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竜と居合と中身のおっさん  作者: たぷから
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第2章 3-5 イェフカ刀

 工房の、親方と弟子のドヤ顔といったらなかった。

 「うわあ」


 桜葉、思わずそう云って眼をみはった。完璧だ。完璧な「ほぼ日本刀」だ。まさか。まさかこんなことが。こんなにうまくゆくなんて。うまくゆきすぎだと思った。


 刀を水平に両手で掲げて目の高さで一礼し、刃を上にして縦に持ち、そっと抜いた。新品なので、ハバキと鯉口がきついのも懐かしい。鞘も申し分ない。漆黒に濡れ光っている。こんな漆そっくりの塗料があるなんて感動した。


 「ありがとうございます!!」


 桜葉は深々と頭を下げ……ようとして思い立ち、握手しようとも思ったがバストーラが手を出さなかったので、


 (握手の習慣もねえのか)

 と急に冷静になって、ただそう云ったまま立ちつくした。


 「礼なんかいらないよ。むしろ、こっちが感謝してる。こういった全く新しい武器を教えてくれて……」


 「はあ」

 「なんてえ名前にする?」

 「名前」


 ほぼ日本刀、と云おうとして、桜葉が口ごもる。由来を説明できるとは思えなかった。


 「あんたさえ良ければ、イェフカ刀、にしたいんだ」

 「イェフカ刀?」


 後ろでクロタルがパアッと顔を明るくさせたが、桜葉の顔は引きつったように歪んだ。そんな自己顕示欲は、持っているつもりはなかった。


 「それだったら、バストーラさんの名前のほうが……」


 「いや、こういうのは、遣うもんが名乗るんだ。オレは、それを造った人物として名前が残る。そういうもんだ」


 「……はあ」

 「な? そうしよう。いや、それに決めた! これは今から、イェフカ刀だ!」


 弟子たちがうなずいて喜び合う。拍手でも出そうな雰囲気だったが、静かだった。拍手の習慣もないのだ。


 ま、いいや……と思い、桜葉は早速刀を受け取った。

 「……で、どう使うんだ?」


 バストーラは留め金具も無い刀を初めて作ったので、やはり遣い方に興味津々だった。桜葉は前もって用意してもらっていた木綿に近い生地の厚めの晒し布を受け取った。長さも指定してある。それをズボンの上からグルグルと腰へ巻きつけ、最後は「片挟(かたばさ)み」という男性用の角帯(かくたい)の結び方で固定する。その帯へ刀を差した。袴が無いのであまり水平にならず、着流し浪人のように落とし差しになりがちだったが、かっこうにかまっていられない。イメージでいうと、幕末の軍隊の洋装に日本刀姿へ近い。


 「ほお……」

 バストーラも感嘆の面持ちで見つめた。

 「ちょっと、離れていてください」


 ギャラリーを下がらせ、桜葉は静かに佇むと半眼(はんがん)となり、少し呼吸を落ち着けてから膝をゆるめ、立ち技で一気に抜いた。立った姿勢からすうっと空気が動くように(つか)へ両手をかけ……すーっと抜いてより左手で刀を操作し縦から水平へすると真一文字に斬りつける。そのとき、左手は鯉口を握ったままグイッと腰へ沿って真後ろにまで鞘を引く。これが鞘引(さやび)きだ。右手で抜き、鞘も引くことによって長い刀を片手で抜きつけられる。いや、長い刀を刀と鞘とを同時に動かし、両手で抜く(・・・・・)のである。また、抜刀しながら攻撃する……このコロンブスの卵的な発想が、まさに居合そのものだった。なお、短い刀を遣う流派の場合、鞘引きをしないこともあるが……桜葉の習っていた流派は、鞘引きこそが技の命なのだ。


 それから歩を出しながらサッと振りかぶって、真っ向から斬り下ろした。ほとんどの居合刀には()という溝が(しのぎ)に沿って掘ってあり、それが風を切って鋭い音が鳴る。刃音とよく云うが、刃ではなく樋が鳴っている。鳴ったからどうだというのではなく、単にかっこいいし、刃筋が通っている証拠を音で知ることができるので良い、というほどのものであった。古流剣術の流派の場合、樋の無い刀を使うことも多い。

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