幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(48)
其 四十八
一晩中考えて、結論をこうと決めた正太郎、表面向きの媒酌人である卯平次の許に赴いて、いつもとは違う談話振りも真面目くさく、
「折角、お骨折りを戴いて、もらい受けましたお初のことにつきましては、又々ご面倒をお掛けするのは恐れ入りますけれども、ご承知の通りの仔細の分かりました以上は、何分にも連れ添って行くことはでき難く、十二分に考えました上で、いよいよ離別いたそうと思い、こちらに寄らせていただきました。もとより最初からお初の身元をしっかりとご承知いただいてお世話下さった訳でも無く、こちらからお願いしてお媒酌いただいた上、このようなことを又、お願いするのは何とも申しようもなく恐れ入りますけれど、何卒、お初の身元へ、一応あなた様からお話しいただき、この話を進めていただきたく存じます」と、四角四面に話し出せば、何と言っても物馴れた卯平次の返事は軽く、
「大分堅くなっておいでだの。何もそう難しがるほどのこともない。宜しい、老夫が話をつけてやろう。だが、お前も一応、当人にはこの話をぶつけて見たろうな。何? 当人は打ち捨てて置いたと? それは不可。正様ともあろう人が、考えに抜けがある。こういうことには得てして、双方にも、中に立つ人にも思惑違いのあるもので、たとえば久四郎の話にせよ、当人は間違いの無いつもりでいても、お初に言わせれば又、思い違い、見違いがあるもの。お初の言い分もきっとその通りで、久四郎の言うことに嘘とも偽りとも見えることがあるに違いない。京屋の隠居は隠居で、又一筋立った理屈を持っているに違いない。必ず一方ばかりの言うことだけを真実と思い込んではいけない。お桂婆がお前に言った中には、知っていても言わないところもあれば、我田引水の部分もあるのは決まっていようけれども、今一度、もの柔らかにお初を充分糺してみたら、どんな内輪の泥を吐くかも知れない。だから、その後で結論を出した方が好い。どうも、お初という女は久四郎の話で聞けば、腹が黒くて悪い怜悧のように思われるが、老夫の思うところではそうではない。ちょっと器用な女には違いないが、それ程悪くて怜悧というのでもなければ、必ずしも腹が黒くもない。離別は何時でもできるのだから、よくよく糺した上で、どうしても厭だというのであれば、その時は老夫が出掛けて計らってやろう」と、もっともな助言に、成程と納得し、帰り道で綿密に工夫を廻らし、家に入る時の顔つきからして今朝とは変えて、もの優しく、冗談なども二つ三つ言ったりして、その日の夕方に至った。
心ここにあらずの状態ではあるけれども、身体は夜に入るまで仕事に委ねた主人の正太郎、燈火も尽き果てた後、なお一時間も仕事を続け、
「アア、くたびれた。もうよそう。お初どうした、膳はできたか、徳利をつけろ、どれどれ燗の出来る間にここを片付けてしまおう」と、細工場を取り片付けて、毛だらけの前掛けを脱し捨て、身震いしながら奥に入って火鉢の前で胡座を組めば、膳の上の徳利一本は例のように人待ち顔である。
「ヤレヤレ、昨夕は飲みすぎたので、今日は半日の仕事も辛かったが、さて、するだけのことをしてこうして飲むと、取り分け美味い。オオ、乙吉にいつもの通り、俺に構わず晩飯を食べさせてしまえ。感心に、乙もこの頃はよく働く。今朝も帰って来て見れば、俺が不在でも怠けずに頻りに毛の脂を取っていたが、ああ働いてくれれば俺も嬉しい。さっき戸外へ出た時見たが、いつもの芝居小屋にこの頃大阪から来た手品遣いが出るそうで、その張り紙がそこら中に貼ってあった。お初、少しばかり小遣いを遣れ、飯を食ってしまったら、乙吉、お前行って見て来い」と、主人の思いかけない機嫌の好さに、乙吉は飛び上がるほど悦んで、いつもは五杯も食う飯を僅か三杯で止め、
「有り難うございます。行って参ります。帰りに買い物でもありましたら買って参りましょう。お家様(*お初のこと)、ご用はございませんか」と、忠義をあらわして莞爾つきながら出掛けて行った。
後は差し向かいで、全くの二人限り。正太郎、猪口をお初に差し出して、
「一杯やろう、まあまあ飲め」
つづく




