第1章 2-9 魔力炉
「魔力炉が無事なら修理して復活できるよ」
「魔力炉」
「ここにある」
博士が自分の胸をドンドンと叩いた。
「魔力で動いてるんですか」
「そうだよ」
じゃあ、なんで食い物をあんなに必要とするんだ。それが顔に書いてあったのだろう。
「魔力炉は、魔力で動かないんだ。不思議だろう?」
意味が分からない。桜葉はそれ以上、質問するのをやめた。
ブアー、ババーン! とファンファーレじみた金管楽器の音がして、見るとぎりぎりランツーマが勝利していた。ドラゴンも調教されているのかすぐに二人のそばへ降りてくる。関係者がどやどやと集まって、二人や二頭のドラゴンを調べはじめた。
(魔力で攻撃……?)
桜葉は博士に違う質問をしようと思ったが、博士はもういなかった。しょうがなく、まだうつむいているクロタルへ……聞こうと思ったが、やめた。
泣いていたのだ。
結局、クロタルが泣きはらした目で体調が悪いと云い残して帰ってしまったので、桜葉は一人で部屋へ戻った。道に迷ってウロウロしていたが、見ず知らずの若い職員が迷っている桜葉へ声をかけ、部屋まで連れて行ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ、専属メイド以外でも、お気兼ねなく言葉をかけてください」
「そうですか……で、では、食事って……どこで」
時間的に、そろそろ夕食だった。いまだ空腹感は感じないが。
「ああ、そうですね。ちょっと早いですが、食堂へ向かいましょう」
「あっ、はい」
職員が再び歩き出す。桜葉はその後ろを歩いた。今日はいろいろと情報を得たが、ありすぎて完全に混乱していた。どうせ夜は寝ないのだろうから、一晩かけてじっくり整理する必要がある。ノートにまとめてもいい。
(そういや、筆記用具ってあるんかな……無いわけないだろうな)
そう思い、
「あの、すみません」
「はい、なんでしょう」
階段を下りかけた姿勢のままで、男性が立ち止まって振り返る。背が高いので、ちょうど桜葉と同じ目線になった。顔は、やはりヨーロッパ人ともアジア人ともいえない感じで、肌の色もそんな感じだった。その鳶色の瞳を、桜葉は見入った。
「筆記用具って、ありますか?」
「字をお書きになるのですか?」
予想もしていない反問に、固まってしまう。
「……え……ええ、まあ、その、少し」
などと、意味不明の答えをどうにか絞り出す。
「そうでしたか。山間の寒村より来られたと伺いましたが、どこでお学びに?」
「どこで」
ものすごくまずい質問をしたようだ。桜葉は全身から冷や汗が出るのを感じたが、別にドラムは汗をかいていなかった。そういう機能がない。
「どこで、どこで……ええと、そうですね、その……こっちへ来てから、博士に、少し」
「そうですか、座学で教わったんですね。短期間のうちに、少しでも書けるようになるなんて素晴らしいです。黒板と白墨でよろしいですか?」
「黒板」
意味がない。しかし、紙というものが無いかすごく高価かもしれないと瞬時に判断し、
「お願いします」
と、答えた。それは正解だったようで、若い職員は笑顔で、では食事の後にでも、と云い、また先を歩き出した。
(いちいち、こんな綱渡りがずっと続くのかよ……)
目の前が暗くなる思いだった。
食堂は部屋からけっこう歩いた。出張で泊まる安いビジネスホテルではエレベーターから出たら目の前に飯を食う場所があるのが普通だったが、これでは巨大な高級ホテルだ。館内案内図でも無いものか。
(そもそもフロントがねえか)