疲れ様です」と返した。そのまま歩いていってしまう。

 良かった、彼らはメリューナがなにかの仕事を言いつけられて、ものかなにかを探しているとしか取らなかったようだ。

 彼らが廊下の向こうの角を曲がってしまったのを見て、メリューナは、ほぅっと息をついた。

 別に、裏口から出るところくらい見られてもかまわなかったのかもしれない。裏庭に仕事の用事があるケースもあるのだし。けれどなんとなくやはり、気が引けた。

 こんなふうに感じること自体おかしいのだけど。

 思いながらメリューナは今度こそ裏口のドアを開けて、外へ出た。しかし、ほかのひとに見られないほうが良いというのは、どうやら当たっていたようなのである。



「あの、グライフ様のお使いで参りました」

 裏口を出て、壁沿いに少し歩いて、そして曲がる。そこには一人の男が立っていた。黒いかっちりとした衣装を身にまとっている。

 きっとこのひとだろう。メリューナは彼に話しかけた。

「ああ、グライフ様付きのメイドさんですね」

 低い声で彼は言った。

 銀色の髪をしているが、それが元々の髪色なのか、白髪であるのかは定かではなかった。壮年なのは確かだろうが。

 整った顔立ちをしていた。しかしなんだか顔色が良くない。青ざめたような顔色だ。その中で、何故かくちびるだけが血のように赤かった。

「はい」

 頷いたメリューナに、彼は持っていたものをこちらへ差し出す。紙袋であった。しかしずいぶん細長い。

「こちらが使いの品になります」

 メリューナは素直にそれを受け取った。

「割れ物ですから気を付けて持っていってください」

 中身は瓶のようだった。ずっしり重かった。

「はい。確かにお預かりいたしました」

 ぺこりとお辞儀をしたメリューナ。これで用は済んだ、はずだった。

 けれど、黒服の彼は何故かメリューナの顔をじっと見つめてきた。

「……?」

 これほどまじまじと顔を見つめられたことはないので、戸惑ってしまう。おまけに彼の視線はなにかを探っているようなものであった。

「貴女、……。いえ、なんでもありません。では私はこれで」

 そしてなにかを言いかけた彼であったが、すぐに言葉を切った。メリューナと同じように一礼する。

「あ、はい……。お、お疲れ様です……?」

 どう挨拶をしたものか一瞬悩み、使用人同士でするようなものになってしまったが、言った。彼はちょっと頭を下げ、すたすたと行ってしまった。

 メリューナはお使いの紙袋を手にしたまま、しばらくそれを見送ってしまった。

 どうにも奇妙なひとだった。姿や発言だけでなく、まとう空気やなにか……メリューナが感覚として感じたものであったが、なんとなく奇妙だったのだ。

 彼はすぐに先の角を曲がって見えなくなった。それを見届けて、メリューナも戻ろうとする。

 お使いは無事に終わった。いや、これをグライフに届けるまでがお使いではあるが。

 紙袋をしっかり提げて、建物に入って、来たのと逆に上へのぼるべく階段へ向かう。

 ずっしり重い、瓶らしきもの。正体はなんだろう。思ったが勝手に見るわけにはいかない。

 メリューナは大人しく階段をのぼり、廊下を歩き、元通りグライフの私室に戻ってきた。

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