第3章 1-7 前祝い
「あ……そうですか」
それより、あのヒゲと眉毛はどうしたのか。
「剃ったんですか?」
「まさか。付け髭と付け眉毛だ」
「ツケマ」
付け睫ならぬ付け眉毛とは。
「変装してるんですか?」
「街を出歩くのが趣味でさ。気晴らしにね。生まれが……かなり下なもんでね。本当は、伯爵なんか継いでる身分じゃないんだ。それが、いろいろあってね。ふだんは威厳付と、お忍びのためにあんな変装してるってわけだ」
「はあ……」
「しかし……ほんっとうに安心した。優勝しろとは云わないが、いい勝負ができそうだよ。博士もほっとしたんじゃないか? なんてったって、おまえさんの制作費のために、帝立魔力工学学会からけっこうな資金をちょろまかしてきたらしいからな」
「は!?」
お……横領だ!! この身体は、業務上横領資金で造られてる!!
桜葉の眼が引きつった。
「もちろん、七選帝侯国からも相当な資金を出している。標準型ドラム七体分だ」
「な……七体分!?」
それがどれだけ高額なのかはよく分からなかったが、つまり、あと選手が七人いてもおかしくないのだ。
「みんな、口では色々と云うが、期待している。もちろんアークタ達もいい選手だ。去年はアークタがベスト十六まで入った」
「へえ……」
「七選帝侯国はもうじり貧だ。破綻してどこかの国に併合される寸前なんだ。そんな国はいっ……ぱいある。名ばかりで、国とはいえない。王国の中の一地方だよ」
そう云えば、三百以上ある国のほとんどがそうして大国の一部になっていると教えてもらった気がした。
「かつての栄光を再び……とまではゆかないけどね、せめて独立してやってゆきたいじゃないか。そのために、イェフカ……君を造ったんだよ!」
「は……はい……」
背中をバシバシと叩かれ、桜葉はよろめいた。
「とにかく良かった良かった! うれしいよ! これ、前祝い! 遠慮なくやってくれ!」
なんだか分からないが肩下げ鞄より瓶を出し、桜葉へむりやり渡す。酒瓶か? ワインのような、あの果実酒だろうか。
「じゃあな! 来週の開会式でまた会おう!」
大声で愉しそうにわめいて、侯は行ってしまった。そんなに痛快だったのだろうか。
「そりゃあ、大金ぶっこんだプロジェクトがなんとかなりそうだってんなら、一杯やりたくもなるだろうね……」
桜葉は苦笑して、意外と庶民派だったテツルギン侯に、好感をもち始めた。
「じゃ、遠慮なく~」
コルクみたいな栓を無理やりひっぱって開け、桜葉は酒をラッパ飲みした。ドラムは酒を飲んでも酔わないらしく、そのまま水みたいに一気飲みしてしまう。
味は、まあまあだった。酸っぱいような、甘いような。独特の香りは良い。
「なんか、飲んだ気しねえなあ!」
そう云いつつ、上機嫌で月を眺めた。
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ハイセナキス全帝国地方予選会兼七選帝侯国代表選手権は、三日をかけて行なわれる、夏の風物詩だった。この時期、帝国内のどの国でも地方予選が行なわれる。
七選帝侯国じゅうからドラゴンに乗り、あるいは陸路をはるばる観客が訪れる。もっとも、近くの国はまだしも中には帝国のはるか遠方にある選帝侯国もあり、テツルギンまで来れる者は貴族や大商人に限られる。テツルギン人に限り、競技場の安い席を割り当てられる。




