7日目(中)
「あ、お兄さん! こっちですよー!」
「そんな大声あげんでも見りゃわかるよ」
時間は夕方。夕暮れ時、祭りが行われる神社側の公園で、僕は琴友と落ち合った。
僕を見るや否や、両手をぶんぶん振って大声で僕に呼びかける琴友を見ていると、真剣に悩んでいる自分がバカなんじゃないかと錯覚する。
流石、中学一年生と言うべきか、慎ましさなんてあったものじゃない。そこは琴乃を見習うべきだ。
僕が個人的かつ勝手な評論をしているとも知らず、琴友は満面の笑みで僕に近寄ってきた。
「今日は楽しみましょう! お兄さん!」
「そうだな」
琴友には、予定があって花火は一緒に見れないと断りを入れている。電話越しではあったけれど、特にしょんぼりした様子もなくオッケーしてくれた。
「どうですか今日の私! 可愛くないですか?」
「浴衣効果ってのはすげーな。いつもの三割増し可愛く見える」
「でしょ!? 私の可愛さが1だとしたら、3になっちゃうわけでしょ! すっごいでしょ!」
1の三割増しは1.3だぞ。それは三割増しではなくて、三倍だ。
「では行きましょうか!」
「そうだな」
並んで神社を目指そう。そう思い、神社側に向いた僕の右腕に、なにやら柔らかいものが包まれる。
視線を右腕におろすと、そこには右腕に抱きつく琴友の姿が。
「バカお前! なにしてんだ!」
「えー? ダメですかー?」
柔らかい! 柔らかいものがいろいろ当たってんだよおお!
「ダメに決まってんだろ!」
「なんでですかー。減るものじゃないしケチケチしないでくださいよお」
逃げ腰になる僕の右腕を、意地でも離さないと琴友は、ギュッギュッとさらに強く抱きついてくる。
だからやめろ! お前の体柔らかいんだよお!
「無闇に男の体に抱きつくな!」
「無闇じゃないですよ。私お兄さんのこと好きですし、他の男にはしませんよ」
「違う! そういう問題じゃ」
「いいことを教えてあげますよお兄さん」
僕の言葉にかぶせてくる琴友。グッと言葉を飲み込んだ僕に擦り寄りながら、爆弾を投げ込んできた。
「普通、浴衣の下は、ノーブラノーパンです」
僕は、爆死した。
☆ ★ ☆
「わたあめですよ! お兄さん!」
「お? いるのか?」
「一緒に食べましょう!」
やっと腕を解放してもらえた僕は、琴友と2人で祭りの屋台を回っている。陽もすっかり落ちて、屋台の光が祭りの喧騒を照らしてくれている。
小さい町とは言ったが、やはりこういうイベントとなると人は多い。 人に押されるようにしながら移動して、屋台に入る。
「わたあめ1つください」
「はいよにいちゃん。可愛い彼女さん連れてんね!」
にやにやと屋台のおっさんが僕ら2人を見てくる。やはり側から見たらカップルに見えるのだろうか。
っていうか、高校生と中学生だぞ。犯罪だろ。
否定しておこうと僕は口を開く。
「いやこいつは、」
「ですよね! 可愛いですよね!」
そこにすかさず琴友が割り込んでくる。ってか喜ぶとこそこなのかよ!
