第2章 1-2 ドラゴンの厩舎
「私も少し、零零参型の講義は受けています」
(そうか……本当はクロタルが正式な、中の人候補だったんだっけ……)
何となく罪悪感を感じつつも、話を聞く。
「形態自体は設定されているはずです。そう教わりました。あとは、イェフカが……アナタが、うまく移行させられるかどうかです」
「移行」
「何も考えないで……静かにしていてください。眼はつむっていても、つむらなくてもどちらでもいいです。自然に、意識を失うはずです。だいたい五時間ほどで気がつきます。人間で云うと、目が覚めるということです。魔力炉を休めるためにも、早くコツを掴んでください」
(なんだ、そりゃ……)
レクチャーになってねえだろ、と思いつつ、その夜からさっそく試してみる。だが、あの無我の境地に近い状態で、寝ているような寝ていないような、ふと気がついたら朝方になっていたので驚いた。
水を飲み、腹が減っている気もした。なるほど、魔力炉を休めるとはこれか。
食堂へ行き、朝食を摂っていると、今日は珍しくランツーマが一人でやってきた。
ランツーマは桜葉を見ると、ニコッと笑った。
「ちゃんと寝ることができたみたいだね」
「え?」
分かるのだろうか。
「魔力炉の調子がいいみたい」
「そ……うですか」
少なくとも桜葉は、自分の身体のことを何も分かっていなかった。
「じゃ、がんばってね」
「あ、ありがとう……ございます」
もしかしていい人かも? いい年をしていまだに対人関係を勘違いしている桜葉は、ランツーマに好感を持ち始めてきた。
朝食の後、桜葉はドラゴン飼育場へ案内された。動物園と牧場と競馬の厩舎を合わせたような、大きな施設だった。街からけっこう離れている。驚いたことに柵はなかった。が、ドラゴンが空を自由に飛ぶことを考えたら、柵など無意味とすぐに理解した。
また、ガズンドラゴンのほか、数種類のドラゴンがいた。みな、多少の差異はあれ同じほどの大きさだった。大きくてもサイほどで、だいたいカバやウシくらいなのだ。
(ドラゴンなんて、なんかもっとこう……見上げるようなイメージがあったけどなあ……現実って、こんなもんなんかな)
妙な納得感を感じ、巨大な厩舎に整然と並んでいる竜たちを見やる。しかも、みな草を食っている。臭いもあまり無い。営業二課の慰安旅行で連れてゆかれた観光牧場ですら、臭くてたまらなかったのに。
「草食なんですか?」
思わずクロタルの隣から案内の若い厩舎職員へ聞いた。
「えっ?」
職員の目が丸くなる。それからクロタルを見やった。クロタルが、無言で首を横に振った。あっ、そうだった、という顔で、若い職員は桜葉へ向き直った。
「雑食ですが、今の季節は牧草ばかりです」
「へえ……」
口の合間より覗くでかい牙を見て、桜葉は不思議がった。
(パンダみてえなもんかね)
よくわからない。きっと奥歯に、植物食に適した大きな臼歯があるのだろう。牙くらい、ゾウやカバにだってある。
「ごらんのとおり、ここではガズンドラゴンを六頭、アーブルドラゴンを三頭、ケレットドラゴンを三頭飼ってます」
(なになになに?)
見たことのあるガズンドラゴンはすぐにわかった。ほかの二種類より少し小柄だが、装甲ドラゴンのとおり、恐竜のヨロイ竜やアルマジロ系の分かりやすい装甲版を背中や腕、脚にまとっている。額から鼻面にかけての装甲版のせいで、目が三白眼に見えるのがご愛敬だ。赤と白と黄色の羽毛が美しい。後頭部の角も優雅で立派だった。
「きれいなドラゴンですね」
桜葉が、一頭のガズンを見てつぶやいた。




