幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(14)
其 十四
蟲齋に見立ててもらった帰り道、再縁と言うのは気は進まないが、一々思い当たることのある判断の言葉に、これは無理にでも従うのが良いのだろうと、小間物屋の話に乗る気になり、卯平次の家に寄ってみれば、こういう話は不思議にも寄り集まることがあるのか、女房が
「ああ、正様か、たった今、さっきの話のご当人を連れて、その母親が、『買い物がてらに市にいる親類を尋ねに出て来ましたが、お宅の前を通りましたので、ご無沙汰のお詫びながらに一寸伺いました』と、母親が私と知り合いなので、ここに見えました。まだ一町とは行っていないはず。惜しいことに煙草を二、三服喫む間くらい早くお出でになったら、それとなくご覧になる好い機会だったものを」と言うと、その傍らから、亭主の卯平次が口を出し、
「女の足だから、この通りを市の方へ真っ直ぐに、一町かそこら行ったほどにしかなるまい。裏通りを正様と二人で行けば、それ、一方は足袋、腹掛を売っている店と、もう一方は葭簀茶屋がある辻で落ち合う路だから、ゆっくり行ったところで、こっちは男の足だし、少しは近道だ。必ずこっちの方が早く着いて、私等二人が葭簀茶屋にでも入っている前を通るに違いない。どうだ、正様、ちょっと、とってつけたようなやり方になるが、見てみたらどうだ」と言うので、正太郎は蟲齋が早くせよ、急いでせよと言った言葉が胸にあるので、その気になって、
「ムム、そうしようか」と、早くも腰を浮かせる。
卯平次はそれを見て、笑みを浮かべながら「さあさあ」と急がすように出掛ければ、にっこりと笑いながらその後に従って歩いて行く正太郎、腹の中では、髭が伸びているのを少しは気にしているようでもあった。
わずか四、五町も歩いて例の曲がり角に出て、用もないのに葭簀茶屋に入って無益な渋茶を飲んでいたが、そこへ案の定、向こうから母子連れでやって来る女がいる。
「あれ、あれ、あれだ」と、袖を引かれて、今更に心を動かしながら正面から見ると、先に立ったのがまさしくそれであるらしく、歳の割には老けた骨っぽい肉付きの、色の浅黒い女で、下瞼が特に薄黒いのが深く憂いを沈めたようである。特に目鼻立ちが悪いというのでもないが、どことなく虫が好かないというのか、見た感じ、『直ぐにでも女房に持ちたい』という考えはどこへやら、『こいつは少し考え物だぞ』と、反対の思いさえむらむらと湧き上がってきたのだった。
つづく