第2章 1-4 タイホー
「ま、それは……午後から」
「あ、はい」
職員は説明を続けた。
「ええ、と、ですので、四人で初夏の七選帝侯国代表選へ出て、諸侯国代表となった暁には……代表選手のドラゴンは晴れて栄光ある『大鳳』の銘を与えられます!!」
そこで若い職員、突然顔を晴れやかに輝かせる。クロタルも、誇らしげにうなずいた。
「タイホー?」
大砲? 大鵬? 大……宝? まさかなと思って、眉をひそめるほかない。偶然だ。偶然、日本語に近い言葉だ。それか脳チップかなんかが勝手にそう変換したのだ。
「これですよ!」
職員が厩舎の壁へかけてあった連絡やメモ用の黒板へ、白墨で字を書く。そう云えば、桜葉は初めてこの世界の字を見た。
桜葉の眼が見開かれる。
間違いなく「大鳳」と書かれていた。
「漢字かよ!!」
たまらず桜葉が詰め寄り、職員もクロタルも驚いた。
「なんで? なんで漢字!?」
パニックにならざるをえぬ。大声でわめき散らし、ドラゴンたちが色めきだった。
「おい、この世界の言語体系どうなってんだよ! えっ? えっ? まさか、おれの眼が勝手にそう見てるってこと? 本当は、読めない謎の字なんだろ!?」
「お、おちついて、おちつきなさい、イェフカ!」
クロタルが桜葉を押さえる。職員は恐怖で硬直していた。
「ナントカ云えよ!! なんで漢字なんだよ! おかしいだろ、こいつ!!」
「スティーラ!! お願いだから落ち着いて!!」
そう呼ばれ、桜葉がびくりと身をふるわせる。
「しっかりして……これは帝国共通語のテューブラー文字です。いま、帝国内は何語だろうと、このテューブラー文字で書かれるんですよ」
がっくりと血の気が下がる。めまいと動悸で倒れそうだった。何とかこらえ、めをつむる。頭がグラグラし、ガクガクと膝が笑う。血なんかないはずなのに、これだけ血の気が引いたのは生れて始めてだった。
(そうだった……ヤバい……おれはスティーラ……身代わりに死んだあの子なんだ……)
自己暗示に近かった。
「ごめんなさい……あの……その……ごめんなさい」
それしか出てこなかった。
「まだ情緒不安定で……少し、落ち着かせます」
「は、はい」
固まりつく厩舎職員へクロタルがそう云い、ヨロヨロと歩く桜葉の肩へやさしく手を添えて、いったん外へ出た。
冷たい井戸水を飲ませてもらい、牧草地の端へ座って桜葉は一息ついた。緑と青の、郊外の穏やかな田園風景を見やり、しばし茫然とする。ゆっくりと雲が流れていた。
「大丈夫ですか?」
クロタルは、ずっと桜葉の背中をやさしくさすっていた。
「ええ……はい」
「頭を強く打つなどして、記憶と認知がおかしくなり、性格すら変わってしまう症例を知ってます。アナタも、きっとそう……。それだけ、そのドラムは移植が危険だったのですね」
桜葉は、答えようが無かった。
「私も、そうなっていた可能性があったということです。恐ろしい……」
そうじゃないかもしれないし、そうかもしれない……。何が何だか分からなかった。自分が転生しなかったら。当初の予定通り、スティーラではなくクロタルが移植をしていたら。
(まてよ……もしかして、スティーラはおれと入れ替わりで向こうの世界に行ってるのかも……)