「はは、こりゃ、かなわねえな! ほれもう1つサービスだ」
屋台のおっさんは、そう言うとわたあめを2つ、僕に渡してくれた。
「いいんですか?」
「いいさいいさ! 楽しめよ2人とも!」
グッと親指を立てて僕たちに笑いかけるおっさん。いい人だな。
「おじさん太っ腹! 将来大物になるよ!」
「こんな歳になっても将来はあるからな!」
笑い合う琴友とおっさん。こいつらコミュ力たけーな。
「ありがたいですね。お兄さん」
「いや、ほんとその通り」
そのコミュ力分けてほしいわ。
「あ、スーパーボールすくいありますよ! お兄さん! 次はあれをやりましょう!」
「分かった分かった」
まぁ、楽しそうにしてくれてよかった。
この後やることが、これを全て無に帰してしまうと思うと、憂鬱でならなかったけれど。
☆ ★ ☆
しかし、やらなければならないことは、やりきらねばならない。腹をくくる。僕は1人の男として、人間として、隣を歩く女の子に答えを渡さなくてはならない。
「今日は、とても楽しかったですよ」
「そう思ってくれるなら嬉しい」
「男の人と、ましてや、好きな人と回る祭りというのは、本当に楽しいですね」
「そう、か」
夕方に待ち合わせした公園。
未だに近くの祭りの音がここまで聞こえてくる。しかし、公園には誰の姿もない。僕たち以外、誰もいない。
僕は、大きく息を吸って、琴友を見つめた。
「僕は」
「はい」
いつもはポニーテールの黒髪は、今日は綺麗に結い上げられている。
恐らく化粧もしているのだろう。まつ毛や唇がいつもより潤っているように見える。
「君と」
「はい」
元気にはしゃぎ回る姿は、見ていて愉快で、こっちまで楽しくなってしまう。その吸引力は、素晴らしい才能だと思う。
浴衣姿でも、普段着でも、その振る舞いが変わらないことが、この子のチャームポイントなのだと思う。
「付き合うことはできない」
「……はい」
だから、琴友が今みたいに静かな、そして、悲しげな声を聞くと、とてつもなく、申し訳なくなる。泣きそうになる。
「僕のことを、君はシスコンと言ったね」
「はい」
「まったくもって、その通りだよ。僕はシスコンだ」
琴乃が大事だ。自分のことよりも琴乃の事の方が何十倍、何百倍大事だ。愛してる。溺愛してる。
「お兄さんは」
「なんだ」
「琴乃ちゃんのことが、好きなんですか?」
真剣な眼差し。その瞳に揶揄いの意思はない。本気で僕に聞いてきている。
琴友が言う好きの本質は、ライクではなくラブなのだろう。
その問いかけは、ずっと僕が自分自身にしてきたことだ。とても難しく、難解な、ロジックだ。
むしろ、袋小路の中を走り続けるような問題だ。ゴールがなくて、ゴールを探すのではなく、袋小路を断ち切る方法を見つけなければならない問題。
僕は妹を愛している。それは家族愛だ。紛れもなく、家族愛。僕の妹だからこそ、僕はこれほど琴乃を愛するのだろう。琴乃という女の子だから、というより、琴乃が妹だから、愛するのだろう。
しかし。
いや。
けれども。
決まっているんだ。その答えは。
琴友を見つめて、僕は答えた。
「僕は琴乃を愛しているよ」
僕の愛の本質は、きっと琴友にはわからないだろう。理解できないだろう。
ただ、伝わりはしたのだろう。
琴友は、にっこりと笑った。
「そうですか、残念です」
でもその笑顔にある目からは、大粒の涙が頬を伝わり始めていた。
「お兄さん、かっこいいですよ」
「そんなことないよ」
「そんなお兄さんと、一緒に居たかったです」
「妹の友達として、これからも仲良くしてくれ」
酷なお願いだろう。しかし、琴友は涙を流しながら、やはり笑顔で頷いた。
「もちろんです!」
本当にこの子は、強い子だ。
「置き土産に1つだけ、お兄さんに教えてあげます」
置き土産?
「まだ私の名前、教えていませんでしたよね。私は〝ことの〟。〝琴野〟といいます。」
「妹と、同じ名前なのか?」
「はい。だから、あえて名乗りませんでした。琴乃ちゃんとも、それがきっかけで仲良くなりましたから」
たまげたな。そんなことがあるんだな。
「だから、お兄さんが最後、「僕は琴乃を愛しているよ」と言った時、私のことじゃないのは分かっていますけど、わたしのことをいわれたみたいで、とても幸せでした。」
そして、笑顔で、
「ありがとうございました。お兄さん」
僕に、お礼を言ってきたのだった。




