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風衝都市の暮らし  作者: りょうこ
4/6

キセノ篇1

文の抜け、仰向けをうつぶせに訂正しました。

--9時38分--

東コンソメ大学学生会館1階108号室

自動車サークル「Q&Q」の部室にて


Q&Qのマネージャーを務める大学1年生そして

10代の女性であるキセノが部室のドアを開けた。

片手にはライプナッツソーダのジュース缶を持っている。


部員のテツは机に座り、音声処理のプログラムを改めてテストしていた。

正弦波の音に混ざり机下のコンピュータからはファンの音が漏れ聞こえてくる。


部室のテーブルに置かれているバックル型センサ「Q-Sign」をキセノが手に取り

ベルトへ装着した。センサがキセノの尾骨の数センチ上にくるようにベルトを回して調節すると彼女の準備は終わった。


Q-Signは簡単なコンピュータのようなもので、電子基板はケースに

緩衝材を接着したもので保護されている。

基板上には大きく分けて電源部、センサ部、並列計算装置が配置されている。

電源部からは、単4電池4本を用いて計4.8Vの電圧が出力される。

センサ部はコンデンサマイク、メタンガスセンサ、温度センサが

並列で接続されており、電流を制御するための抵抗やGNDへの接続が必要に

応じて行われている。

それらからの出力が発振回路を内蔵するマイコンに伝送されて処理されたものが

バス端子からPCやエビラ等に対応した形式で出力されるため、

気になる人のオナラのエントロピー的な行き先や

音声記録装置として一部に利用されている。


テツは机上に置いていたビデオカメラ「トリル」を持って立ち上がると

キセノの前方でしゃがみ込み、トリルを起動して焦点を合わせた。


そして、トリルのディスプレイ越しに彼女の足元から顔までを

まじまじと見つめていて改めて思った。


ほんの少し幼い目つきと頤は、彼女の整った顔立ちを特に象徴するものであり

それは大いなる性的対象としてみられてしまう色香と、

庇護欲を喚起させる純真な面持ちを備えた顔であり、

彼女はそして体のラインも同様に魅力的な人だと。


そして、そんな彼女を利用して自動車部を宣伝するというのは、得策だと。


地毛の赤茶色のショートヘア、Tシャツの裾から微かに見える腋

ミニスカートから覗き出るスパッツは太腿の1/2まで下りてきている。


--2ヶ月前--


テツがキセノに初めて出会ったのは、「基礎から学ぶ熱力学」の初回講義の時で

授業の内容はこうだった。

担当のズボ山講師が、関数の極限の定義について説明をした後、

ユークリッド空間上の1次関数f(x)=2xのグラフを図示すると、

そのグラフのx軸へ垂線を1つおろして垂線と交わるf(x)上の点を

その地点でのf(x)の値ではなく垂線に隣接するf(x)上の2点間の差と

等しい値をとる点Pをf'(a)として板書の都合上そのように定義した。


点Pでのxの値δとして、f(x)の値をεとすると、

x<δとf(x)<ε成り立つならばその関数は連続であると述べた。

そしてこれをε-δ論法と呼ぶのだと嬉しそうに言った。


次に、f(x)の導関数とはε-δ論法等によって関数が連続である時の

点Pでのf'(x)をそう定義するのだと述べた。


また、関数が連続であるならば微分可能であり、微分された関数からみた

微分される前の元の状態の関数は原始関数あるいは不定積分と呼び、

微分された関数を原始関数に戻すことが積分なのだと話した。


f(x)を微分したものをf'(x)と表される、またf'(x)を不定積分したものは

∫f'(x)と表されるので、f(x)=∫f'(x)が成り立つと説明した所で

授業は終わり、残りは質疑応答の時間となった。

質疑応答の時に、キセノがδ関数の不定積分について質問した。

