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騎士団、華麗なる模擬演習

「さぁ! 次に指南を受けたい者は誰だ!」

 窓の外に広がっているのは広々とした演習場だ。今日は騎士たちの一斉演習があるらしい。大勢の騎士が演習場に出て並んでいた。

 そのトップに立ち、模擬戦用の剣をかざしているのは、もちろん騎士団長のグライフである。目の前には、つい先程叩きのめされた新人騎士が座り込んでうめいていた。

 グライフの指南は厳しく、容赦ないと評判のようだ。騎士たちがぼやいているのを以前、通りがかりに聞いたことがある。

「もうちっと手加減してくれてもいいのに」

「身が持たねぇよ」

 そんなふうに何人かで集まって、愚痴っているのを、だ。

 しかしそこへやってきて、それを諫めた者がいた。

「手加減をしては演習の意味がないだろう。それにグライフ様のご指南は厳しいが、きみたちに怪我をさせたりされたことはないだろう」

 巻き毛の金髪をした、見た目も麗しい男性。歳はグライフと同じか数歳下程度だという。『ラントユンカ』と名の彼は、騎士団小隊の隊長である。

 やんわりと注意をされ、騎士たちは気まずそうに、「す、すみません」とこそこそと去っていった。それを見送ってラントユンカは、やれやれ、とため息をついていたものだ。

 仕事のひとつとして、洗濯かごを抱えてちょうど通りかかっていたメリューナは、それを偶然見てしまったというわけ。もう一ヵ月近くは王宮にいるのだ。グライフの身近な人々くらいは把握していた。

 簡単にいってしまえば、ラントユンカはグライフの直属の部下ということになる。そしてなかなか優秀な人材だそうだ。グライフが頼りにしているのも、端々から伝わってくる。

 また仕事ができる面だけではなく、見た目が麗しいこともあり、メイドたちの間でも人気があった。グライフと人気を二分していたといってもいいほどだ。

 件の騎士への注意に見られるように、気質は穏やかな彼。しかし剣を取らせれば少なくとも、率いる小隊の中で敵う者はいないらしい。

 小隊長といっても単純に剣の実力だけで選ばれるわけではない。むしろ上に立つ、リーダーシップのほうが重要視されるくらいだ。

 しかしラントユンカは実力、リーダーシップ、両方を兼ね備えていると評価されているのだ。それはメイドたちが沸き立っても仕方ないだろう。

 そんな直属の部下の彼。今日も演習場の端にいた。小隊長がこのような場で進んで演習に参加することはあまりないのだと、メリューナは今日のように、以前、演習を見ているときに同席していたエマに聞かされていた。

「今日もグライフ様は容赦ないわね」

 演習場の様子を見て、エマが言う。現在のメリューナたちの仕事は廊下の窓拭き。よって、演習場の様子をちらちら見て少しサボりを混ぜながら、窓を拭く仕事も一応進めていた。

 一緒に持ち場についていたメイドたちも同じであった。むしろ彼女たちのほうが仕事を放り出して、窓の外に夢中になっている。

「そうね。流石だわ」

 メリューナも先程の剣さばきには見とれてしまった。まるで流れるような手つきで新人騎士の手元から剣を弾き飛ばす。新人騎士が座り込んだのは、おそらく手首が痺れた衝撃にであろう。

 演習であるから本物の剣ではないし、切りかかっても怪我をしたりしない。

 それでもグライフは切りつけることをしなかった。先程のように剣をはじくか、もしくは体に触れる寸前でぴたりと剣をとめるかである。それは上級者でなければ難しいことだと、やはりエマに教えられていた。

「あっ! あらあら、ラントユンカ様がご参加されるようよ!?」

 急にエマが声を弾ませたので、メリューナもちょっと驚いた。眼下の演習場では、ラントユンカがグライフの前に進んで、立ち、お辞儀をしたところだ。

「珍しいわ! 小隊の指南はよくされているけれど、グライフ様とお手合わせなんて」

 エマの顔が輝く。エマはわかりやすく『ラントユンカ様派』なのである。

「私、初めて拝見するわ」

「そうよね! 私もお二方のお手合わせなんて、どのくらい久しぶりに拝見するか」

 それに沸き立ったのはやはりほかのメイドたちも同じであったようで。廊下の窓はすっかり放り出されていた。

 お辞儀をし合ったあと、両者、模擬剣を構えた。数秒、どちらも動かない。

 初めて演習を見たときは、すぐに打ち合わないのが謎だったが、どうやら『相手の出方をうかがう』『空気をはかる』とか、そういう状態らしい。教えてもらってもメリューナはよくわからなかったが。

