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幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(24)

 其 二十四


 本当にお桂の話す通りなら、お初には何一つ責められるところはなく、ただ単に久四郎の大馬鹿に困っているだけのことである。しかし、それも今は定まった夫を持つ身だと説き(さと)せば、どんな物わかりの悪い男でも不承知ながら、その恋を思い止まるのは分かったこと。だから、まずは今後の面倒は無いはず。万一、その上で理不尽な横恋慕を()めなければ、手出しをしたところを取って押さえて、性根に染み(とお)るほど()って撲って撲ち抜いてくれるだけと、正太郎は一応は考えたが、又、一足引いて考えてみれば、どれ程馬鹿であっても、お桂の話したような馬鹿げた男が世の中にそういるとも考えにくく、精神的におかしいと言っても、最初からそうではなかっただろうに、これまでの行動を聞けば、余りにも人間(ひと)並外(なみはず)れている。一寸草双紙の話しじみて、本当のことだとは思えない。久四郎も臓腑(ぞうふ)が脱けて出来ているでもあるまい。分別も智恵も義理人情も一切無茶苦茶で、恋さえ叶えばと(たけ)り立つだけでは無いはず。馬鹿は馬鹿だけにそれなりの考えが無くてはおかしい。しかもお桂の言葉の中にあったように、京屋の旦那様、ご隠居様からも不憫がられて、将来は一廉(ひとかど)の男にして()ろうとまで思われていたのであれば、満更馬鹿で無いのは当然。又、京屋の隠居も家風を崩すまいと大事を取るかは知らないが、長年召し使った久四郎を、出来もしない恋のために直ぐに追い出すとは信じられない(むご)さがある。昔の武士の家なら分からないでもないが、町家のあしらいにしては、筋はそうであっても、当然のことながら余りに厳しすぎる処分だと、誰が見ても噂をするはず。お初もまだ独り身の頃、それ程までに思ってくれる男を一途に怖いと身を(すく)めるような性分とは、平素(ひごろ)の素振りを考え合わせれば受け取りにくい。これは絶対何か入り組んだ(あや)があるに違いない。よし、明日卯平次の家を訪れて、あっちの話しも聞いてみよう。ひょっとしたら、どんな襤褸(ぼろ)が出るか分からないぞと、その夜、正太郎は寝られない床の中で充分考えを練っていた。


つづく


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