するとズボ山先生は、超関数についてかみ砕いて説明した。


授業中キセノが幾度か放屁していた事をテツは彼女の表情と音で知っていたが

臭いは分からなかった事が心残りだった。


講義が終了すると、彼女は教科書とノートPCをしまったバッグを

机上に置いたまま座ったままでただ俯いていた。


テツは声をかけた。

「お疲れ様です。δ関数のこと僕は今日初めて聞きました。

素晴らしい質問をありがとうごさいました。」


キセノは照れて顔を赤くしながら返事をした。

「いや、私そんな……こちらこそありがとうごさいます。」


彼は彼女のバッグに貼られているステッカー群に目が行った。

「モータースポーツがお好きなんですか。」


彼女は嬉しそうに告げた。

「大好きです。あなたもモータースポーツお好きなんですか。

あの……もしよかったら自動車サークルに入部しませんか。

熱容量のQと電気量のQを合わせた意味でQ&Qっていう名前です。」


テツは大喜びで入部した。


--2ヶ月後の9時45分--


「CAM1テツとCAM2シャコツのセット終わりました。今からテスト開始します。」


テツがキセノに準備が整ったことを知らせると、

彼女はまぶたを強く閉じてライプナッツソーダを20cc(20ml)程飲んだ。

そして憂いと不安が入れ混じった声で告げた。


「今から……します。」


それから20秒ほどすると、

彼女が昨日の晩御飯に食べたカレーライス、キクラゲの素揚げ

そして今はサークルメイトの前に曝されている状況から生じた緊張が合わさり、

大量のガスが生成されていた。


キセノが腹痛から不意に声を上げた。


「うあっ……。」


破裂音とピッチの低い象の鳴き声の様な音が混濁した放屁が2秒ほど続いた。


メタンガスやメチルメルカプタンそしてアンモニアの濃厚な臭いが

部員を包むように漂い始めると、ついに彼女は座り込んで泣き出してしまった。

泣いている姿を見られたくないので肘で隠そうとする仕草や、鼻をすする音

15秒に一度の確率で鳴る放屁、その度に10秒以上漂う臭い。

これら全ての要素が組み合わさり、キセノを除いた部員全員である

テツ、キアン、キドウ、トドロキ、シャコツ、ヨウコの計6名に

リビドーを感じさせた。


「キセノちゃんはもう十分頑張ったわ。」


群青色の瞳に目元のそばかすが合わさりどこか憂いを感じさせる10代の女性、

ヨウコの薄青色の長髪がLEDの灯に照らされて、さらに薄い青色の輝きを放つ。

彼女はその口元がキセノの頬に三寸で届く距離でしゃがみ込み

泣き続ける彼女の髪をそっと撫でながら、宥めている。


「あなたのオナラは律呂を奏でないけれど、それがいらない程に

心地良い音がするので、もっと聴いていたいです。」



テツがキセノを慰めようと胸の内を明かした。

すると、他の男性部員も続けて主張し始めた。


「あなたのオナラで漬物をつくりたいです。」


「家帰ったら5.1chのヘッドホンで今日録ったの聴きます。

あぁどんな素晴らしい響きがするだろう。」


「僕はあなたの椅子になりたい。」


幾度も放屁を繰り返しながら、サークルメイトからの欲望全てを受け止めたあと

キセノは泣きながら呟いた。


「へんたいじみたこと言わないで。啓沃なことをされても嬉しくないの。

確かにみんなより上の立場だけれど、あくまで部員として接して欲しいの。」


彼女に続いて、ヨウコが少し恥ずかしそうに言った。


「例えば今、私がオナラしたらみんなはどんな言葉をかけてくれるのかしら。」


男性の部員達は真剣な顔で応じた。


「君の持つ妙趣を君のオナラは存分に含んでいるよ。」


「キミのオナラで蒸しケーキをつくりたい。」


「キミのオナラで醸されたこの空間の持つ空気を連綿と感じていたい。」


「僕はキミのソファになりたい。」


ヨウコは顔が真っ赤になった。


彼女をキセノが庇った。


