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風衝都市の暮らし  作者: りょうこ
5/6

イタヤ篇1

--9時40分--


アーモンド大学に通う10代の女性であるイタヤはシャコツの部屋で、

彼と一緒に「Cylinder Clockes」を遊んでいる。

彼女の薄黄色の髪はポニーテイルに結ばれていて、肩甲骨の下角まで届く長さがある。

普段は幼い目つきをしているが、集中した時には睨む様な目つきになる。

しかし、イタヤは顔が良いので、よほど何かしでかさない限りは好印象に変わる。


この「Cylinder Clockes」についての解説をすると、

世界を舞台に自動車競技を行い、車両の性能やドライバーの手腕、

研究の品質を競うゲームである。


彼らは今、手続き型のプログラミング言語「CXe」を用いてエンジンバルブの外径を定める数値を求めている。


グウゥ・・・グギュ


イタヤは頬を染めた。


「俺が飲み物と料理つくるよ。ダイニングに行こうか。」


シャコツはダイニングへ彼女と共に移動した。


ダイニングテーブルには、幕板と対になる椅子が5つ置かれている。

彼は冷蔵庫の冷温室を扉を開いて確かめると、ザーサイと京菜が目に留まった。

しかし、これだけでは塩辛いしノンアルコールビールも飲めない彼女に出すもの

としては不適切だと思った。次に、冷蔵室をざっと見て、ジャガイモを取り出すとまな板の上に載せた。そしてフライパンに油を敷いて熱すると

ジャガイモを一枚2mm程に切り分け始めた。


「ポテトチップスつくってくれているの。」


「俺はジャガイモのエントロピーが不可逆変化する過程を進めているだけさ。」


しばらくして、シャコツはライプナッツ味のポテトチップスを作ってきた。


「あなたは食べないの。」


「じゃあ準静的可逆過程でのエントロピーをクラジウス積分したものと

同じ数※1だけもらおうか。」


注釈1:準静的可逆過程では ∮dS=0 となる。


イタヤは黙って、モソモソとポテトチップスを食べ始めた。


「もしかして、少食だったりする。」


シャコツが心配そうに尋ねると、彼女は顔を赤くした。


「えっ、いや、でちゃうから……。」


「イタヤのだったら気にならないし。」


グウゥ・・・


再びイタヤの腹鳴が聞こえ出すと、彼女は諦めた様にバクバクと食べ始めた。


「おいしい……。あんまり長居するのも悪いし、食べたらすぐ帰るね。」


「実は、それを食べたイタヤにしか出来ない頼みがあるんだ。」


シャコツはエビラを手に持つと、加入条件が記されたベージの画面を見せてきた。


シャコツはキセノが所属しているチーム「スマッター」のリーダーである

キスイに対する嫉妬を若干性的なわだかまりと共に、抱いていた。

それを晴らすにはチームへ加入することが必要だった。


彼がそのためにスマッターへの加入条件を満たすには、彼女の力を借りる他無かった。


加入の条件は以下の通り。


(1) q を四元数とした場合の √qq*=x の解を求めることが出来た方。


そして昨夜、新しく以下の条件が追加された。


(2)(FermatedやAlhazened等の動画サイトに自分がオナラをしている所を動画にして投稿している方で、ユーザからの評価数が20以上で評価点が8割超えの方。



