第2章 3-4 試作刀完成
そして、なんといっても鞘だ。矛盾するようだが、刀ではなく、鞘こそが居合の肝にして命なのである。この逆転の発想というか、普通の剣術遣いにも意外な発想であろう、この「鞘を遣う」ことこそが、それこそ居合術の「手の内」だし、知らない者からすれば居合を秘術たらしめる根本であった。目にもとまらぬ速さで抜き、目にもとまらぬ速さで納める。本当にそのような速度で抜く場合もあるが「目にもとまらぬ速さ」の半分は、鞘の動きの速さと云えよう。それが連動して、知らぬ者の眼には一瞬にして刀が抜かれ、一瞬にして納刀される……ように見える。
つまり、鞘の遣い方を知らない者には、どうやって抜き納めしているのか分からないのだ。目の錯覚に近い。それこそが「術」の術たる所以であった。
とはいえ、別に居合刀は特別な鞘であるわけでもない。普通の鞘である。ただ、こっちではその普通の鞘を造るのが大変、というだけで。
(まず、栗型はどうしようっかなあ……あのハイセナキスで、下げ緒を遣うとは思えないんだよなあ)
栗型とは鞘についているアーチ状の穴の開いた木片で、栗の形に似ているから栗型というらしい。そこへ下げ緒という長い飾り紐を通して使う。まさに飾りであり、一般的に特段の用途があるわけではない。
桜葉の習っていた居合でも、特に下げ緒を遣う技は無かった。外して何かを結ぶシチュエーションも考えられない。まして、下げ緒を外して襷掛けにするなども考えられなかった。和服じゃないのだから。
(いらねえや)
「この鞘も、もっと頑丈に作れるが……きっと、いざというときは鞘が割れて刀身を護るんだろう?」
「そ……そうです! その通り!」
桜葉はほとほと感心した。この親方がいて、本当によかった。下手に鞘を頑丈に造ると、鞘から一気に抜きだす技法の居合では、技を失敗して刀をこじった時に刀身がひん曲がってしまう。そこで鞘がパカッと割れると、刀がしなって弾力を持ち、逆に刀身を護る。
そして、それから七日の後……。
拵えも含めた試作品が完成した。クロタルは、遠慮して工房へ来なくなっていた。桜葉は気にしていたが、それどころではない。
「……うお……」
まだ試作なので、鞘は白木のまま、ハバキもちょっと大きい。
しかし、それ以外は完全に「ほぼ日本刀」だった。
「遠慮なく、改良点を云ってくれ」
抜いたり振ったりをしていた桜葉、かなり細かいことだけどと前置いて、塗料や鞘へ貼る薄いドラゴンの革を指示し、さらにハバキについて改良点を注文する。
「分かった。まかせろ」
バストーラの力強さ、頼もしさといったらない。
さらに六日後。
この世界のカレンダーもよく分からなかったが、またガズ子で飛行訓練を行っていた時に連絡が来たので、クロタルと行こうと思ったが、クロタルは竜場の隅から動こうとしなかった。
「……どうしました」
「私はここで待っています」
桜葉も少しイラッときてしまい、
「あの刀をクロタルさんに見られたところで、あたしは何ら不利にはなりません。そんな御大層な秘密の武器に見えますか?」
珍しくイェフカが反論してきたので、クロタルも戸惑った。
「い、いいえ、ふつうの……刀だと思います。珍しいですけれど」
「興味があるのでしたら、いっしょに行きませんか?」
「……はい」
クロタルの顔が少しほころび、また並んで工房まで向かう。




