5日目(後)
「私とお付き合いしてみませんか?」
その核弾頭は、今ここに投下された。爆発寸前である。
このちびっ子が言ったお付き合いというニュアンスは、この場合2択存在する。
①どこかに出かけたいので、お付き合いしてほしい
②恋人になってほしい
この二つだ。
先ほどのセリフに、前後の言葉がなかったこともあって、どちらのことを意味するのか判断するには、材料が少なすぎる感が否めない。
でも、だが、しかし。
ここで「どこに付き合ってほしいんだい?」と聞き返せるほど、僕はタフではなかった。
要するに、2択のうち、後者であることはわかりきっていたのだ。
「なんだって、急に」
「一目惚れのようなものです」
琴友は照れ臭そうに、その無邪気な顔でくしゃっと笑う。
「○▲モールで初めて会った時、かっこいいなあ、って思いました。こんなお兄さんがいて、琴乃ちゃんはいいなぁ、って、本当に思いましたよ」
僕は困惑していた。
とてつもなく、非常に。
それもそうである。僕は今まで告白したことも、ましてや、されたこともないのだ。
しかも、それなりに可愛い女の子に、しかも一目惚れと言われた。
童貞まっしぐらの僕に、このシチュエーションに応えれるほどの引き出しは持ち合わせてはいない。
「でも、俺には、琴乃が……」
「琴乃ちゃんですか? へへ、ほんとに妹想いですよね」
女の子に告白されて、妹がいるから無理、と答える男。どう考えてもおかしい。
「でも、琴乃ちゃんは応援してくれると思いますよ?」
「は? え?」
「琴乃ちゃん、今日だって、「兄にはしっかりした女の子がそばにいてあげないとダメなんですよ。早く相手を見つけさせないと」って言ってましたし」
「琴乃が? そんなバカなこと」
「お兄さんもかなりのシスコンですけど、琴乃ちゃんも大概ブラコンですよね」
琴友の言葉に悪意はない。ただ純粋に、羨むように、言葉が続けられる。
「私もそんな風に、お兄さんが琴乃ちゃんのことを一生懸命想うように、お兄さんに想って欲しいです」
真剣なのか?
ふざけているわけではない?
なんだ、この説得力は。なんだ、この高揚感は。なんなんだ、この状況はぁ!!
「お兄さん、私とお付き合いしてみませんか?」
☆ ★ ☆
「兄さんには、しっかりした女の子がそばにいてあげるべきだと思っています。はやく相手を見つけさせないといけません」
私のその言葉の真意は、他にありました。はやく相手を見つけさせないと。その言葉は、相手がすぐそばにいるということを、気づかせたいという真意です。
しかし、どうやら、私の知らないところで、私の真意を知らずに、私の思いもよらない出来事が、進行しているようでした。
友人たちとリビングで談笑中、1人の友人が席を外しました。お手洗い、とのことでしたが、結構長い間、席を外しています。
なにかあったのでしょうか? と、やや心配になった私は、様子を見に行ってみることにしました。
結論から言うと、友人はお手洗いにはおらず、どうやら二階に上がっているようでした。
兄さんと話をしているのでしょうか。
だからといって、どうこう言うつもりはありませんが、私に内緒でこそこそとされている感じが、なんとなく不愉快でした。
階段を上がり、兄さんの部屋の前へ。ドアをノックしようした私に、その友人がドアの向こうで兄と話している声が聞こえました。
やっぱりここにいましたか。
ついつい出てしまったため息を飲み込んで、そっと、ドアに耳を当てました。
いえ、盗み聞きではありません。あくまで傾聴しているだけに過ぎませんから。
「お兄さんもかなりのシスコンですけど、琴乃ちゃんも大概ブラコンですよね」
友人の声が聞こえた。
誰がブラコンですか。そんなことあるわけないじゃないですか。何を勝手に想像して、ましてや兄さんにそれを話しているんですか。許せません。
「私もそんな風に、お兄さんが琴乃ちゃんのことを一生懸命想うように、お兄さんに想って欲しいです」
……なんでしょうか。
なんだか、雲行きが怪しくなってきました。兄さんが私のことを好きなのは知ってます。とても大切にしてくれているのも知っています。そんな風に、同じように、友人も兄さんに想って欲しいと言っている。
まるで、それはーー。
「お兄さん、私とお付き合いしてみませんか?」
ーー告白のようではありませんか。
意味がわかりません。あの子が、どうして、兄さんに、告白しているんですか。兄さんとの面識は一度しかなかったはずです。それがどうしてこんな状況に結びつくんですか。
一目惚れとでも言うつもりですか。確かに兄さんはブサイクではありませんが、かっこいいというほどでもありません。
それこそ並、モブキャラのような特徴のない顔つきです。
それに一目惚れ? いえ、流石にないでしょう。
兄さんの良さというのは、そんな表面化に出てくるものでは……。
「いや、あのさ、ちょっと待ってくれないか」
兄さんの声が聞こえたので、音に集中します。
「君が僕に対して、そう思ってくれてるというのは、その、素直に嬉しい」
兄さんのことですから、きっと鼻の下を伸ばしているに決まっています。ムカつきます。
「ただ、早すぎるというかさ、もっと、お互い知ってから、付き合ったりするものじゃないかなと、僕は思うんだけど」
なんですかそのたどたどしい態度は。もっとシャキッと話してください。兄さんは男でしょう。そういうところが頼りなくて心配なところなんです。
「でも、付き合ってからじゃないと知れないことってたくさんあると思います」
「ま、まぁ、確かにそう、かもなぁ」
なんで言い負けてるんですか!?
「今すぐには決めれませんか?」
友人からの問いかけに「すまん」と答える兄。考える余地があるということに、私はいささか驚いてしまいました。
「では、明後日のお祭りで、返事を聞かせてください」
「え?」
え?
「これ、私の連絡先です。お祭りを一緒に回りましょう。その時に返事をお願いします」
「いや、でも、祭りは」
「先約がありますか?」
そうですよ。兄さんには先約があります。私をお祭りに誘ってきました。私との先約があります。断るべきです。
「……あ、……いや、ない」
……!?
「では、お祭り回りましょう。よろしくお願いしますね、お兄さん」
「あ、あぁ」
私はゆっくりと兄の部屋のドアから離れました。なんでしょうか、この気持ちは。なんて、不可解で不愉快な感覚なんでしょうか。
胸が、痛い。胸に、大きな穴が開いてしまったようです。
重くなってしまった自分の体を階段へひきづります。
お祭りの日まで、あと2日です。