第3章 3-6 高度な駆け引き
大衆など、どこの世界でもそんなものかもしれぬ。派手にボカボカ殴り合うのに興奮するのだ。高度な技の応酬、回避の仕方、心理的な戦闘の駆け引きはよく分からない。拳法の達人同士の戦いより、素人の喧嘩を見物するほうが盛り上がる。
しかし、クロタルはどうだ? 桜葉はちらりと横に座るクロタルを見た。彼女は正式に「イェフカ候補」だったのだから、観客としてもかなりの見強者のはずだ。
果たして「真剣な表情」を超えて、恐怖すら感じているように、石みたいに固まって凝視している。よく見ると、わなわなと震えているのも分かった。
(やっぱり……あんな戦いを見せられて、ふつうこうなるわ)
これはいつもの模擬戦ではない。ハイセナキス特有の、魔力ステージすら利用しての戦闘……それこそが「ハイセナキス」なのだろう。あるいはこれが全国大会の最低限のレベルか。
再び見上げると、アークタが凄まじい空中戦を挑んでいる。とにかくユズミへ的を絞らせない。二人のゲージはいまだ真っ白だ。互いにかすりもさせぬ。
(だけど、観客の不満もある……これは果し合いじゃない。いつまでもああでは、興業としてどうなんだ!?)
ただ真面目に戦っていれば良いというものでもないのだ。それは、プロとして二人も分かっているはずだった。興業であるかぎり「魅せ場」を造らなくては!
二人は、ぎゅんぎゅんと真ん中に柱でもあるかのように競技場の上で互いに位置を取りつつ廻りあった。その速度も凄いが、よく酔わないなと桜葉は思った。かなり慣れたつもりだったが、ガズ子が急に位置を変えると桜葉は未だにオエッとなる。
観客の方が目が回って、気分を悪くする人が出てきた。
(なにやってんだ、あいつら!?)
まさか申し合わせて引き分けにしようとか!? そんなことが許されるのか!?
「あ……!」
それは、高性能ドラム零零参型の動体視力だからとらえられたのかもしれない。ユズミはこの状態でも何本か矢を撃っていた。一瞬、桜葉へ背を向けた時に見えた。残りの夜は二本だ!
(アークタのやつ、矢を使わせてたのか!)
それはユズミも分かっているだろう。ユズミの矢筒にそもそも何本入っていたか知らないが、何十本も入るものではあるまい。十本ていどではないだろうか。
(観客のブーイングもかまいません、ってか。そこまですんのかよ!)
勝利への執念か。桜葉への一敗がそうさせているのか。
その時、会場中へ大きなブザー音のようなものが鳴った。同時に、二人のゲージが二割ほど減る。いや、アークタのほうが少し多く減った。
桜葉は、それを教わっていなかったが、すぐに分かった。
(もしかして『注意』か何かか!?)
両者にペナルティだ。でも、アークタの減りが少し大きい。ユズミが攻めてると判定されたか?
こうなると、例の実況が欲しくなる。周囲を見ると、あのマジックカードを耳へあてながら観戦している者もいる。確かに解説が欲しい状況だ。
そこで、アークタがついに反転した。グン! とほぼ垂直へ上昇し、頂点でドラゴンを捻りながら失速気味にふわっ、と矢をかわして、そこから逆落としにランスチャージ! ユズミが最後の矢を目にもとまらぬ速さでつがえたが、間に合わない!
いや、ユズミが弦を完全に引き絞らずに、途中から撃った! 威力は落ちるが近接だ!
バアン! アークタへ矢が当たったがクリティカルではない。ゲージが一割半ほどしか減らぬ。爆炎を吹き流してアークタのランスがユズミを直撃した!!




