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2日目(前)



 朝から琴乃の機嫌が悪い。

 いや、いつも寝起きは機嫌が悪い。朝食を食べるときなんか一言も喋らない。僕が「琴乃、鼻にケチャップついてるぞ」と親切に教えてあげても無視されるのだ。

 鼻にケチャップをつけたまま朝ごはんを食べる琴乃も可愛いのだけど、それはそれとして、さすがに兄として妹の痴態をこれ以上見過ごすわけにはいかない。

 ティッシュを手に、琴乃の鼻のケチャップを拭きに近づく。


 べしっ。


「触らないでください」


 僕の手首を払って、そう一言。照れ屋さんな妹である。まぁまぁ、そんなツンケンせずにお兄さんに任せなさいっと。


 べしっ!


「近づかないでください」


 再度払われる。

 しかも拒否の言葉がさっきよりグレードアップしている。ボディタッチから近くに寄らないでと範囲が拡大している。どうしたことだろう。兄として由々しき事態だ。


「いやだからな? 鼻にケチャップついてんのよ」

「知ってます」

「知ってるのに拭かないのか?」

「知ってても拭かないんです」

「なんで?」

「兄さんが嫌いだからです」

「ワット!!?」


 突然の嫌い宣言にお兄さんびっくり。いやいや、僕関係ないよな!?


「琴乃は僕のことが嫌いなのか!?」

「はい」

「そんなバカな!?」


 どうしよう。僕はなにをしてしまったんだろうか。昨日は僕と楽しくお話ししてたじゃないか。一体全体どうしたっていうんだ。


「う、嘘だと言ってくれ! じゃないと僕はベランダから身投げしてしまう!」

「いいですよ。ここ一階ですし」

「あぁ、そうだったな」

「はい」


 一階のベランダから身投げ。想像するとなんともシュールな光景である。ただ地面に向かって倒れ込んで行くだけなのだから、ハタから見るとただのバカでしかない。


「兄さんはバカですからやりかねませんけど」

「やらねぇよ!」


 あとバカって言うな。


「じゃああれだ。嘘だと言ってくれなかったら今日の昼ご飯は納豆になってしまう!」

「兄さんなんてミジンコになってしまえばいいんです」

「つっこみにくい!」


 納豆嫌いというか、ネバネバ嫌いの妹にはあまりにもダメージがでかすぎるようだ。


「じゃああれだ。嘘だと言ってくれなかったら、僕は正気を失って琴乃のお風呂に乱入してしまうかもしれん」

「お父さんに言いつけます」

「勘弁してください」


 昔は僕と一緒に入りたがって愚図っていたというのに、今ではもうすっかり一緒に入ってくれなくなってしまった。

 裸の付き合いとは大事だと思う。是非とも妹とも裸のおつきあいをしたいものだ。


「じゃあ、嘘だと言ってくれなかったら、今日琴乃を連れて○▲モールに行こうと計画していたものを辞めざる終えなくなる!」

「!?」


 がたっ、と椅子を揺らしながら、珍しくジト目を見開き、僕を見据える琴乃。

 それもそうだろう。○▲モールは僕たちの家の近くで一番大きなショッピングモールだ。一番近くと言っても、僕の家から電車で1時間と少し。中学一年生の琴乃からすると、中学生だけではなかなか金銭的にも行きづらいハードルの高い場所となっている。

 それを兄である僕が連れて行くということは、琴乃は金銭的な面を僕に押し付けることで気兼ねなくショッピングモールに行けるということになる。

 どうだ! この完璧な計画!!


「……本当ですか」

「あぁ、本当だぜ!」

「……うそです」

「なにがうそ?」

「……兄さんを嫌いと言ったのは、うそです」


 はい! 大勝利! 孔明も顔負けの策! 僕は琴乃に嫌われてなんかいないんだ!!


「では、急ぎましょう。準備してきます」


 琴乃は颯爽と席から立ち上がって、テーブルの食器を洗い場に持って行く。よっぽど、○▲モールに行けることが嬉しいらしい。

 んふふ、あんなうきうきしてる琴乃を久しぶりに見た気がする。


「兄さんも早く準備してください」

「わかったよ」


 さてさて、それじゃ妹とデートに行こうじゃないですか!

