第3章 5-6 型武道の真理
「イェフカ、よくやりました、素晴らしいです!」
クロタルが涙目で桜葉へ抱きついて、濃厚なキスをかました。勝利のおまじないとでも思っているものか。
その嬉しさも、放心のあまり桜葉は何とも思わなかった。
とにかく、気抜けている場合ではない。暗くなる前に決勝戦である。いつにもまして、大量の料理が控え室へ運ばれてくる。
桜葉はスイッチが入り、猛烈に食事を始めた。
その最中に、バストーラが入ってくる。手には、予備の刀を持っていた。
「おい、さっきのやつ、見せろ!」
鞘も割れ、どちらにせよひん曲がって納刀もできないまま、刀は食事とは違う机の上に乗せてあった。
桜葉が答える間もなくバストーラが大股で近寄り、予備を置いて刀を手にした。そしてじっくりと観察し、
「……こらすげえ。ユズミがすげえんだ。あいつの剣は、ボーンガウレから持ってきたもんだが、かなりの出来なんだ。それで打ち払われたら、歪みもするし、傷もつく。この擦り傷を見ろ! まったく、ハイセナキスの魔法がかかっているってえのに……」
バストーラが共に来た弟子へ刀を見せた。鋼鉄の刀に、削ったような傷がいくつもある。刃も豪快に欠けてノコギリ刀だ。
「直りますか」
口の中の物を急いで飲みこみ、桜葉が尋ねる。
「作り直したほうが早いよ。これは、おれが研究のために持ってっていいかな」
「ど、どうぞ……」
「あれからまた二振り打ったんだ。決勝が終わったら見てくれないか。おれは、あんたが優勝すると信じてる。全国大会へ向けて……最高傑作を造ってやるからよ!」
云うが、バストーラが桜葉を見もせずに出て行ってしまった。
「は、はい、ありがとうございま……す」
桜葉が茫然とそれを見送る。
「良かったですね、イェフカ」
「え、ええ、まあ」
新しい刀をチェックしたかったが、腹が減っているほうが先だ。魔力炉の消費が激しい。それだけ、ユズミとの戦いが激しかったのだ。
(考えてみりゃ、はじめてあんなチャンバラやったかもな)
剣道も剣術もやっていないのだから、生兵法とはいえよくやったんもんだと自分で感心した。それに、まだハイセナキスは魔力で武器も一定強度守られている。実際に戦えば、日本刀などあっとい間に刃こぼれ、湾曲だろう。一対一の勝負ならまだしも、特に乱戦では。時代劇とは異なる。昔の人がどうやって刀で乱戦をしていたのか、よく分かっていない。
(すげえ経験してるよ……)
死ぬ前にあった、巨大な歯車に押しつぶされ、磨り潰されそうな「ぼんやりとした不安」など、完全にどこかへ行ってしまった。少なくとも、戦う意味があった。たとえそれが、ルールや仕組みがよく分からぬ異世界のゲームだとしても。今のところ、充実している。
(それより、居合がそれなりに実戦で遣えるのを証明できてるのがうれしいね。もちろん、純粋に居合の技だけじゃないけど……)
それが、武道ではなく武術ってもんだと思う。術の術たる所以は、心理戦や裏ワザも含む。眼潰しだって金的(股間攻撃)だって立派な業だ。
型が形となり融通無碍。型武道の真理だ。
(まだまだ、そんな剣聖みたいな境地じゃないけどな)
苦笑する。苦笑しつつも、半分はにやけた自賛の笑みだった。
「イェフカ、どうしましたか。笑みなど浮かべて」
「い、いえ、次のアークタ戦のことを考えてました」
「アークタは実戦派ですが、どこかで少し戦闘法を習っていたようですよ」