 先に動いたのはラントユンカだった。土の地面を蹴って、勢いよくグライフに突っ込んでいく。グライフが中段に剣を構えた。

 遠いので音までは聞こえない。けれど、ぶつかった剣同士はきっと鋭い音を立てたろう。

 キン、キン、とここまで小気味いい音が聞こえてきそうなほど、美しい打ち合いだった。

「どうかしらね。ラントユンカ様もなかなかの腕前なのよ」

 エマは勿論彼に勝ってほしいだろう。けれど実力的には当たり前に、グライフのほうが上であることも知っている。なのでラントユンカのほうが分が悪いといえた。

 両者、引いたり押したりしながら打ち合い、なかなか勝負はつかない。メリューナは見守りながら、はらはらしていた。

 心の中ではグライフに加勢していた。真剣な顔で剣を振るう彼は雄々しく凛々しかった。メリューナに向き合っているときとはまるで違う顔。

 しかしこちらも魅力的だ、と思ってしまう。シンプルに、格好良い。戦う男性は魅力的に見えると聞いたことがあった。それが何故かまでは聞けなかったけれど、確かにいきいきと、輝いて見えるのだった。

 メリューナの心臓がどきどきと速い鼓動を刻む。見惚れるやら、勝負の行方が気になるやら。

「あ、あら!」

 不意にエマが変な声をあげた。メリューナの心臓もひやっとする。

 グライフの体に明らかな隙が生まれたのだ。それは素人であるメリューナやエマにもわかってしまうほどの。

 そこを見逃すラントユンカではない。そこへ切り込み、そして、グライフが指南でするように、ぴたっと剣をとめた。グライフの胴、すぐ横で。

 周りはざわめいていた。グライフがこのような負け方をするところなど、滅多にないことだろう。

 しかしこれはなにか、異常が起こったらしい。グライフの体が、ぐらっとかしぐ。膝をついた。

 ラントユンカが焦った様子で手をさしのべた。

「ど、どうしたのかしら。お体の具合でも悪いのかしら」

 おろおろとエマが言う。演習場もざわめいている様子だった。そしてこの廊下にいるメイドたちも。同じように不安げな空気で、どうしたのかしら、と言い合っている。

「そう、みたいだけど……」

 どうやらそのようである。体の具合が悪いのに無理をおして参加していたのだろうか。そしてその不調が出てきてしまったとか。そのように見えた。

 やがてグライフは立ち上がったが、ラントユンカに手を借りてであった。そのあと別の、若い騎士がグライフに肩を貸した。そのまま退場していく。体の不調は明らかであった。

「え、え、大丈夫かしら……。お風邪とか……?」

「今朝はそのようなご様子、見られなかったけれど……」

 メリューナは首をかしげるしかなかった。だって、朝、グライフのお世話をしたときはなにも変わった様子などなかったのだ。それが急に。

 演習場ではグライフに代わり、残ったラントユンカが手をあげてなにやら指示をしていた。このあとのことは彼に託されたようだ。

 そしてこの場も。

「皆さん、なにをサボっているのですか!」

 鋭い声が響いた。ぎくっとしてメリューナとエマは勢いよく振り返る。目を三角にしたリーダーのソフィが立っていた。

 まずい。仕事を放り出して、演習場ばかり見ていたのが見つかった。

 メリューナとエマだけでなく、同じようにしていたほかのメイドたちも凍り付く。

 今日は直接作業に混ざっていなかったソフィが今、様子を見に来てしまったようだ。

「手を止めていいところではないでしょう! ミラさんに報告いたします」

 厳しいメイド長の名前が出て、その場はもう一度凍り付いた。

 そしてこの場にいたメイドたち、全員が全員窓の外ばかり見ていたので同罪であったが、ミラから雷を落とされた挙句、罰として一週間のメイド寮の清掃当番を言いつけられてしまったのであった。

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