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幸田露伴「きくの濱松」現代語勝手訳(1)

幸田露伴「風流(ふうりゅう)微塵蔵(みじんぞう)」のうち、「きくの濱松」を現代語訳してみました。

本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいはずいぶん勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。


浅学、まるきりの素人の私が、文豪幸田露伴の作品をどこまで適切な現代語にできるのか、はなはだ心許ない限りですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。

(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)


「風流微塵蔵」は長短合わせて十篇の作品から成り立っています。

(ただし、最後の作品である「もつれ絲」は幸田露伴と田村松魚の合著と表記されているが、実際は田村松魚が著したものと言われています)


この「きくの濱松」は第六番目の作品で、一番長い作品となっています。

「さゝ舟」→「うすらひ」→「つゆくさ」→「蹄鐡」→「荷葉盃」からの続き。


本当は最初から読んでいただければ、流れも分かりやすいのですが、このままでも一つの作品として充分理解出来るのではと思います。


この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れたり、(*)において注釈を加えたりしました。


 きくの濱松 


 とよくにのきくのはままつこころにもなにとていもにあひみそめけむ


(*豊国の企救(きく)の濱の松(「まつ」)ではないが、待ちながら、どうしてあなたと親しくなってしまったのだろうと考えています)

               ……<豊国>は現在の福岡県東部と大分県の旧名

               ……<企救(きく)>は現在の北九州市小倉北区付近


 とよくにのきくのはまへのまなこちのまなほにしあらはなにかなけかむ


(*豊国の企救(きく)の浜辺の真砂(まさご)が「真」とあるように、あなたの心が純粋で、ひたむきであったなら、ああ、私がこんなに歎くこともないだろうに、)



 其 一


 一年の(うち)で一番の厄日である二百十日(*台風の時季)も無事に過ぎたか、やれ嬉しいことよ、豊年満作、今年は蔵入りが楽しみだ、と農家の男女が喜び合ったのはつい四、五日前のこと。しかし、昨日の午前六時くらいから曇り始めて八時くらいに(こぼ)れだした大雨はどうだ。情け知らずの風の神の奴までがその後押しをして、降るほどに稲の穂は倒れ、田の(あぜ)は潰れ、立木は折れ、家は傾くなど、一切を飛び散らしてしまった。が、その翌日の今日は日本晴れで、天の色の何と美しいことか。青々として空に一点の塵もなく、小面憎(こづらにく)(とんび)殿(どの)が得意げに羽を伸ばして「とろろろ……」と鳴きながら輪を描いて舞うてござるは、下界でやりたい放題にされて歎いているのを気の毒とも思わず笑っているのか。思えば、人間などは神様とやらに(なぶ)られるために生まれてきたようなもの。なぜなら、(おや)()種子(たね)を蒔いてから、植え付け、草取り、水の世話などの幾つもの辛苦は(ほん)の一瞬にしてくたびれ儲けに終わってしまうのだから。


 東小倉(ひがしこくら)足立山(あだちやま)の麓に、枳殻(からたち)を植えて石の垣を折り(めぐ)らせた一構えの寺がある。門には古びた額が掛かり、剥げ落ちた緑青地(ろくしょうじ)に金色の文字だけが光り輝き、それは『金仙(きんせん)禅寺(ぜんじ)』と読める。その寺内で松の落枝、落葉を掃いている若い僧が四、五人、いずれも歳は十五、六くらい。鼠色の布子(ぬのこ)(こし)法衣(ごろも)、画に描かれていそうな打扮(いでたち)をして、(たけ)(ぼうき)を取り、熱心に昨夜の暴風雨(あらし)の噂をしながら、頻りに門から本堂まで、青葉がずっと立ち並んだ松の樹陰(こかげ)を掃いている。その中に歳が少し若い五分刈り頭の小僧がいたが、掃く(ほうき)の先に入れる力が強すぎて、()()雛僧(こぞう)法衣(ころも)の裾に松かさを一つ当てれば、

「ヤイ、玉山(ぎょくざん)め、気をつけろ、貴様のように乱暴に掃いては掃除が何の役にもならん。後から後から塵が散るわ」と、口を尖らせて罵れば、その横からも、

「五分刈り頭め、謝れ、謝れ、貴様は平生(ふだん)から高慢ちきで一体全体俺等を馬鹿にしている。謝らなければこの箒で頭をコツンとやってやるぞ」と、白雲(しらくも)頭、巾着(きんちゃく)頭、才槌(さいづち)頭などの者達も尻馬に乗って言う。


 (ほう)(がん)とか言われる細い眼を(おお)うまでに薄紅(うすくれない)(まぶた)が頬と一緒に膨らんで、下がった眉に愛嬌のある玉山、早くも身をかわして五、六間ばかり飛び退き、

「何を味噌(みそ)()り坊主めが。悪けりゃ叩いてみな、こっちは逃げ出すわ。憚りながら足がある。あっかんべぇー」と、(おど)ければ、

「こいつめ、()たずには置くものか」と、箒を取って追う者あり、松かさを取って投げる者あり、折角掃いたものが無益(むだ)になって、折れ枝、落ち葉が散らかって、昨夜(ゆうべ)の状態がまたここに再現される有り様となった。


 頻りに逃げるのを皆必死になって追い掛けてくるので、玉山は箒などを放り出し、何も持たずに、そこら中を無茶苦茶に走っていたが、堂の方からやって来た僧の胸にバッタと突き当たれば、僧は笑いを浮かべて、

「また(いさか)いか。腕白な」と言いながら、すぐに取って押さえようとしたが、玉山はその手をするりと摺り抜けて、

「ヤア、お師匠様か、バッババ-」と言ったかと思うと、そのまま逃げ去って行った。


つづく



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