第2章 3-6 やっぱり栗型いるわ
このイェフカ刀は樋が無かったので、ヒュ……という地味な空気を裂く音がした。桜葉は樋の無い刀も振ったことがあるので、音がなくとも拍子抜けなどはしない。
重さ、振り心地、感触。ほぼ完璧といえた。
「…………」
バストーラ、すごいのかどうか分からず、ただその無言の迫力に圧倒され、うなずくのみであった。
(やっぱり栗型をつけるんだった)
刀を差したまま竜場へ戻り、桜葉は後悔していた。じっさいに振ってみて分かったが、帯にひっかかって支えるものが無いので、気をつけないと鞘がそのまま下に落ちてしまう。
そもそも、栗型が無いとうまく鯉口を切れないのが分かった。左手が、自然にちょうど良く栗型にひっかかり、支えとなってグッと鍔を親指で押して鯉口を切ることができる。そんなことにも気づいておらず、
(なにが栗型はいらないだよ……)
恥ずかしくなった。よくこれで六段に受かったものだ。
(親方に相談しよう)
そう思って、今の鞘へ後付けで栗型をつけようか、新しい鞘を作り直してもらった方がいいか考えていると、
「とにかく、新しいイェフカ専用の武器ができて良かったですね」
竜場へ向かう途中、唐突にクロタルが斜め後ろより桜葉へ声をかける。
「あ、はい、とても助かりました……」
「こう云っては何ですが……スティーラだったときは、あのような武器のことはただの一言もおっしゃいませんでしたね」
ギョッ! として、桜葉は思わず振り向く。クロタルは下を見ながら歩いていたので、すぐに視線を戻した。
「私を信用していなかったのですね。無理もありません。こうして、いろいろと新しいことを教えていただいて、とても感謝しております。しかし、一つだけ……もしよかったら教えてください」
「なな、なんでしょう」
「先ほどの、刀の訓練……あれは、私の常識ではどう見ても戦闘方法というより舞踊です。舞踊にしても、動きがまったく異なりますが……とにかく、あのようなもので、本当に戦えますか? アークタもユズミも、白兵戦の訓練を積み、とても手強いですよ」
「ああ……」
ま、知らない人が見たらそうだよなあ、と思いつつ、
「あれは戦闘法というより、鍛錬法です。あの通りに戦うわけではありません」
「な、なるほど!」
何か納得したものがあったのか、チラッと見やるとクロタルは目を輝かせてうなずいていた。
(でもまあー~、そうは云ってもなあ)
実戦格闘技でもあるまいし、型武道は型しかやらぬ。まして現代日本では、たとえ相手がナイフを持った通り魔だったとて日本刀で惨殺などすれば過剰防衛どころの話ではない。こっちがお縄だ。武器を遣う武道は、現代で実戦経験などありえない。
また巻き藁の試し斬りですら、それを専門にやる流派以外では滅多にやらないだろう。桜葉も、藁というか畳表を丸めて水へ浸したものを斬るやつは、二十年間で三回しかやったことが無いうえに、うまく斬れなかった。途中でひっかかって刀が止まったり、切れなくて叩くだけになってしまったりする。あれも稽古が必要で、ふだんいくら刀だけ振っていても実際に物体を「斬る」というのは、けっこう勝手が違う。
そういう意味で、そりゃ不安はあった。と、同時に、自信もあった。あんな西洋風のソードを遣うよりはマシだったし、このドラムの身体をもってすれば、頬に十文字傷のある某逆刃刀の遣い手ほどではないにしても、そこそこやれると感じていた。
「なんにせよ、槍もそうですが、しばらくこの刀の練習をさせてください」
「私も、それが良いと思います」




