2日目(中)
そもそも、こうして琴乃と出かけること自体珍しい気がする。最近の琴乃は部屋で勉強するか、友達と遊びに行っているかのどちらかで、僕の相手なんてしてくれなかったのだから。
まて、こんな言い方したら僕が琴乃に構って欲しくて仕方がないみたいな感じになってしまう。
事実そうなのだけど、違う。そうじゃないんだ。目指すべき理想像は、琴乃から僕に甘えてくる状況なのだ。
琴乃が夜、僕の部屋にきて「兄さん、寂しいので一緒に寝てください」と言いながら、枕を抱きしめてやってくるのだ。最高じゃないか!
「この先絶対にないことなので諦めてください」
「想像するのは勝手だろ」
「想像税を請求します」
「暴君だな妹君よ」
実際にそんなことがあったとしたら、僕はそれこそ現実に向き合えない気がする。
「まず、兄妹で一緒に寝るなんてありえません」
「いや、そんなことないだろ。日本のどこかにはいるかもしれないぞ」
「だとしたら、その兄は畜生ですね」
「どういうことだよ! 妹からのおねだりかもしれねーだろ!?」
「兄妹共々ファックです」
「汚い言葉を使うんじゃありません!」
こんな可愛らしい妹の口からファックだなんて、そんな言葉をお兄さん聞きたくないわ。オヨヨヨ。
しかし、琴乃から見下されながら、「ファックですね」なんて言われるのは、こう、背筋がゾクゾクとした感覚に襲われなくもないシチュエーションだなと思ったりもするわけだ。
「想像税を請求します」
「なんてこった!」
「ジュース一本です」
「良心的だな!」
駅のホームで、僕ら以外人はいない。そんな閑散としたホームでこういうやりとりができているのは、幸せなことだと思う。
「兄さん、人がいないので教えてあげますが」
んんっ、と琴乃が咳払いをして、僕を見上げて続ける。やや紅潮してる頬がなんとも可愛らしい。
「兄妹では、こ、子供を作ってはダメなんですよ?」
「え?」
「……知らなかったんですか?」
「そんなわけねぇだろ!」
〝寝る〟という解釈は人それぞれだ。
アンジャッシュだったわけだ。
☆ ★ ☆
「機嫌なおしてくれよ」
「知りません」
「お前も年頃だからそういうことに結びつけたがるのは分かるからさ」
「知りません!」
電車に乗った後、すでに数十分経過しているわけだけど、琴乃の機嫌は斜め下に下方中。
顔を真っ赤にして俯いてしまった妹を愛でるのは、大層幸せではあるが、いかんせん妹の機嫌が悪いというのは、兄として嬉しくない。
頭を撫でて元気を取り戻してくれるような妹であったなら、どれほど楽だっただろうか。手を払いのけられる様子を想像しながら琴乃の頭に僕は手を伸ばす。
「……」
あれ。
おかしい。手が払いのけられない。ちょっと待て。あれか、俯いてるせいで僕の手が見えていないのか? いいのか? なでなでしてしまうぞ? いいのか??
……ぽふぽふ。
「触らないで、ください」
琴乃の口から消え入りそうな声が漏れてくる。いつものような否定的な声ではない。なにより、手が払いのけられない。
「ほんと、お前は可愛いやつだよ」
「知りません」
機嫌が直るのは時間の問題みたいだ。
「琴乃、○▲モールに行くのはいつ以来だ?」
「以前、お父さんに連れて行ってもらったのが最後なので、2ヶ月ほど前でしょうか」
「ほー、じゃあ琴乃が気にいる服とか増えてるかもな!」
「そうですね。今日は兄さんがサイフ係なので、気軽に選べますね」
「容赦してくれよ」
この先にある服のこととか考えると、自然と機嫌も直ってきたようだ。やはり妹は女の子なんだな。服の話とか大好きそうだ。
「琴乃は肌が白いから、そういう白いワンピースとか似合うよな」
「ありがとうございます」
「麦わら帽子とか被ってみたらどうだ?」
「……それはどうなんですか」
「あれ、似合わないか?」
なんとなく合いそうな気もするだが、僕の感性は思ったより悪いのかもしれない。
「それはそうと妹よ」
「なんですか兄さん」
「そのワンピース、膝の少し上あたりまでの丈しかないけどさ」
「はい」
「ちゃんとパンツ見えないようにしてる?」
「変態ですね」
「なんでだよ!!」
こっちは心配していってんだよ!
「ワンピースの下に下着があることは当たり前のことだと思いますけど」
「いやそれはごもっともだけど、モールに行くんだぜ? エスカレーターの下から覗かれるかもしれないだろ!?」
「そんなことするのは兄さんくらいです」
「したことねぇよ!?」
妹の下着を拝んでみたいとは思わないことはなくもないが、下から覗き見るなんて姑息なことはしないわ!
見るなら土下座して見せてもらうね!
「5000円で手を打ちましょう」
「高校生の煩悩と天秤にかけられる大金!!」
手を出せそうな金額に設定してくるあたり、うちの妹は目敏い。
「兄さん、自重してください」
「そ、そうだな、すまん」
「この車両誰もいないからいいものの、ですよ」
「ごもっともです」
妹の防御力の話から、兄が妹にパンツを見せてもらうにはどうすればいいか、という話に変わってしまっていたのだ。他の誰かに見られていたらもう外は歩けない。
「はぁ」
琴乃はため息を一つつくと、椅子から立ち上がった。
「おい、何してるんだよ。電車揺れるんだから危ないぞ」
「いいですか、兄さん」
僕の言葉を聞き流した琴乃は、おもむろに自分のワンピースの裾をガバッと持ち上げた、ってええ!?
「え、ちょ、おま!」
僕は咄嗟に両手で自分の視界を覆った。見てはいけないもののはずだ。これはだめだ。兄としてだめなんだ。ってか何してるんだこいつは!
「兄さん、ちゃんと見てください」
無茶言うな!
と思いつつも、視界を覆う指に隙間を作って見てしまうあたり僕は兄失格だ。
「……ズボン?」
「はい。ショートパンツを履いています」
琴乃のワンピースの下には、可愛らしい下着ではなく、ジーパン生地のショートパンツが履かれていた。
「女の子は兄さん以上にそんなこと分かっています」
「そりゃ、そうだわな」
助かったような残念なような、ちょっと複雑な気持ちになってしまっている兄を許してくれ。
「いつまで持ち上げてるんだよ。へそ見えてるぞ」
「…………」
ガバッと裾を元に戻すと、琴乃は僕の隣ではなく、少し離れた位置に腰を下ろした。
え、なんでそんなとこに座るんだよ。
「兄さんには、デリカシーというものがありません」
機嫌を直す必要があるみたいだ。
この兄と妹のこんな絡みが見たい、的なリクエストがありましたら、感想まで。