「それが嬉しくないの。あなた達が分け隔てなく接してくれるのは嬉しい

けれど、私たちはそういったことを言われると涙が出そうになる程

恥ずかしくなってしまうの。」


この言葉を聞いてヨウコはキセノにそっと抱きついた。

そして、彼女の脇腹に軽く左手を置き体を滑らせて、ヨウコの鼻先が

尾骨の10cm程先まで近づいたときキセノの残り香をこっそりと嗅いだ。

そのまま左手を滑らせて、脇腹から大腿に指先が触れてしまいそうになった瞬間

慌てて床に手をついて起き上がり座り直したヨウコを

キセノは少し戸惑いながらもそっと撫でた。


テツが口を開いた。


「ごめんなさい。僕らがあなた達に向かって言った言葉は、

"かわいい"と等価のつもりだったんです。」


他の男性部員たちも黙ってそれに頷いた。


「ただ"かわいい"って言ってもらえるだけで十分嬉しいよ。

もしも、しちゃっても"かわいい"って言ってもらえたら救われちゃうから。

それじゃあ早速練習しましょう。体で覚えなきゃね。」


彼女は諭すように話をした後、再びライプナッツソーダを20cc程飲んだ。

ふと、キセノは先程の恥ずかしさを思い出して顔が真っ赤になった。

ヨウコは慌てて体を離そうとしたが、彼女に手を軽く掴まれて耳打ちされた。


「さっき嗅いでたでしょ。」


放屁に対する恥ずかしさから頬を染めているキセノが、

自分に対して性的な何かを抱いている様に思ってしまったので

ヨウコは再び顔が真っ赤になり、押し黙ってしまった。


「啓沃してもいいんだよ。」


キセノは恥ずかしさを打ち消そうと、自分が考える精一杯の滑稽な振りをした。

しかし、ヨウコは耳元でささやかれたその言葉には思いがはち切れてしまった。

床に手と肘をつくと、うつぶせになり顔をキセノの臀部の方に向けた。


その様子を見てテツ達はギョッとした。

キセノやヨウコの事を知っていたつもりだった自分たちに、

そして眼前に広がる光景と自分たちとの間に設けられた境界を感じたことに。


ブゥ・・・プゥー


「かわいい……かわいい……。」


彼らの彼女に対する性的感情の発露は悲嘆な声色で行われた。


ヨウコはあくまで先程と比べてだが、メタンと硫黄化合物混じりの濃度の高い気体を嗅いだので、思わず声を上げてしまった。


「うっ・・・。」


キセノが慌てて体ごと振り向くと、ヨウコは先程の姿勢を保ったまま

恍惚とした表情で深呼吸をしていた。


「ヨウコちゃん、あなたもなの……。」


キセノは、自分のオナラを嗅ぎにきたヨウコちゃんの行動は冗談めいたものだと

確信していたので、それが彼女から性的なものとして見られているとは全く予想していなかった。


ヨウコの行動に戸惑うキセノをみて、テツ達は安堵した。別に境界を設けている訳ではなく、彼女は自分が性的な目で見られている可能性について本当に無自覚なのだと確信した。


寂しそうにそしてとても恥ずかしそうに見つめてくるキセノの表情を読み取り、

ヨウコは我に返った。自分がキセノを性的対象としている事は分かっていた。

だけれど、それが重荷であると、彼女の口から暗に告げられることは

予想していなかっので、堪えた。


「なんか、調子乗っちゃった……。」


ヨウコは自分の髪を触りながら、震える声ではにかんだ。


キセノは深く息を吐いて一呼吸置いた後、諭すように話し始めた。


「泣かないで、私の知っているヨウコちゃんがあなたの全てではないと、

それは出会ったときからずっと思っていたから、今は受け入れるのに

時間がかかるかもしれないけれど、あなたと一緒ならきっと。」


ヨウコは泣きながら彼女に抱きついた。キセノはヨウコをそっと撫でた。


シャコツはPCの前に座るとトリルを置き、自宅のSSDに映像と

音声を転送する準備を始めた。

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