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7日目(前)




 今日はセミの鳴き声がうるさい猛暑日だ。目覚めは非常に悪く、ベッドの上で、窓から差し込む光を僕は鬱陶しく思った。

 今日も今日とて1日が始まる。

 触られない宿題。惰性な日々。僕は、そんなどうでもいいような毎日をこれからも過ごしていくのだ。

 きっと、何年たっても、僕の本質は変わりはしないのだと思う。


 例え、今日が人生のターニングポイントだとしても、僕は、僕らしくあろうと思う。


 今日は、わが町の夏祭りの日だった。



☆  ★  ☆



 時間はもう朝食の時間だ。そろそろ下に降りて、トーストでも焼かないと僕の妹から「使えない兄さんですね」と悪態を突かれてしまう。いや、流石にそこまで言われたことはないけれど。

 リビングにはまだ琴乃はいない。まだ部屋で寝ているんだろう。

 トースターにトーストを差し込んで、コップに牛乳を入れる。ちゃんと2つずつだ。

 トースターから機械音がなるまでに、テーブルを拭き、テレビをつける。お子様向けの教育テレビが流れていたので、無心でただそれを眺めた。


「おはようございます、兄さん」

「おはようさん」


 琴乃が目覚めてリビングに入って来た。

 薄着のキャミソールに、丈のやたら短い短パン姿だ。目のやり場に困る。

 実の妹に欲情するほど僕は落ちぶれちゃいないけれど、童貞の僕には刺激が強すぎる。


「あ、懐かしいのがやってますね」

「何代目なんだろうなこの人」


 テレビに映る体操のお兄さんを見て、琴乃と話す。どうでもいい他愛のない会話。日常のこの会話は、本当に僕の幸せに直結している。

 トースターの機械音が鳴った。僕が動くよりも早く琴乃がトースターからトーストを引き抜き、それぞれの皿に乗せた。


「さんきゅ」

「食べましょう、兄さん」


 手を合わせて、いただきます。

 とりあえず僕は、テーブルに置かれてるジャムの瓶に手を伸ばす。僕はトーストにはジャムを塗る派なのだ。マーガリンよりジャム。ジャムだ。


「兄さんは本当にジャムが好きですよね」

「ジャムでトースト食わなきゃ1日が始まらん」

「ジャムに1日を掴まれているのですか」

「その通り」


 そんなわけないんだけどな。


「琴乃はジャム苦手だよな」

「はい。なので、ジャム好きの兄さんのことも嫌いです」

「なんたる風評被害!!」

「ちょっと、兄さん。口からパン屑を飛ばさないでください」


 相変わらずの琴乃の反応に、少し安堵した。昨日から様子のおかしかった琴乃は、どうやら、気を取り直したみたいだ。

 ……取り直したのはいいのだけれど、僕はそれと代償に、やや大きなリスクを背負うことになっていた。


「しかし悪いな。祭りに行くの途中からになっちまって」

「構いませんよ。兄さんにも予定があるでしょうから」


 僕が琴乃と琴友を蔑ろにしないための、大きな賭け。そう、時間をずらして琴乃と琴友と祭りにいくのだ。

 最初に琴友と祭りに行き、早い段階で告白の返事をする。

 そのあと、遅れて来てもらう琴乃に合流して祭りの花火を見る予定だ。

 はっきり言ってかなり危ない橋だ。

 二兎追うものは一兎も得ずってことわざがあるくらいなのだから、成功する可能性は限りなく低いのだと思う。

 小さな町の小さな祭りだ。鉢合わせも十二分にあり得る。


「花火を見ることができますしね」

「花火なんて見るのいつぶりだろうか」

「窓からも覗かなかったんですか?」

「部屋でゲームしてたわ」


 非リア充の高校生などこんなものだ。


「もっと兄さんは外に出るべきです」

「見た目がインドアな琴乃に言われるとなんだかあれだな」

「実際はアウトドアです」

「そうなんだよなあ」

「兄さんと違って友達がいますから」

「いやだからいるからね?」


 ネット上だけど。


「エア友達は友達ではありません」

「エアじゃねえよ」

「兄さんが部屋で「わかってんじゃねーかよ。俺も興奮してきたぜ」とエア友達相手に元気よく奮起していたことも知っています」

「あー! 違うけどこれは否定すべきか迷ってしまうー!」


 おいこら、それは俺がマイpcに入れてる、にゃんにゃんなゲームやってる時についつい言ってしまう独り言じゃねぇかよ!! 聞こえてたの!?


「兄さん、部屋の壁は意外と薄いですよ」

「そんなことはねぇぞ!? いくら耳を澄ませてもお前の立てる音が普段聞こえないんだからな!」

「え、兄さん。私の部屋に聞き耳立てているんですか?」

「え、あ、それは言葉の綾だ」


 事実とは言葉の綾である。南無三。


「それはそうと琴乃。僕が今日一緒に祭りに回るのはいいんだけど、例の告白はどうするんだ?」

「どうすると言われましても」

「まさか俺の目の前で告白するわけじゃないだろ? いつぐらいにする予定なんだ?」

「私なりに考えていますから、兄さんは気にしなくて構いません」


 気になりすぎるわ。気にならないわけないだろ。むしろ、それがメインじゃないのか。


「兄さんは、ただ私を楽しませてくれればいいんです」

「わがまま妹様の発言だな」

「知らなかったんですか? 私はわがままですよ」

「存じ上げておりますとも」


 わがままじゃない妹なんているわけがないじゃないか。

 朝食を食べ終えた僕たちは皿を片付けて、リビングのソファに並んで座り、テレビを見る。こうして妹と並んでテレビを見れることは、本当に幸せなことだ。心が豊かになる。ほっこりするのだ。


「兄さん、ちょっと近いのでもう少し向こうに行ってください」

「……へーへー」


 ソファの端に寄る僕。大丈夫だ。心が豊かなのだから。


 しばらくそのままで談笑。何気ない休日のひと時を満喫したあと、琴乃はおもむろに立ち上がり、僕を今見るべき現実に押し戻した。


「では、今日のお祭りの準備をしてきます。兄さん、楽しみにしてますね」

「おうよ。任せとけ」


 びっ! と親指を立ててグッドポーズを取った僕を流し目で見て、なにも言わずに自室へ向かっていった。いつものことである。


「さて、俺もやるかな」


 僕は、テーブルの上に置いてある僕のスマホを見つめながら、静かに呟いた。



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