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幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(40)

 其 四十


 気は強くても女は女、お(あさ)は久四郎の話を身に染みて聞き入り、一概に言い消してしまう良人(おっと)の言葉を、そうばかりとは言えないものと、(わき)から(ゆる)めて、久四郎に打ち向かい、

「そして、これからどうしようとお前は思っている? 話の様子では、まさかお初が折れて出て、今更お前に謝罪(あやま)ったところで、お前はそれに応じもすまい。隠居に恨みがあっても、主人(あるじ)の親であれば指さしをするのも叶わないはず。三蔵、五助、乳母(うば)のお大、それらはたとえ憎かろうが五月蠅(うるさ)かろうが、詰まるところ脇仏(わきぼとけ)みたいなもので、相手にする(まと)でないとすれば、久四郎(さん)、よくよくそこを考えてご覧、どうしようとか、こうしようとか言う考えがあってこそ、出来ないながらも相談相手にもなろうけれど、ただ何ということも無く、恨む、悲しむ、腹を立てるというだけでは、まあ私がたとえばお前の姉であったとしても加勢の仕方も無いではないか。一体お前はお初をどうしてやろうとお思いか。たかが心の甲斐のない女を、打つにしても斬るにしても始まらないに決まっているし、又、よしんばお前に初めの通りの優しい心を寄せたにしろ、一旦寝返った女を笑顔で迎えることもできないだろうが。……ハハァ、黙っておいでの様子を見れば、番頭の言葉とか、隠居の素振りとか、お初の身なりがどんどん良くなってきたこととか、あるいは、お大の真実(まこと)らしい告げ口とか、種々(いろいろ)のことはあるにせよ、つまり一方的な言い分だから、お前の未練は未だ残って、お初は真底、本当に俺を嫌っているのか、全部(はた)でしている小細工なのではないかと疑うところもあるからして、まだまだ綺麗さっぱりには思いをつけかねる風にも見える。しかし、久(さん)、何事によらず余り(ながっ)たらしく考えるのは考え負けをするというもんだよ。もういい加減に見切りの札をつけてしまうのが良さそうだ。稼いで金でもちょっと出来りゃ、女は降るほど寄ってくる。()()見取(みど)りで、お初より何倍か好いのを持った方が確かに得というもんだ。と言って、一旦思いを掛けた女のために身まで失敗(しくじ)り、事の様子も胃の腑に落ちるまでには納得できずにぐずぐずで終わってしまうということも出来まい。こうしてみたらどうだろう、私の知っている髪結(かみゆい)が時々京屋の噂をしているので、恐らく彼家(あそこ)顧客(とくい)に持っているに違い無い。その又、お(きん)という女は歳もまだ若いし、顔も綺麗な頭の()れる面白い女の癖に、(どう)(らく)(はだ)で流れ渡っている大のすれっからしで、小児(こども)の時から三味線を弾けるようになってからは、じっとはしていられない身だと自分から言っているようなすごい女。生まれは確か東京だが、どこをどううろついたのか、最後はここに流れ着いて、私と故郷は近いし話は合うというので、もうかれこれ一年ばかり私と懇意にしている仲。随分と事と次第によったら人を惑わしたり(たくら)みもしかねない女ではあるけれど、一方、物わかりの早い、返しの上手なきびきびとした、一風(いっぷう)変わった侠気(おとこぎ)のある女だから、明日にも来たら私から一部始終を話し込んで、何とでもして、お初の腹の間違いの無いところを探ってもらってあげよう。その代わり、その返事次第でお前もすっぱり今までの無益(むだ)を切り棄て、生まれ変わって、良人(うちのひと)の言う通りに身体を治した方が好い。心のわだかまりを晴らすためにお(きん)に話してお初の胸の内を探らせるので、それでも諦めをつけることが出来ないとは、よもやお前も言うまい」と言えば、久四郎はただただ嬉し涙を落とすのみで、返事も出来ないでいた。


 案の定、翌日、お(きん)という背が高すぎるほどの、眼鼻立ちの立派過ぎるほどの、髪結にしておくのは惜しい惜しい、本当に惜しい女がやって来て、女房のお浅と一緒に女だてらに酒盛りを始め、(しき)りに何かを語り合っていた。


つづく

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