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7日目(後)







 最後の最後まで笑顔だった〝琴野〟ちゃんの後ろ姿を見送って、僕はスマホの時間を確認した。琴乃との約束の時間には、まだ余裕がある。

 琴乃との待ち合わせ場所である神社の境内に向かって、僕はゆっくりと向かうことにした。


 琴乃が好きになったという高校生。どんな人物かとてもきになる。今日告白するのに、どうして僕を祭りに呼んだのか。おそらくそれは、結果を僕に教えるためだろう。

 その結果によって、お祝いか慰めか、どちらかを僕に強要するのだろう。まったく、わがままな妹だ。

 しかしまぁ、そういうことに兄を使ってくれるというのなら、僕も本望である。


 浴衣姿の琴乃というと、去年ちらっと見たが、見事なものだった。あれほど綺麗な中学生は、この日本にどれだけほどしかいないだろうか。おそらく片手で数えれるぐらいしかいないに違いない。

 今日はそんな琴乃と祭りの花火を見る。屋台を回る時間があるかは分からないのが申し訳ないけど、そこは、ハーゲンダッツあたりで勘弁してもらいたい。


「成功してて欲しいもんだな」


 もちろん、琴乃の告白のことだ。

 なんだかんだ言って、やっぱり琴乃にはやりたいことをやって、願うことを叶えて欲しいと思う。

 確かに寂しい気持ちはあるけれど、僕と琴乃は兄妹であることは、この先変わることはないのだ。これは絆のようなものに違いない。きれないものなんだ、きっと。


 案外、娘を嫁に出す父親の心境と同じなのかもしれない。


「逆に成功してなかった時、僕はなんと慰めたらいいのだろうか」


 その場で抱きしめて、僕がいてやるさとかっこよく言ってやるべきか。

 ……ふむ。殺されるな。

 「兄さんに慰められたところで、どうにもなりません。そんなことをする暇があるんでしたら、お腹の足しになるものでも用意してください」くらい言ってきそうなものである。

 ……そうか、スイーツでもたらふく食わせてやればいいのか。

 想像してみる。「そんなに甘いものを食べさせて私のことを太らせる魂胆ですか、最低ですね」……なぜプラスの言葉が出てこないのだろうか。


 単純に言われたことがないだけかもしれない。

 なんだか、今更ながら悲しくなってきたな。


「兄さん」


 昔は可愛かったんだよ、あいつも。もっと僕にべったりだったんだよ。兄さん兄さんと、べったりだったんだよ。なにがどうしてあんな反抗期になってしまったんだ。


「兄さん」


 ほらみろ、幻聴まで聞こえてきやがった。せめて幻聴で聞こえてくるなら昔の頃の懐いてくれてた頃の兄さんを聞かせろよ。


「考え事してるんですか。だらしないですよ兄さん」


 振り向くと妹がいた。


「い、いつのまにいたんだよ!」

「ついさっきですよ。兄さんの後ろ姿が見えたので、追いかけてきたんです」

「びっくりしたじゃねぇか」

「何度も声をかけました」


 幻聴じゃなく、本物だったってのか。


「時間も時間ですし、神社まで行きましょう」

「まぁ、そうだな」


 そう言って僕の隣に琴乃は並んだ。いつも見える頭のつむじは、お団子にした髪の毛によって見えない。代わりに真っ白なうなじが見えて、なんとも艶かしい。

 群青色をメインにした浴衣も、普段のクールなイメージと合わさって非常に相性がいい。とても綺麗だ。


「似合ってるぞ、浴衣」

「ありがとうございます」


 簡素な返事だ。当たり前ですと言わんばかりのあっけらかんとした態度。さすが僕の妹である。

 町の外れにある神社の境内を目指して、僕らは歩く。神社は祭りからやや離れたところにあるけれど、花火を見るには絶妙なスポットになっている。

 ここを知る人は少ないため、静かに花火を見ることができる。


 我が物顔で語っているが、ここを見つけたのは琴乃である。


「兄さんは、無事用事を終わらせることができましたか」

「おう、おかげさまでな」

「それはよかったです」


 琴乃は、無事に告白を終えてきたのだろうか。琴乃の態度を見ても普段と変わらない。相変わらずの無表情だ。聞くべきか迷う。


「琴乃」

「なんですか」

「……いや、あとでいい」

「……そうですか」


 そんな顔をするなよ。



☆  ★  ☆



