第2章 5-7 神聖モテモテ
一瞬、そう考えて、すぐさま息をのむ。夢想だ! すべて夢想に過ぎない! 現実は、こっちの世界でも結婚など考える余地すら無い。こんな、魔力で動く人形の中に入ってしまっては。しかも女性型ではないか。
(クッソ!! なんだクッソ!! なんだクッソなんだクッソ!! クッソクッソクッソ!! ボゲボゲボゲ!! 異世界に来たら無条件チートで神聖モテモテ王国じゃなかったんかい!!)
現実は、甘くない。
ところで。
どうやって桜葉が助かったのか、だが。
日がどんどん山間に傾き、さすがに帰りが遅いのではないかと皆で心配しだしたころ……突如としてガズ子が騒ぎ出したという。
「それで、アナタのドラゴンが勝手に飛び立ってしまいまして……そのようなことが無いように調教しておりますから、これはもしやと、私もすぐに後を追いました。すると、あまり離れていない、村より完全に隠れた谷間へ霧がかかっており……そこへアナタのドラゴンが一気に降下し、しかもカプラを吐きつけたので驚きました。するとその場だけ霧が晴れ、アナタが……イェフカが倒れていたのです」
「…………」
カプラ。あの引力光線みたいなやつか。もしかして。
「驚きました……アナタを運ぶのを優先し、あまり確認できませんでしたが、本当にあのような、隠された場所が……」
桜葉はクロタルの言葉をよく分析した。何か抜けている。
「あの……ほかに誰かいませんでした?」
「誰か……とは? 誰ですか?」
「分かりません」
クロタルの顔が途方に暮れつつ、以前よりずっと優しいものとなり、
「疲れてるのです。機能停止寸前でしたから、精神的にも参っているのでしょう。今日はゆっくりと休み、明日、グロッカへ戻りましょう」
夢だったのか。機能停止寸前の幻覚だったのか。しかし、あの不思議な廃屋はクロタルも見ているようだ。
(アイツ……あの瞬間に脱出したのか……? それくらいはやれる性能ってことか……)
桜葉が、真面目な顔つきでクロタルを見つめた。
「クロタルさん」
「なんですか」
「あの……帝国で、肌の色が褐色の人が住む国って……ありますか?」
「はい。一番近くでは、隣のクン=バリン王国です。多民族国家なので、全員ではありませんが」
なるほど。そこのハイセナキス選手の可能性が非常に高い。しかも、あの謎の廃屋を知っていて調べていた。
あの、どう見ても時代劇に出てくる和風建築を。
何のために?
知る由もない。訳が分からぬ。
(だけど、ただの異世界じゃねえぞ、ここは)
桜葉は確信した。
その夜、クロタルと桜葉……イェフカは同じベッドで寝て、役人たちは壁へ板を水平に設えたような仮設の寝所で横になった。
翌朝、桜葉は作り置き分に加えて早起きした役人たちが焼いた大量のパンを平らげ、これほどとはと役人たちを驚かせた。
「しかし、この調子で食べ続けるのでは、やはり早めにグロッカへお戻りになるのは正解だったかもしれません」
外で片づけをしながら、それを手伝う桜葉やクロタルへ役人がそうつぶやいた。
「そうなんですか?」
「村ではこんな高級なパンを食べられるのは、年に何度かです。毎日こんな量をただ食べるのを見せつけられては、心中穏やかではないでしょう」
「…………」




