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美しきサキュバスと王宮の夜

 今夜が勝負。

 豪華な絵画や彫刻などが並ぶ王宮の廊下も、今はすっかり寝静まっている。ところどころに灯っているあかりだけが、頼りなげに廊下を照らしていた。

 そんな中、人目を忍ぶように、そろそろと廊下をゆく者がある。

 彼女はもう一度、口の中で呟いた。

 今夜が勝負、と。

 それだけでなく、握った手に、ぎゅっと力を入れる。

 その手がわずかに震えていることに気付く者はいない。そもそもここには誰もいないのだから、彼女を見る者もいないのだが。

 しかしもしいたのなら、そんなことに気を留めている余裕などなかっただろう。

 平静な者であれば、「貴様、何奴! どこから王宮に忍び込んだ!」と彼女をとっ捕まえるであろうが、そうでない者だとしたら。

 「ひぃっ化物!」とでも悲鳴をあげて逃げ出すかへたり込むか、するだろう。

 なにしろこの、人目を盗んで王宮に忍び込み、廊下をおそるおそる歩いている彼女は、人間ではないのだから。



 カールのかかった、つややかで長い髪は銀色。

 夜の空のような、しんと澄んだ藍色の瞳。

 彼女、『メリューナ』はたいそう美しい女性だった。

 顔立ちも整っていれば、体型だってスリムなのだがバストにはボリュームがあって、ウエストはきゅっとくびれている。大変豊満で、女性らしく魅力的な体付き。

 だが彼女は、偶然美人に生まれ付いたというわけではない。美人に生まれて当たり前の種族なのである。

 種族。つまりメリューナは人間ではない。

 その証拠にメリューナの頭には羊のような、くるっとした巻きツノが生えていた。おまけにその背中には翼までついている。両方黒色で、それを見れば彼女が人間でないだけでなく、魔なるもの、人間に害を与えるいきものであることはすぐにわかる外見であった。

 魔なるもの、ではあるのだが。実のところその表現が正しいところなのかは若干謎である。

 それはメリューナの持っている少々困った性質によるもの。そしてそんな彼女だからこそ、今、こんなところに大胆に忍びこんだはいいものの、びくびくした様子で廊下を進んでいるのであったが。

 そんな遅々とした歩みでも、メリューナはやっと目指すところへ辿り着いた。とある一室の前である。誰ぞの私室で、つまりこのような深夜であるので部屋の主はぐっすりと眠っていることであろう。そこへ用があるとなれば、良からぬ用事であるに決まっている。

 やっとここまでこられた。

 メリューナはまだ、入り口も入り口に立っただけだというのに、ほっとしてしまった。とりあえず部屋には入れそうである。そんなちっぽけな『スタート』を噛みしめてしまう。

 さて、ではここからが本題。今夜の『勝負』である。

 ドアノブに手をかけた。しかし当たり前のように鍵がかかっていて、ガチッと音を立ててノブは止まってしまった。

 でもそのようなことは予測できている。メリューナはちょっと息を詰めて、手に力を込めた。

 ぽぅっと手が光る。メリューナの髪の銀色のような、淡い銀色に包まれた。その手でドアノブを回せば、今度はカチッと回ってしまう。メリューナの持つ、魔の力。

 良かった、できた。

 メリューナは、またほっとした。

 そしていよいよ中に踏み込もうとドアを押そうとして……そこではたとした。自身の姿をかえりみる。

 綺麗な服を着てきていた。ドレスというほどではないが、黒の薄手の素材でできたワンピース。自身のプロポーションの良さを強調するような、露出はあからさまには高くないものの、色っぽい服であった。

 気にしたのは服ではなく、背中。

 ……羽根が生えたままであったのだ。

 はっとして、頭に手をやると、ツノもしっかり出ている。

 あぶないあぶない、とメリューナは口の中で呟いて、先程と同じように手に力を込めた。ぽぅっと光が生まれて、すっと翼とツノが消えた。

 よし、と再び呟いて、これで準備は整った。

 翼とツノは、魔なるものの象徴のようなもので、ツノはともかく、翼は普段の移動に欠かせない。飛行移動が常であるのだ。

 なので普段はそのまま出しているのだけれど、『仕事』に取りかかるときは、消してしまうことも多かった。

 だって、怪しいではないか。いきなり翼とツノをつけた女が現れれば。いや、眠っているところへいきなり女が入ってくるだけでも怪しいのだが。

 それでも喜ばれないことはないだろう。メリューナのような美しく、色っぽい女性が、夜、寝屋に忍んでくるのである。それは勿論、『そういう行為』を連想させて、喜ぶ男性だってたくさんいるはずだ。

 メリューナが今、この部屋へ入ろうとしているのもその目的で。いうなれば、男性に逆夜這いをかけようとしている。そのような状況なのであった。

 ただし、繰り返すが彼女は人間ではない。よって、好いた男性に、想い余って押しかけ……という経緯であるはずがなかった。

 メリューナの種族、それは淫魔。通称、サキュバス。男性の精気を吸い取って生命の糧とする、魔なるものの一種族である。

 ここまで彼女の素性を知れば、きっとこの状況もおわかりいただけることと思う。

 メリューナは『食事』をしにやってきたのである。この部屋の主の男性。その精気をいただくことによって。

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