 神社の境内は薄暗い。

 月の光と祭りからの微かな光で地面がかろうじて見える程度だ。

 僕らは、神社内の定位置に立って、花火が上がるはずの夜空を見上げた。

 もう少しで花火が始まるはずだ。


「兄さん」

「おう、どうした」

「夏休みが、もう終わりますね」

「やめろ、考えたくない」


 宿題たちの声が聞こえてくるようだ。


「宿題に追われる兄さんをまた見れるんですか」

「うるせえ!」


 これが普通の高校生なんだよ! 宿題をさっさと終わらせるやつの方がおかしいんだ!


「本当に、世話が焼けますね兄さんは」

「宿題に関しては、世話を焼かせた覚えはないぞ!?」

「あんな慌ただしい姿を見せられるだけで世話がかかります」

「いや、世話はかかんねぇだろ!?」


 言いがかりだぞそれは!


「せめて宿題は部屋でしてください。リビングは邪魔です」

「いいじゃねえか。寂しいんだよ」

「いい迷惑です」


 みろ、甘える気配なんてありゃしない。どうしてこうなっちまったんだろうな。僕がいけないんだろうか。もっとイケメンに生まれれば、こんなことはなかったのかもしれないな。


「兄さんがイケメンだとしたら、きっと話すらしない間柄だったと思いますよ」

「え、なんでだよ」

「きっと、友達もたくさんいて、私にウザ絡みをすることもなかったでしょうから」

「さりげなくウザ絡みっていうのやめてくれる?」


 ウザいかもしれないけどね。


 はぁ、と琴乃は小さくため息をつくと、もう一度夜空を見上げた。

 僕もそれに習うように見上げる。今日は実にいい天気だ。星がよく見える。夏の大三角を探すのもきっと容易だろうな。


「兄さん」


 琴乃の声に、僕は隣の琴乃を見下ろす。

 琴乃は夜空を見上げたまま、続ける。


「私はいつも、いい子でいました」


 確かにお前は、僕の妹とは思えないほど、とても優秀で賢い子だよ。


「それは、お母さん、お父さんのため、そして自分のため」


 そりゃそうだな。


「ですけど、そろそろ、疲れてきてもいるんです」


 人を演じるというのは、本当に労力を使うことだ。僕のような自由人とは違い、琴乃は大きなコミュニティの中で、試行錯誤しながら、毎日を生きてきたんだろう。

 わずか中学一年生にも関わらず、達観したその考え方は、琴乃にしかわからない苦労があったからだ。

 僕は、それを知っている。ずっと琴乃を見てきた僕には、それがわかる。


「だから兄さん、遠くへ行きませんか」

「遠く?」

「はい、遠くです」


 夜空を見つめる琴乃の目は、相変わらずのジト目だけど、何かを見ているように、ぼんやりとしている。琴乃のいう「遠く」を見つめているのだろうか。


「そうだな。気分転換に旅行でも行くか」


 まだわずかではあるが、夏休みは残っている。旅行の1つくらい余裕だろう。


「……そうですね」


 少しの沈黙があった後、琴乃は漏らすように呟いた。


「その遠くには、私と兄さんしかいません」


 目を閉じ、まるで夢を追うように、琴乃は続けた。


「誰もいないそこで、私と兄さんは、いつものように話をします」

「バカな兄さんの世話を、私がしてあげるんです」

「兄さんは、いつもだらけて何もしないクズ野郎ですけど」

「私が困っていると、いつも助けてくれるんです」


 琴乃の抑揚のない声は、静かな神社と木々に吸い込まれて行く。


「私に構って欲しくてバカをやる兄さん」

「いつも怒られてばかりの兄さん」

「私の言葉に反応する兄さん」

「私の笑顔を見たいとねだる兄さん」

「私のわがままを叶える兄さん」

「私のことを考える兄さん」


「私を愛していると言ってくれる兄さん」


 パァーン、と空が輝いた。

 花火だ。祭りの花火が始まったのだ。僕が見つめる琴乃の横顔は、花火の光が反射して、色とりどりに彩られる。

 琴乃は、あがった花火を無表情で見つめていた。言葉は止まり、花火に集中しているのだろうか。

 僕も花火に目線を向けた。何回も上がる色彩豊かな花火達は、とても綺麗だ。


「そんな兄さんが、私は好きです」


 小さく呟かれたその言葉は、僕の耳にしっかりと届いた。はっきりいう。驚いた。妹に好きと言ってもらえたのは本当に久しぶりだったからだ。


「これが、私の告白です」


 告白。……告白。……告白?


