5日目(中)
琴乃に好きな人が出来たことは、決してダメなことではないし、むしろ推奨し、失敗してでもいいから必死になっていけ! とかっこよく言ってやるのが、兄という存在だろう。
妹のことを想うのならば、ここは苦虫を噛み潰してでも乗り越えなければならないことなのだ。
「こ、告白は、しないのか?」
まさに苦虫を噛み潰している気分だ。顔が歪んでしまう。
「したところで、叶いはしませんから」
叶わぬ恋、というならば、それも一つの形だろう。
僕自身も叶わぬ恋しかしてこなかったのだし、諦めてしまって次の恋に行くのもいいと思う。
しかしだ。僕は兄だ。琴乃の兄なのだ。兄ならば、ここは俄然として琴乃を押し出してやらなければならないはず!
「やる前から諦めたって意味ないぜ。やってみろって」
僕が、この言葉の重みを知らないガキだということは、見るからに明らかなことだっただろうに。
☆ ★ ☆
午後の昼下がり。いつも比較的静かな我が家は、やや騒がしかった。ほぼほぼ僕と琴乃しかいない我が家に、今日は4人ものお客さんが来ていたからだ。
「お邪魔しまーす!」
元気よく玄関で声をあげて我が家に上がってきた集団。言うまでもない。琴乃の友達である。全然知らない顔たちばかりだが、1人だけ見覚えのある顔があった。○▲モールで琴乃と鉢合わせた女の子だ。
「あ、お兄さん! こんにちわー! お邪魔しまーす」
リビングから出てきた僕を見ると、ニッコリ笑顔で挨拶。実に元気な子だ。僕の妹もこれくらいになって欲しいものだ。
「兄さん」
「ん、わかってるよ」
友達たちと帰宅した琴乃は、静かに僕のことを呼んだ。意味は知ってる。部屋に戻っていろ、ということだ。今日、リビングを使うのは琴乃御一行様であって、僕ではない。
今日の朝、琴乃の好きな人騒動の後、琴乃から友達が来ることを前以て聞いていた。もちろん、その時に部屋に戻っていて欲しいことも。
そりゃそうだ。みんなで楽しく遊びたいのに僕がいたら場違いだからな。その辺りはわきまえてるつもりだ。
「おにーさん! 部屋に行っちゃうんですかー?」
階段を上がり、自室に戻ろうとする僕の背中に、例の女の子が声をかけて来る。残念ながら僕は部屋に行っちゃうのだ。またの機会に話をしよう。
こちらを見上げくる琴乃と目があった。何を考えているか相変わらずよくわからないジト目が可愛い。そう思いながら、僕は自室に入った。
琴乃は本当に優秀な子だ。
それは学力や才能とか、そういったものだけではなく、友好関係も広く、コミュニケーション能力も高い。近所の人たちとも仲良くやれているようだ。僕なんかとは違い、本当によくできた妹だ。
それに愛嬌もある。あのジト目は誰がなんと言おうとチャームポイントだ。
あのジト目に見下されながら、「兄さんはバカなんですか」と呆れた声を出される。
ふむ、最高だな。
「しかし、琴乃に好きな人か」
恋に恋する乙女。そんな印象は琴乃からは一切受けないし、恐らくほんとに一途に想う健気な女の子なのだろう。
惚れられた男子高校生は果報者だな。羨ましい。
今思うと、妹に最近好きと言われていない気がする。最近というかしばらく言われてない。
小学生入りたての頃は、あのジト目ももう少し丸っこくて、「兄ちゃん兄ちゃん! あそぼ!」とかよく言ってくれたものだが、今では「兄と遊ぶ妹がこの世界に存在するわけがないでしょう」とか「兄さんのような害虫と戯れるほど私は暇ではありません」とか、とにかく蔑まれてやまない。
だがそれがいいんだけどな!!
一階下のリビングから声が聞こえてくる。楽しく遊べているみたいだ。こんな時である。僕もゲームセンターにでも行こうかな。
そこで連絡先を消されてしまった女の子のことを思い出して、僕は何か虚しいものを胸に覚え、布団にダイブしたのだった。
☆ ★ ☆
コンコン。
ふわふわといい感じの眠りについていた僕の睡眠を遮ったのは、僕の部屋のドアのノック音だった。
琴乃だろうか。まだ、リビングでは談笑の気配を感じるけれど、何かあったのだろうか。
ははーん。さては、寂しくなってお兄さんに甘えにきたんだなあ。かわいいやつめ!僕が徹底的に甘やかしてやる!
ベッドから飛び起き、自室のドアを開ける。
その先に立っている妹に思いっきりハグをしようとして……僕は止まった。
「ども! お兄さん!」
そこにいたのは琴乃ではなく、琴乃の友達だったからだ。
「え、あ、え? ど、どうしたの?」
「いえいえ、部屋に押し込めちゃってお兄さんが暇してないかと思いまして!」
ニコニコニコニコと笑顔を振りまきながら琴友(琴乃の友達の略である)は、僕のことを見上げてくる。体を上下させて、頭のポニーテールをぴょんぴょん跳ねさせている。
「いや、だ、大丈夫だよ」
「本当ですか? すごいどもってますけど」
「どもってなどいない」
僕は童貞だけれど、年下の女の子相手にどもるようなことは絶対にない! 決してない!
「お兄さんも遊びましょう!」
「いや、遠慮しとくよ」
魅力的な提案ではあるけれど、さすがにあの空気に入ることはできない。
なにより、琴乃から自室に上がっていて欲しいとお願いされたのだ。それを反故にすることはできない。
「妹想いなんですね、お兄さん」
「まぁな」
妹を想わない兄はいないぜ。
「それじゃあ、私と少しお話ししませんか?」
「ん? 君と?」
「はい!」
琴友は言うや否や、僕のことを部屋の中に押し込んできた。それに合わせて自分自身も僕の部屋に入ってくる。
なんだなんだ、一体どういう状況なんだ。
「思ってたよりも、綺麗な部屋ですね」
「整理整頓しないと琴乃に怒られるからな」
「琴乃ちゃんしっかりしてますもんねー」
ニコニコ。
無邪気な笑顔で僕に笑いかける。琴友は、僕の部屋をくるくると回り始めた。「ふーん、へー、ほー」とか感嘆詞を出しながら、僕の部屋を視線で物色する。
「お兄さんお兄さん」
「なんだよ」
「妹モノのエロ本とかないんですか?」
「あるわけねぇだろ!?」
もし、琴乃に見つかったら殺されるどころの騒ぎじゃなくなるわ!
「あれ、てっきり持ってると思ったんですけど」
「仮に持ってたとしても教えねえよ」
「じゃあ持ってるということで、琴乃ちゃんにお話ししておきますね」
「勘弁してくれ!」
昼ごはんが納豆になるどころか、僕が納豆にされちまう!
「お兄さんおもしろーい!」
「年上をからかうな」
満面な笑みできゃっきゃと笑う琴友。
普段、というか、これまでの人生で女の子と仲良く話した記憶なんて琴乃以外にいない僕は、少しドキッとしてしまったり。
「お兄さん」
「ん? な、なんだ?」
はっきりとどもってしまったのが自覚できてしまった。
いかん、変に意識してしまった。緊張してきた。しっかりしろ男子高校生。相手は女子中学生だぞ。
しかし、僕の心をさらにかき乱す一言を、このちびっこはぶっ放してきたのだった。
「私と、お付き合いしてみませんか?」
人生最初の告白は、妹の友達からだった。
この兄妹のこんな絡みが見たい、的なのがあれば感想まで。