「もし出来たらでいい、君に頼みたいんだ。」


シャコツは懇願した。


「君がオナラしている所を動画に撮って、それを俺のアカウントから投稿する。」


彼のアカウントの名前はプリンキピアを捩ったものであり、またアバターには、

カートゥーンの女の子がオナラをして赤面しているイラストから、

顔付近をフレーミングしたものが用いられていた。


イタヤのアカウントでは、同様にフレーミングされたカートゥーン男の子のアバターと

モナドロジーを捩った名前が使用されていた。


「まぁ、バレないとは思うけれど……。」


イタヤは恥ずかしさで顔を赤くしたが、否定はしなかった。


「動画の作りとしては、上位陣の作品が参考になる。」


そう言うと、シャコツは複数の動画サイトを横断検索した「オナラ」タグにおける

評価点の日刊ランキングの画面を見せてきた。


イタヤは2位の「オナラする男の子 ミラー 」と題された動画のサムネイルとして

設定されているエプロンドレスを着た10代の女性と思しき人物が目に留まった。


動画の評価数は80、評価点は9割超えであった。

動画を再生してみると、本棚に統計力学や複素解析の書籍が置かれた自室の

ベッドに座っている彼のバストショットから始まった。


顔がハッキリと分かったが、その温和な目つき、鼻筋や頬、頤は女性と見分けがつかず、

カメラが引いていくにつれて露となってゆくしなやかな筋肉のついた脚、

キスイの麗しい見た目が彼女を幻惑させた。


「それじゃ、カエデちゃんとヒソクちゃんよろしくね。」


そう彼が微笑んでから、彼女ら2人はほわほわとした声色になった。


「キスイちゃん、こっちにおしりをむけてー。」


ヒソクがそう声をかけると、キスイがやや恥ずかしそうに壁へ手をついた。

カメラは彼の臀部に焦点を合わせているので、Q-Signの側部構造がよく見えた。


それから5秒後、バストロンボーンのピッチを少し高くした様な音がした。

彼の顔が真っ赤に染まり、両手で顔を隠した。


それから4秒後、さらにピッチを高くした音が1.5秒ほど続いた。


「いやあぁあ……。」


キスイは思わず声を上げた。


シャコツはそこで動画を一時停止すると、イタヤに告げた。


「こんな感じに動画をつくろうと思う。」


イタヤは俯きながら承諾すると、ライプナッツソーダを買いに出かけた。


シャコツは工作机の引き出しからQ-Signを取り出すと、目付きの悪いイタヤを想像して

次にキセノの泣き顔を想像した。


--10時00分--

ライプナッツソーダをイタヤがダイニングテーブルに置くと、シャコツは

トリルを起動してパソコンに繋いだ。


--10時02分--

Q-Signの取り付け方を教える時に、誤って彼女の臀部に触れてしまった。


--10時04分--

イタヤがバストロンボーンの様な音で放屁した。2分音符だった。

彼女の頬は赤い、そして涙を目に浮かべている。


彼女はそれからしばらくすると、ソファの背に手をついて臀部を突き出した。

そして真っ赤になって俯いている。


「そこまで求めていない。」


シャコツは撮影を一時中断して慌てて静止した。


「この方が評価点とれるよ。ところで、シャコツくんは私をみて何も感じないの。」


彼女は彼の方を向くと、少しそっけなく尋ねた。


「どんな意味で。」


「性的に。あなたはロトカ・ボルテラ方程式を知っている子と、

ハミルトンの運動方程式を知っている子のどちらにより魅力を感じるの。」


「実数体について知っている子はみんな好きだよ。」


「そう。それじゃあ撮影を続けましょう。」


撮影が再開されてすぐ、イタヤは大きな音で放屁した。

恥ずかしさからうつむく彼女の顔は、浮かされた様に火照り、

ただ彼から求められる事だけが羞恥に耐える頼みの綱だった。


--2日後の9時40分--


イタヤが放屁をしている動画は、評価数60を超えて評価点は9割超えとなった。


彼はスマッターに加入し、リーダーと初めてチャットをした。



「動画拝見しました。ランキング上位に食い込んでいますね。」


「自動車部では、どのような事をされているのですか。」


「Cylinder Clockes で研究したり、部室の本棚に専門書を貯めたりしてます。

あとは大体レース車の管理点検ですね。」


そこから2人で自動車や物理談義が7分ほど続いた。


「ところで、シラードエンジンはご存知ですか。」

ふとリーダーが切り出した。


「どんなエンジンなんですか。」


「シャノンエントロピーで動くエンジンだよ。」


「全くわかりません。」


「量子力学をやろう。生物系の分野の人にしては専門外の話にやたら詳しいし

それに割く割合が多いと感じていたんだよ。それに、イタヤちゃんのFCには

自動車部ではなく昆虫部所属ってハッキリと記されているんだ。」


「今のあなたの力なら、きっと近いうちに加入条件を満たすことが出来るよ。

僕も力を貸すし、正規の手順で入り直そう。」


「すみません。」


「それじゃ、複素解析から始めようか。テキストをそっちに送るよ。」


シャコツのアカウントの受信欄には、送信者が「キスイ」となっている

友人登録申請メッセージが送られてきた。本文には「よろしく」と一文だけ、

そして、複素解析の入門書の電子ファイルが添付されていた。


「あなたはもしかしてキスイさん。」


「そうだよ。」


「あの、もしかしてこの動画の方ですか。」


シャコツが動画へのリンクを貼り付けた。

チャットに「オナラする男の子 ミラー 」のサムネイルが表示された。

キスイの顔が真っ赤になった。そしてPCの前できゃーと声を上げた。


「あれは冗談のつもりでアップロードしたのだけれど、予想外に人気が

出てしまったから慌てて非公開にしたけど、ミラーを投稿されてしまったので

他の人の動画でランキングから押し出してもらうしか手立てがなくて。」


チャットの文面では平静を装っていたが、彼の心は後悔と羞恥に満ちていた。


--10時00分--


イタヤはキスイから送信されてきたメッセージを読んで、

シャコツが自分の成り済ましに失敗した事を知った。

しかし、彼らに対する好感がさらに増した。



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