「……あー、そういうことか」


 理解できてしまった。いや、まさかそんなこと予想できるはずもなかった。

 妹よ、それでいいのか。どうしてしまったんだ。

 わからない。妹の考えが、わからない。好きな人が出来たから告白すると言っていたのは覚えている。其の告白が今だというなら、僕は琴乃に惚れられているということになるわけなのか?

 わからない。


「突然のことです。それに、突飛なことです」


 琴乃が淡々と話す。


「私もよく分かっていません。この想いは、きっと家族愛とは違うものだと、なんとなく、そう思うだけで、確固たる確信があるわけではないです」


 それは、確かに、いや、だめだ。こればかりは僕としても何も言えない。わからない。


「ただ、私は兄さんのことが、好きです」


 僕も好きだ。琴乃のことが好きだ。愛してる。溺愛してる。敬愛してる。偏愛してる。

 けれど、僕はどこをどうあがいても家族愛なのだ。妹は可愛いし、嫁にできるなら、それこそ幸せなことだろう。

 でも、僕は、琴乃のことを妹としか見ることができないのだ。


「僕は」


 だからこそ、兄として、妹に答えなければならないのだろう。

 琴乃の想いは、間違いなんかではないし、きっとその想いはどれよりも正しい。

 だからこそ、僕は、正面からその想いに答えなければならない。

 妹を愛してる僕が、答えなくてはならない。


「琴乃のことが大事で、大切で、そして誰よりも」


 花火の音に負けないように、大きくいう。しっかりと琴乃の耳に届くように。


「愛してる」


「知っています。分かっています」


 僕の言葉に琴乃が答えた。

 いつも無表情で、抑揚のない声が、震えていた。


「分かって、いました」


 僕の想いは、琴乃の想いとは違う。

 僕の一言で、琴乃はそれを察したのだろう。本当に賢い子だ。

 泣かないようにと、下唇を噛む姿は、見ていて痛々しい。けれど、僕にそれを言及する資格はない。


「私たちは兄と妹だと、分かっていました」


 声の震えは、次第に体に伝わり、琴乃の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 花火の光に反射する涙が、琴乃の頬を伝っていく。


「だからこそ、好きになってしまいました」


 1つ屋根の下にいたからこそ。

 自分の全てを演じずに見てもらえたからこそ生まれた。不可解な感情。想い。

 琴乃は、それを隠すためにもまた、新しい自分を演じていたのだろう。


「兄さん、遠くへ行きましょう」


「遠く、遠く、誰もいない遠くへ」


「そこで、私たちは幸せに暮らすんです」


 琴乃の夢見た想い、物語。

 僕との、幸せな1ページ。


「私と、遠くへ行きましょう。兄さん」


 その言葉に僕は答える。

 いつものように、不敵な笑みを浮かべて、ドヤ顔で、これでもかって、ウザったらしい顔で、答えてやるのだ。


「そうだな、任せとけ」


 兄にわがままを叶えさせるのは、妹の特権なんだからな。


 花火はフィナーレに近づいて、大きな大きな花を夜空に咲かせる。

 終わっていない宿題。鳴かなくなっていくセミたち。


 もう、夏は終わりに近づいていた。




   僕と琴乃の夏休み fin.




ここまでご愛読ありがとうございました。

僕と琴乃の夏休み、これで完結となります。煮え切らないエンドだと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これが、この物語の完結です。

これまでにブックマーク3人。アクセス数1000と、僕のような駄文に付き合っていただいた方々、ありがとうございました。

今後もよろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ジト目の無表情に「そんな顔するなよ」 「愛してる」が告白の答え 兄妹だからこそわかるものがあるというのをこれ以上なく伝える短い一文が本当に上手い [一言] 結末そのものではなくて ここに至…
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