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4日目





 今日も今日とて、蒸し暑い。

 そんな猛暑日の今日、我が家を震わす悲報があった。大事件である。僕としてはかなり重大な出来事だ。

 これほどのことはいつあったか。

 去年の冬か。去年の冬にもあったな。

 だがしかし、しかしだ! 悲報であることは間違いない! 僕にとってはある意味朗報なのかもしれないが、少なくとも妹である琴乃にとっては悲報である。


 そう、琴乃が夏バテで熱を出したのだ。


「ほれ、お昼ご飯だぞ」

「ありがとうございます……」


 ベッドの中で安静に寝ている琴乃に声をかける。寝てはいなかったようで、小さくではあるが返事が返ってきた。

 元々から琴乃は体が丈夫な方ではない。1年に数回は熱を出すし、滅法流行り病にかかりやすい。インフルエンザにもよくかかっている。

 去年の冬にインフルエンザにかかった琴乃が「私は今日をもって死ぬんですね、アーメン」とか真顔で言い出したのときには、さすがに面食らった。

 今思うと、僕がジーザスとよく口にするようになったのは、その頃からだ。


「おかゆだ。食えそうか?」

「はい」


 おかゆをお盆ごと一旦、琴乃の勉強机に置き、起き上がろうとする琴乃の背中に手を入れ、手伝う。

 体温が高い。まだ熱は引いてないみたいだ。


「クラクラします」

「だろうな。悪いな、連日、連れ回しすぎたな」

「いえ、そんなことないです。楽しかったですから」


 力無い声ではあるが、はっきりと「楽しかった」と言われるのはやはり嬉しい。

 琴乃は、僕の顔に向かって、弱々しい笑顔を向けてきた。


「元気になったら、またお出かけしたいです」

「おう、任せとけ」


 もう、気づいているだろう。

 先ほど、僕が悲報ではあるが、ある意味では朗報なのかもしれないと言った意味に、薄々気づいていることだろう。

 単純な話である。熱を出し、弱々しくなってしまった琴乃は、非常に、素直になるのだ。

 なんとも可愛らしい。とても愛らしい。ずっと永遠に愛でたくなる。

 今の琴乃になら、きっと頭を撫でようと抱きかかえようと、頬にキスしようと抵抗されない。受け入れてくれるはずなのだ! 見ておけ!


「琴乃、キスしよう」

「……病院へ行ってください」


 おかしいな。素直になると思ったんだけど。


「おかゆをください」

「はいよ」


 お盆を座る琴乃の膝の上に持ってくる。せっかくなので、僕があーんをしてやろうとレンゲを手に取ったのだけれど、「自分で食べれます」と琴乃に奪われてしまった。

 琴乃はお椀からおかゆを掬い、ふーふーと息をおかゆに吹きかける。

 琴乃は猫舌なため、それを何度か繰り返す。数回繰り返したあと、そのおかゆを口に含んだ。


「どうだ?」

「おいひいれす」


 咀嚼しながら答えてくるため、ちょっと滑舌が悪い。そんな琴乃も可愛い。


「大丈夫そうだな。何かあったらまた呼べよ」


 僕は、そう言って琴乃の頭をひと撫で。自室に帰ろうと立ち上がる。


「兄さん、……どこにいくんですか」


 すると、ウルウルとした瞳で僕を見上げながら琴乃が今にも消え入りそうな声で僕に呼びかけた。

 熱があるからこその、そのうるうるした瞳なんだろうが、その上目遣いは色々やばい。端的にえろい。


「どこって、自分の部屋だよ。ずっとそばにおられても琴乃は嫌だろ」


 僕なりの配慮の言葉に、琴乃はふるふると首を横に振った。


「一緒に、いてください」


 小さな声とともに、きゅっ、と僕の袖を掴んでくる始末。

 ふふ、そんなことまでして、まったく。まったくまったくまったく。困った妹ちゃんだ。仕方ない仕方ない。お兄さんがそばにいてやろう!


