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6日目




 今日の朝食は、僕1人で食べた。

 1人で食卓について食べる朝食は、思ったよりも味気ない。あ、トーストになにも塗っていなかった。そりゃ味気なくもなるか。

 琴乃は部屋から降りてこない。いつも朝食の少し前には、リビングに降りてきて、テレビでも見ているんだが、今日はその姿はない。

 昨日、友達と喧嘩でもしたのだろうか。友達が家から帰ったあと、ずっとあの調子だ。

 なんとも心配である。


「琴乃も、中学一年生だしなあ」


 思春期真っ只中の女の子だ。色々葛藤があるのだろう。

 トーストを食べ終えた僕は、皿を片付けてから自室へ向かう。僕の隣の部屋が琴乃の部屋だ。ノックをして、「朝ごはん食べないのか?」と一言言ってやればいい。でも、僕は今日それが出来ずにいた。

 それは少なからず、妹に罪悪感を感じてしまっているからなのだろうか。


 自分が嫌になるな。


 嫌になるだけで、どうにかすることはできないのだけど。

 自室に入り、机の上に置いてある一枚の紙切れを手に取る。

 そこには、琴友の電話番号とLINEのIDが書いてある。明日のお祭りへのお誘いを、僕からするために必要な情報だ。

 祭りへ誘う。その前に考えなければならないことがある。告白の返事についてだ。

 流れるような、勢いのある告白だったために、僕もそれを受け入れるのに時間が必要だったけれど、1日経って落ち着いてみれば、どうということはない。きっと。


「付き合えないよなあ」


 好きかどうかも、まだわからない相手と付き合ったりできない。とか、そういった理由じゃない。もっと小さな理由だ。

 妹の友達とは付き合えない。


「妹のコミュニティに、僕が深く関わるのは避けたい」


 理由は一つ。妹に迷惑をかけたくないのだ。

 僕は自覚している通り、あまり人付き合いが得意ではない。実際友達は少ないし、こうして女の子ともまともに話せないような学校生活を送ってきた。そんな僕が、妹のコミュニティに入ってしまうと、それこそ、また失敗しかねない。

 妹には、妹のつながりがある。僕はそこに関与すべきじゃない。


「琴友には、悪いけどな」


 君が妹の友達ではなく、僕自身のつながりであったのなら、僕はもっと考えることが出来ただろうけど。


 ……琴乃は、まだ寝ているだろうか。


 結局、僕は、終始妹の心配をしてしまっているのだと気づき、笑った。



☆  ★  ☆



 昼前になって、隣の部屋から琴乃が出てくる音が聞こえた。

 すぐさま部屋を出て声をかけるべきか。僕はベッドから立ち上がって、しばらく逡巡した。あまり、安易に声をかけてしまうと、琴乃の機嫌をさらに損ねることになりかねない。

 そんな僕の思考を見事に裏切るように、ドアの向こうから妹の声が聞こえた。


「兄さん、いますか?」

「お、おう! 僕はここにいるぜ!」

「なにをそんなに大声を出してるんですか」

「いや、すまんな。琴乃に声をかけてもらえたのが嬉しくてつい」

「バカですか」


 ドア越しでも妹の呆れ顔が見えるようだ。


「入ってもいいですか」

「お、おう。構わんぜ」


 僕はそう答えながら、琴友からもらった紙切れをスウェットのポケットに突っ込んだ。

 がちゃ、とドアが開く。


「変な話し方をしないでください」


 少し髪の毛が乱れた琴乃が、寝間着姿で入ってくる。その顔を見て、つい、言葉が漏れる。

 琴乃の目が、一晩中泣き明かしたように、腫れてしまっていたからだ。


「お前、泣いてたのか」

「あ、バレてしまうくらい腫れてしまっていましたか」


 「やってしまいましたね」と、自虐的に笑う琴乃は、なんだかとても痛々しかった。


「そんなことより、兄さん」

「いや、そんなことよりって……」

「兄さん」

「な、なんだよ」

「私と兄さんが一緒に祭りに行ったのはいつが最後でしたか」


 なんだって急に……。

 いつだったかな。少なくとも去年は行っていないし、一昨年も行っていない。というか、ほぼほぼ行ったことがないような……。いつだったかな。


「そうです。私と兄さんが最後に一緒に祭りに行ったのは、思い出せないくらい昔なんです」

「そういうことに、なるな」

「それに、これはいらない情報かもしれませんが」

「ん?」

「今年の浴衣は、結構自信があるんです」

「お、おお。ぜひ見てみたいね」


 どうした。琴乃。

 無表情、ジト目を貫いているけれど、なにをどうして、そんなに、


 焦っているんだ。


「結局、今年は友達との都合も合わず、祭りは1人で回ることになってしまいそうです」


 約束が、ないのか。一昨日、「約束がなければ、一緒に回っても良いですよ」と、確かに琴乃はそう言っていた。要するに、今は約束がない状態ということだ。

 琴乃は、僕に誘われるのを待っているのか?



「あ、じゃあさ……」


 一緒に回ろう。と、言おうとして、ぐっと口を噤んだ。スウェットの中にある紙切れの存在を思い出したからだ。

 僕は、この告白を断らなければならない。荒波を立てず、琴乃のコミュニティを崩壊させないためにも、必ず会ってきっちり話をして、終わらせなければならない。

 祭りの時に返事をくれと、あの子は言った。祭りを琴乃と回るということは、琴乃の前で、告白の返事をすることになってしまう。


 だめだ、それは避けたいところだ。


「じゃあ……、なんですか?」

「いや。……なんでもない」


 琴乃に、こうして隠し事をしている。それがここまで苦しいなんて、思いもしなかった。


「兄さんは、言いました」


『やる前から諦めたって意味ないぜ。やってみろって』


「私は、この言葉を、兄さんの言葉を信じてみようと思っています」

「私は、明日、好きな人に告白するつもりです」


 琴乃の、好きな人。

 以前聞いた、琴乃の好きな、高校生。

 明日、要するに、祭りの時に告白するらしい。とてつもなく寂しい気もするが、琴乃は決断したのだろう。大した勇気だ。


「だから、兄さん」


「私とお祭りに行ってください」


 琴乃のその言葉の真意は、僕にはまだ理解できなかった。


 

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