幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(51)
其 五十一
「エエ、可笑しくもない言い訳三昧、お人好しよろしく聞いておれば、もっともらしいところもあるけれど、たとえ隠居がどうあろうと、自家のお桂が何様であろうと、又、徳蔵夫婦が何様であろうと、自分の身体は自分の身体、自己のしたことを他人がさせたなどという弁解は役に立つものか。一旦こうと思ったことを中途で捨てて少しも構わず、久四郎からは遠ざかり、隠居には秘密を明かすとは、媚びへつらった考えだと言われたところで仕方があるまい。久四郎の身になってみれば、恨むのも道理、怒るのも道理、仮に俺が久四郎だったとしてもそのままにしては置かないだろう。ましてや、隠居に迫られたとはいえ、みすみす久四郎の身に難儀がかかるのが分かっているのに、その片棒を担ぐとは言語に絶えた薄情さ。もう当時はすでに久四郎のことを何でもないと思っていたには違いなくても、仮初めにも片時でも憎くもなく思ったこともある男を、巣を焼かれた鳥、穴を崩された獣のように困る目に遭わせて、知らん顔で、同じ日輪様がお照らしになる世界にのうのうと住んで居ようとは、智恵が足らないか、肝が太いか、虫が好過ぎる話というもの。しかも、一々が真実やら、身勝手を入れた嘘ででっち上げたことやら知れず、全部本当だとして聞いても、お初の面白くない心の持ちよう、とても行く末長く添うことなど真っ平ご免。水を交ぜた酒のように効き力の無い、こんな女は女郎だとしても、俺の気性では三月とは馴染んでおられない。こっちの癪が病なのか分からないが、何も我慢して女房を持っていることもない。傳吉めの言った通り、一切合切駄目になってしまったわ。彼奴にそれ見たことかと言われるのも口惜しいけれど、お初は癇癪に障るし、厭で堪らない。泣き言などは聞きたくない。厭なことを曝け出すばかりだ。なあに、女房が居なくても事は欠かない。女房が居なくても飢え死にはしない。酒は劫って独身者が可笑しく飲める。女房を持っての馬鹿々々しいたわけ面、おお、危ない危ない逃げるが勝ちだ」と、無闇矢鱈と癪を起こして、何でもないことにも腹を立てる正太郎、遂にお初を離縁することにしたが、それは一つは自分は歳がまだ若いので、あんな女で事を済ませられるのであれば、何時でも女房は持てるものだと高を括った念慮が腹の極々底の方に、自分では気づかないけれどあったからなのだろう。
お初は離縁された。傳吉は鼻を動かして、『俺の言ったことに間違いは無かったろう。どうだ、正公恐れ入ったか』と、得意顔して笑った。卯平次は気の毒がってくれたが、陰では他所の事としながらも、茶話にして面白がった。久四郎はどうなったか。お初が離縁されたのは自分がしたことが原因だと聞いて、どこへともなく消えてしまった。巳之助夫婦は久四郎は死んだのではないかと哀れがった。徳蔵の家では、お桂婆が罵る声、お初の泣く声が毎日のように聞こえたが、やがてお初は近所の人の眼にかかることはなくなった。京屋の家は相変わらず栄え、隠居はますます達者で、念仏など唱えることもなく元気に暮らしていた。乙吉は主人が酒色に乱れ始めたので、用事が多くなって困り果て、占いの蟲齋は名人だと噂が立った。
金仙寺の庫裡の白壁に得体の知れない画が描かれた。
街道筋の葭簀茶屋に老いた男と若い男の二人が休んでいる前を、母子と覚しき女が連れ立って行き過ぎる様が描かれていたのである。悪戯をしたのは誰だと糺すまでもなく、玉山である。当人が得意げに『えしゃじょうりの図 玉山えがく』と稚い文字でもって認めていた。師の栽松を初め、皆から罵り懲らされたが、大和尚の海音禅師は、衆徒の噂でお知りになり、ご覧になった後、笑って玉山の頭を撫でられただけで、何ともお叱りもなさらないので、玉山はますます増長して、
「どうだ、どうだ、この寺で俺の絵が解ったのは大和尚様だけ、他の奴等は何の絵なのかも解らないだろうに、消すな、消すな」と言い立てて、舞うやら跳ねるやら、大得意になっていたが、当人の心では、その絵の中の女はお初だと思っていたようだが、流石にそこはまだ児童、それだけは誤りであった。
(了)
「きくの濱松」は今回で終了しました。
51回という長丁場でしたが、辛抱強くお読みいただいたすべての方に感謝いたします。
この物語は、「風流微塵蔵」の中で、最も長い作品のことだけあって、なかなか面白く出来ているように思います。
読者の皆様はいかがだったでしょうか?
なお、最後の行は、もうご承知かと思いますが、「其 十五」が伏線となっています。
次回は「さんなきぐるま」という作品。
この「きくの濱松」のような大きな盛り上がりはなく、結構しんみりとした物語になっていますが、そこはそれ、露伴先生のこと、しっかりと次にバトンを渡す仕組みを入れております。
投稿まで、しばらくのお時間をいただきたいと思います。