「兄さん、……顔がだらしないです」

「おっと、失敬」


 いかんいかん、つい嬉しくて顔が緩んでしまった。

 甘えてくる妹は、こういうときにしか見れない。存分に堪能しよう。


「他に何か欲しいものはないか?」

「大丈夫です」

「なんでも言ってくれよ」


 僕からしてみれば、琴乃が寝込むということは、それだけ僕との時間が増えるということだから、不謹慎だけれど、とても今嬉しかったりしている。

 熱でしんどそうにおかゆを食べる琴乃には悪いけれど、それがお兄さんなのだ。許したまえ。


「そういえば」


 僕は、夏休みの残りの時間を考えていたら、ふと思い出したことがあった。


「えー、と、3日後か。夏祭りがあるな」

「あ、もうそんな時期ですか」

「そうだぜ、可愛い女の子の浴衣姿が見れる最高のイベントだ!」


 可愛い女の子とは言わずもがな琴乃のことだ。

 去年は、家で浴衣の着付けをしている琴乃を拝むことは出来たけれど、一緒に回ることが出来なかった。

 「どこの世界に兄と祭りに行く妹がいるんですか」と一蹴されてしまった。どこの世界にもいると思うんだが。


「兄さんは、可愛い女の子が好きですからね……」

「男としては当然だな!」

「不埒です」

「年頃とはそういうものだぞ妹よ」

「ゲス野郎です」

「それは違う」


 少なくとも僕は紳士であってゲス野郎ではない。


「体調が良かったら、今年こそ一緒に夏祭り行かないか?」

「……そうですね……」


 これは承諾の返事ではない。琴乃は考えているのだ。僕と回るかどうかを。

 例年のことならば、回るわけがないと否定のお言葉を頂くのだけれど、今年は一考の余地があるとお考えのようだ。

 ただ単に熱で頭が回っていないだけかもしれないけれど。


「友達と約束していたかもしれません」

「あー、なら仕方ないな」


 そうか、先約がいたか。

 残念ではあるけれど、これは大きな進歩だ。なぜなら、「先約があるから」断られたのであって、いつものような「兄さんとは行かない」という否定的な内容ではないからだ。

 体良く断られた可能性もあるけれど、うちの琴乃はもっとストレートにモノを言うタイプなので大丈夫だろう。


「ですが」

「ん?」


 ん?


「約束がなければ、一緒に回っても良いですよ」


 大きな進歩どころの話ではなかった。



☆  ★  ☆



「……zzz」


 しばらくして、琴乃は眠った。すやすやと寝る琴乃の顔には、暑苦しさや息苦しさは感じられない。すこぶる快眠のようだ。

 僕はおかゆのお椀を片付けて、寝ている琴乃の傍らに腰を下ろす。布団越しからでもお腹が上下するのがよく見える。


 妹は、本当に可愛い。

 自他共に認めるシスコンである僕だけれど、この可愛いの感情に恋愛感情はない。

 あるのは家族愛のみだ。

 そう、言い聞かせている。

 童貞の僕に、恋と愛の違いは分からない。

 だけれど、一つ言えることは、僕は琴乃のことを誰よりも愛しているということだ。きっと、琴乃はそれがとても面倒で鬱陶しいことなのだろうけど、僕はそこのところは絶対に譲るつもりはない。


「兄さん……」

「ん?」


 起きたのか?

 琴乃の顔を見ると、先ほどと変わらない安らかな顔で寝息を立てている。寝言のようだ。はてさて、僕は琴乃の夢の中で、どういう立ち振る舞いをしているのだろうか。いつものようにあしらわれてしまっているのだろうか。


「とおくへ……」


 寝言が続く。


「ずっと……とおくへ……いきましょう、にいさん」


 遠くか。

 遠くというのはどこだろうかな。○▲モールのことではあるまいな。


「とおくへ、わたしと……」


 寝言が終わり、また静かな寝息が続く。どんな夢を見ているのだろう。その夢で、僕は琴乃のそのお願いを聞いてやれているのだろうか。

 いや、聞けているだろう。聞けているに決まっている。


 兄にわがままを叶えさせるのは、妹の特権なのだから。

 

この兄妹のこんな話を聞きたいというのがありましたら、感想まで

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