第2章 4-1 七選帝侯国
「あ、あの、よければですね、侯閣下へ謁見する前に、その……基礎知識として教えてください。チュ……テューブラー帝国にはどんな国がどれくらいあって、選帝侯国というのは、どういう……」
物云いや態度からクロタルはそれなりの知識階級あるいは中産階級であろうと思っていたが、果たして、
「はい。私も知識として知っているだけで、帝都にすら行ったことがありませんが、帝国には大小三百二十六の国や領地がありまして」
「三百二十六」
多いとも思うが、江戸時代の日本もそれくらいの藩にそれは細かく分かれていた。たとえ市……いや、村程度の面積でも、そこに領主がいれば国なのだ。
「とはいえ、大国の中の支国と云いますか、半独立国が大半です」
「半独立国……」
「はい。ですから、大きく分けると、二十三の国に分かれています」
「えっ、二十三」
いきなり少なくなった。
「はい。百以上の国をまとめている強大な王国もありますので」
「すげえ」
それはもう、大帝国の中の小帝国のような有様だ。
「その中でも、選帝侯国は七つ。小国ながら独立国です。かつて、第三代皇帝が帝国内の大国の影響を抑えるために、あえて小国へ選帝権を与えたとか」
「ほほう」
桜葉の眼の色が変わる。興味深い歴史だった。神聖ローマ帝国と逆だ。
「七選帝侯国は代替わりのたびに莫大な選帝料を得て、それは強大な力と富を誇示した時代もあったといいます」
……と、いうことは、いまは誇示していないのか。
「ですが……こういうことを口走ってもいいのかどうかはわかりませんが……この国の皇帝は直轄領も少なく、本当に祭事を行うのみの存在で、権威はありますがとても帝国をまとめるような権力はありません。また、そういう制度でもありません。帝国構成諸国統合の象徴なのです。帝国政府と議会は、各国の君主たちが支配しています」
「議会……えっ、議会があるんですか!?」
「は、はい」
桜葉が思わぬところで食いついてきたので、クロタルは面食らった。
「そ、それで、皇帝のなり手がいなくなりまして……百三十年ほど前に皇帝へ推挙されたカラオウーン=フラッテンファウン家が事実上、皇帝を世襲しております」
「世襲」
「つまり、選帝侯は仕事がありません。かつては選帝料を目当てに皇帝暗殺まで思いのままとすら云われた選帝侯国は、すっかり没落しました」
「没落」
「はい。選帝という強大な権力と富の代わりに、領地が極端に小さいので……それでなんとか、七選帝侯国でお金を出しあって、ハイセナキスでかつての栄光と繁栄を取り戻そうとしているのです」
「ほおー」
なるほどなあ。桜葉は腕組みしたまま、うんうんとうなずいた。
それにしても……。
「ハイセナキスって、そんなに……」
「はい!」
クロタルの声の音調が、一段高くなった。
「ハイセナキスは、もはや世界国家間の代理戦争です! かつては竜騎兵により凄惨な国家間闘争が行われた時代もありましたが……自然と竜騎兵による戦闘訓練が競技化し、それが大規模となるにつれ、貴族間や国家間の争いも減ってきました。これは、人類の知恵なのです。もはや、ハイセナキスの勝敗によって帝国議会における各国君主の意見が通るか通らないかが決まるとさえ云われているのです。従ってこの代表戦に、我ら七選帝侯国の命運がかかっているのですよ!」
「命運が」