 あ、その前に。


「琴乃」

「はい」


 自室に戻ろうとする琴乃を呼び止め振り向かせる。

 その可愛い顔の真ん中にある鼻に僕はティッシュを当てた。


「んぁんー!?」


 突然ティッシュ越しに鼻を摘まれた琴乃は目を見開いて、変なうめき声を出してきた。

 すぐさま僕の手は振り払われる。キッと眉を釣り上げ僕を睨んでくる。

 やれやれ。


「ケチャップつけたまま、外でかけんのかよ」

「……早く、準備してください」


 そう言い残して琴乃はリビングから出て行った。

 まったく、世話のかかる妹だ。



 決して田舎というわけではないけれど、僕たちの住んでいるこの町は、結構小さい。ぶっちゃけると寂れている。

 商店街なんてただの通路と化してるし、スーパーも一つしかない。かといってコンビニが多いかと言われたらそうでもない。

 この町に住むほとんどの世帯が車を基本的な移動手段としている。


「よし! いくぞ琴乃!」

「はい」


 でも、僕ら高校生以下が車に乗れるわけもないので、僕らの移動手段は自転車だ。

 一台のママチャリを手に、いざ琴乃とウィンドウショッピング!!

 ん? なぜ一台かだと?


「よっし、乗りたまえ!」

「失礼します」


 僕がサドルに座ると、琴乃は自転車の荷台に腰かけた。ガサツに跨るのではなく、横向きな乗る女の子らしい乗り方だ。

 琴乃は白色のワンピースを着ているので、跨って座るなど論外なんだろうけど。


「しゅっぱーつ、しんこー!」

「早く行ってください」

「そこは便乗してこいよ」


 期待を裏切らない良い妹である。


「重くないですか」

「余裕余裕!」


 中学生一年生の女の子を乗せて重たいなんて言う奴は男じゃないぞ。

 琴乃は小柄だし、本当に軽い。自転車を漕いでいても大していつもとスピードは変わらない。

 むしろ、僕のお腹に回されている琴乃の腕のおかげで、アドレナリンがいつもの10倍増しで分泌されてる気がする。


「まだお前自転車乗る気にならないのかよ」

「自転車に乗れなくても死にません」

「いやそうだけどよ」


 幼い頃、自転車の練習をしていた琴乃は、練習の度重なる怪我により、完全に自転車をトラウマと認識してしまっているようで。

 確かに自転車に乗れないところで死にはしないのだけど、不便といえば不便なのだ。乗れるに越したことはない。


「いいじゃないですか。こうして兄さんが駅まで連れて行ってくれるんですから」

「まぁ、それもそうだな」


 今、こうして妹と二人乗りで駅に向かうことを素直に楽しむべきなのは確かだ。神様万歳。


「にしても暑いなあ」

「暑いですね」

「セミもうるせえし」

「セミは嫌いじゃありません」

「琴乃は虫とか大丈夫なタイプだもんな」


 家のお供であるGさんが現れた時、平然とティッシュで捕まえる琴乃は、我が家のハンターである。


「もし、虫が気持ち悪いというなら」

「おう」

「兄さんはもっと気持ち悪いということになります」

「どういう方程式だよそれ!」

「虫>兄さんです」

「途中式を知りたい!!」

「どちらも素数ですから」


 ジーザス! なんてこった!!


「僕のことは嫌いっていうのは嘘なんじゃなかったのかよ」

「確かにそれは嘘ですよ」

「じゃあなんでそんなこと言うんだよ」

「事実だからです」

「なら仕方ない」


 琴乃が言うことが全てなのだ。それこそが正義。たとえ僕がG以下の不潔さであろうと、それが正義なのだ。


「流石にそれはちょっと、引きます」

「やめてくれ……」


 いつの世も手厳しい妹だ。


もし、こう言う感じの絡みが見たい的なリクエストがありましたら、感想まで。

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