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5日目(前)




 大変由々しき事態である。

 昨日も同じことを言ってたじゃないか、と思っているかもしれないが、これはそんな規模のものじゃない。

 琴乃が熱を出してしまうことも、僕にとっては大変由々しき事態ではあるけれど、ある意味では、それは通過儀礼というか、慣例化しつつある事態だ。

 今回はそうではない。兄として、いや、1人の男として、この事態に真剣に向き合わなければならない。


 前提として、僕は妹を愛している。しかし、それは恋愛的な意味では決してない。禁断の関係を望んでいるわけではない。僕は今のまま、琴乃と幸せにふざけあえればそれで幸せなのだ。

 それが前提。僕は、妹を愛している。

 それがゆえの感情が、嫉妬なのではなく、ただのお節介や心配性なだけであって、決して、決して決して、妹が取られそうで嫌だとか、そんなことを考えてるわけでないことを分かっていただきたい。


 それは、夏バテが落ち着いた2日後の朝のことだった。

 顔色のよくなった琴乃が朝食を食べながら、僕にこんなことを聞いてきたのだ。


「兄さん、私、好きな人が出来たみたいです」

「んぶぉふぉおお」

 

 牛乳をぶちまけた。


「兄さん、汚いですよ」

「ごほごほごほ!」


 琴乃が咽せてしまった僕を、蔑むように見てくる。だがそれにつっこむ余力は今の僕にはない。

 ぶちまけた牛乳をそのままに僕は身を乗り出し、妹に詰め寄る。


「す、好きな人だと!?」

「兄さん、先にテーブルを拭いてください」


 そんな些細なことはいいんだよ! もっと重大なことが今目の前で起こったんだから! 誰だよそのクソ羨ましいやつはぁ!!!


「テーブルを拭いてください……!」

「はい」


 妹は怒ると非常に怖いのだ。

 いうことは素直に聞くことにしよう。



☆  ★  ☆



 ぶちまけた牛乳と朝食を片付け、舞台は妹の部屋へ。

 可愛らしいぬいぐるみがベッドに並べられ、整理整頓された部屋のクッションの上で僕は正座する。

 正座する僕を見て「またバカなことしてますね」みたいな目を琴乃は向けてくるが、今はそれどころではない。バカでもなんでもいい。もっと重大なことがある。


「して、誰だそいつは」

「言いませんよ」


 なんでだよ!!!


「言ったとして、兄さんは何をするつもりですか」

「そんなもん決まってる! 会って速攻空手チョップだ!」

「害悪な兄ですね」


 僕の愛しの琴乃の心を弄んだクソ野郎には僕のチョップを食らわせてやる。頭蓋骨ぼきぼきにへし折って頭の形を変えてやる!


「物騒なことを考えてますね」

「実に平和的だ!」

「チョップという響きは確かに平和的ですが」

「だろう?」

「私は暴力は嫌いです」

「やめておこう」


 妹に嫌われるのは嫌だからな。


「童貞の兄に聞くのもあれですが」

「変な枕詞つけんじゃねぇよ!」


 事実だけど! わざわざつけなくていいんだよ!


「兄さんは、好きな人がいますか」

「お前のことが好きだ!」

「……」


 やめろ、そんな白けた目をこちらに向けるな。嘘は言ってないだろ。


「そういう冗談は好きではありません」

「いや、冗談ではないけどな?」


 すまんすまん。そうだな、好きな人か。確かに、今まで好きになったことはあるけれど、どれも恋と呼ぶには儚すぎるものだったし、遠くからその姿を見ているだけで、満足してしまっていたのが僕だ。琴乃の参考にはなれそうもないが。


「どんなふうにその人のことを想うと、それが恋だと思いますか」


 難しい問いかけだな。


「あれじゃないか。気がついたらその人のこと考えてるとか、その人を見るとドキドキするとか、そういうのじゃないのか」


 実に模範解答をしていると、我ながら思う。まるで男子小学生の解答のようだ。なんとも恥ずかしい。


「確かに、気がつくとその人のことを考えてしまっています」


 くそ、羨ましい。


「しかし、ドキドキはしませんね」

「ん? しないのか?」

「はい。見てて落ち着きがありませんし、心配で仕方がない、といった感じです」

「なんだ、ダメ男じゃないか」

「そんなことはないですよ」


 ぐ、ぐぐぐ。

 そんなことはないですよ、だと?

 毒舌魔神の琴乃に、擁護されるだと!? くそおおおお! なんで羨ましいんだ! 俺なんていつも蔑まれてばっかりだぞっ!!


「琴乃はそいつのどういうところが好きなんだよ」

「そうですね。私のことを好きだと言葉だけでなく、分かりやすく行動で示してくれるのが好きです」

「両想いなのかぁあ!?」

「うるさいですよ、兄さん」

「うるさくもなるわぁ!!」


 話が想像してたよりも先の展開に! もうすでに2人はくっつける瞬間なのかぁ!? 嫌だ! そんなのは嫌だぁあ!


「駄々っ子ですか。みっともないですよ」

「うるせえ!」


 そんな余裕はどこにもねぇよ!


「すると、なんだ、お、お前らは、もうおつきあいしているのかあ!?」

「していませんよ。出来るわけないじゃないですか」


 琴乃はそういうと目を伏せた。僕が思ってるよりも、どうやら琴乃からしたら今の現状をあまり芳しく思っていないらしい。

 特別な事情があるようだ。報われない恋のようなものなのだろうか。お互い好きだけど、立場が……的な。いや、中学生の琴乃に立場も、なにも、……いやまてよ。


「もしかしてだが、琴乃」

「なんですか」

「そのお相手は、かなり年上なんじゃ……?」

「かなりというほどではありませんが、年上ですよ」

「……おいくつ?」

「高校生ですね」


 ……よかった。悪い大人に捕まったわけではないようだった。

 琴乃は大人びているから、同世代の異性よりも年上の方が好みなのだろうな。しかし、高校生か。琴乃が好きになるということは、勉強のできる眼鏡をかけたイケメンだろうか。

 くそ、想像した相手にすらスペックで負けるとは、兄としてどうなんだ!


「どこで知り合ったんだ?」

「昔からの付き合いですよ」

「友達のお兄さんとかなにかか?」

「……そうですね、近くもなく遠くもなく、といった感じですね」


 なぜそんなに自分の恋の情報を隠すんだ。


「というか、兄さん」

「なんだよ」

「本当に、私のことが好きなんですね」

「当たり前だろ! なにを今更!」

「気持ち悪いです」

「ジーザス!!」


 過保護なのだろうか、過干渉なのだろうか。兄は心が折れてしまいそうだ。


この兄妹のこんな話を聞きたい的なのがありましたら、感想まで。

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