幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(50)
其 五十
お初の驚いた様子を見て取った正太郎、畳みかけるようにして責め問えば、もうとても隠しきれず、一言一句涙ながらに、言葉の続きもたどたどしく、一部始終を打ち明けた。その大抵は久四郎が言ったことと異なったところは無かったけれど、嘘か真実かはいざ知らず、当人の身にしてみれば筋の通った言い訳ではある。仔細を尋ねるとこうである。
「成程、最初は久四郎様の好意にほだされ、憎からずと思って、優しい挨拶も交わしましたけれど、お互いに前途大切の身と思えば、淫猥な挙動などは露ほどもせず、何年か後を楽しみにしていましたのに、横合いから思いがけないご隠居様の無体な仰りよう、柳に受けて流そうとしても、受けきれなくなって参りました。いっそ宿下がり(*奉公人が暇をもらい、親元などへ帰ること)しようとは思いましたが、そうしては又、しみじみと話はできないまでも、思う人と朝夕一つの家に居て、顔を見合わせるだけの楽しみも無くなると、辛い思いを堪えて勤めておりましたが、付けて廻してご主人風を吹かし、何かにつけて口説き立てられ、ほとほと精魂尽き果て、もう宿へ下がるしかないと心を決め、家に戻って叔母のお桂にその詳細を打ち明けて、ご隠居様がこうこうであると告げたのでございます。そうしたところ、そんならお暇をそれとなく願ってやろうと言われるのかと思いきや、尖り声で、
『今どきの女ともあろう者が、慾を知らないにも程がある。たとえ歳が釣り合おうが釣り合うまいが、向こうは大家のご隠居様、どう間違っても損はない。お前に情夫でもあると言うなら分からないでもないが、そうでもなければ言われるままに従順しくしていれば好いではないか』と、無慈悲な返答。徳蔵夫婦も同じ考えで、
『宿へ下がるなどとはもっての外、何を考えている。情夫がいて、そのためにご隠居様の仰ることに従えないというなら、それはお前の勝手、逃げるとも走るともどうにでもすれば好いが、ついこの間まで育ててやった俺への義理を考えれば、そんな我が儘はできるはずもあるまい。お前の身にしてみたところで、親は無し、支度は無し、どこへ「お嫁でござい」などと、嫁けるものか。気の利いた女ならこっちから言い寄ってでもそういう相手を手玉にとって、身の廻りから頭の物まで、もうとっくに拵えてもらっているわ。何がどうして、お暇を願うなど、大不承知もいいところ』と、とてもきかれぬお望みだと、情け無いことを言われました。アア、母様か父様だったら、こんな風には言って下さらないのにと悲しんだところで仕方も無く、泣きたいようには思ってみても、お店の久四郎様に、これこれだと打ち明けることも出来ず、京屋へ帰れば人の気も知らないで、お歳なのに恥かし気もなく五月蠅くついて回られるご隠居様の恐ろしさ。なるべくお傍に行かないようにと気をつけて避けていても、お主様なので、呼ばれれば聞こえない振りをしても居られず、春もやや終わりとなった、袷時のある夜のこと、『肩を揉め』と呼びつけられ、仕方なくお傍に参って怖々お背後に廻れば、お肩に掛けた私の手を取って、無体と言おうか、理不尽と言おうか、あるまじきお振る舞いに、ハッと気が動転し、振りもぎろうとするのを取って押さえて動かしもさせず、『声を立てたいなら立ててみろ、倅夫婦の手前、店の者大勢の手前、この俺に好い恥をかかせることになるぞ』と、譬えようもないくらい恐ろしい顔つきをされての強いお言葉。口惜しくはあるけれど、流石に大声も上げかねて遠慮すれば、それを好いことにして遂にこの身を悲しいとも腹立たしいとも言いようのない目に……。そして、その日から陰へ廻っては数々の下され物、猫撫で声ににやにや笑いが始まったのでございます。身が縮むほど厭で厭で堪らないけれど、誰にも打ち明けられようも無く、又、この事を久四郎様に言いもできず、隠している底気味の悪さ、胸の苦しさ。顔を見るたび恐ろしい神様の前にでも出たような心地がして、自分が責められる憂さ、辛さ、それが自ずと思いの色に出てか、心変わりと勘違いされて、何かにつけて厭味を言われる始末。その訳を言い説いてみようと考えないでもなかったけれど、心に後ろめたいことがあるので、舌も渋って口も利けず、それを又、わざと口も利かないのかと久様は思い込む様子。あっちとこっちが段々と食い違ってきて、もうとてもご隠居様とのことが分かってしまった暁には、よもや許しては下さるまいという思いが日に日に増すにつれ、将来の望みも無くなり、目の前の厭な思いばかりが募って、終にはほとほと真実に、久四郎様に執念深く思われるのが劫って厭になった頃、ふと久様の恐ろしい恨みの文をご隠居様に見つけ出され、次から次へと問い詰められては、隠し通せず、ありのままに話をすれば、『ああせよ、こうせよ』とのお指図。それは……と、押し止めれば、『久四郎のことを思ってそう言っているのか』との言葉に詰められて、心ならずも言う通りにしてみれば、旦那様のお不在にあの人は追い出されることに。それまでにも旦那様ご夫婦は、私とご隠居様との仲をご存じだったのか、太宰府からお帰りになり、取り分けご贔屓になっていた久四郎様が出されたことをお聞きになってからというもの、私を見る眼にはいつも角を立てておられるようで、何となく不機嫌になられ、『もしかして腹の悪い女め』と、お蔑みになっているのかと、自分でも不安に思っている中、久四郎様が刀の折れを持って私を斬ろうと入られた騒ぎが起こりました。結局、旦那様からお暇のご処置をいただくこととなり、申し訳ないほど充分にお手当を戴いて家へ帰ると、やがて徳蔵がもったいなくも、お桂を煽動て京屋様へ座り込ませ、またまた余分にお金を戴いてきたとやら。その上、私に向かって、妾奉公せよとか、旦那取り(*妾奉公と同じ)せよとか、でなければ家の飯は食わせないとかの無茶な言い掛け。つまりは私を食おうということなのかと思えるほどの薄情さに、『何処へなりとも嫁けて下さい、妾奉公、旦那取りは厭でございます。無理にでもそのようなことをせよと言われるなら、もうお世話にはなりません。お上でも道理のわかった方なら庇っても下さいましょう。もしも、私の言い分を通して下さるのであれば、何かのためにと貯めて置いたお金の中二十両だけは差し上げるつもりでおります』と、私の懐中金を払くつもりになって言えば、妾話は止めにして、ご縁でこちらへ来るようになったという訳でございます。包み隠しを致しましたのは全くもって分別も無い心からした悪いことでございましたが、今申しましたことには塵ほども嘘はございません。どうぞ、許して下さいませ。堪忍ならん、出て行けと、あの久四郎のことでもって仰られれば、申し解く言葉は少しもございませんが、神様に誓って、こちらへ参ってからは、他心をもったことは兎の毛ほどもございません。今、お腹立ちがお解けにならず、堪忍ならぬと仰れば、徳蔵の所に帰ろうにも帰れないこの身、遠いところへ直ぐに行くより他は無いと覚悟はつけております」と、思い入っての懺悔である。こうと、腹には決めていても、聞いてみれば流石に夫婦の情で愛しさもあり、一概に、『堪忍ならぬ、出て失せろ』とも言い兼ねて、正太郎、腕組みをしたまま言葉も無かった。
つづく
いよいよ、次回が最終です。




