1日目
初投稿です。僕が語り部となる日常のお話です。牛乳を口に含んで読むとちょうど良いと思います。
「兄さん、何してるんですか」
「ん? ゲームだよゲーム」
リビングのソファに仰向けに寝転んでいる僕に妹の琴乃が覗き込むような声をかけてきた。
相変わらず眠そうなジト目が僕の手元にあるスマホに向けられる。
「暇なんですか」
「とてつもなく暇だな」
夏休みに入り、宿題なんざ触る気にもなれない僕は、八月に入ったにも関わらず、冷房の効いたリビングでくつろいでいたわけだ。
暇でないわけがない。
「琴乃は今日家にいるのか?」
「はい。友達も田舎に帰りましたし」
あー、田舎か。
田舎というものがあると、こういう時に帰らないといけないのか。
こういう長期休暇は、僕みたいに暇を貪るくらいがちょうどいいのだ。旅行なんざごめんだ。
「兄さんはいつも家にいますね」
「まぁな。せっかく1日家にいていいんだから、いるに越したことはないさ」
「兄さんは友達いないんですね」
「い、いやいや、いるからね?」
ははは、何を言いだすんだこの妹は。このお兄さんが友達がいないなんてそんなわけないだろ。
ちゃんと、このネットワークの向こうに無数にいるんだぜ?
「ネットの友達は多いみたいですけど」
「そうだぜ! お兄さんは人気者なんだ!」
「そんなんですか。良かったですね」
可哀想なものを見るように、憐れみの溢れるジト目を向けられた。
「ちょっと、失礼しますね」
「ん? おおお!?」
琴乃は、一言僕に断りを入れると、僕が返事をする前にすとんと腰を下ろしてきた。
ソファではない、仰向けに寝転ぶ俺のお腹の上にだ。
「ちょっと琴乃さん!?」
「兄さんが寝転んでるせいでソファに座れないんですから。我慢してください」
僕の上に座ることがさも当たり前かのように答える琴乃さん。
いやしかし、重くはないよ? 少し「ぐっ!?」となったのは事実だけども、慣れてしまえばどうとでもない。
いやしかし、琴乃のホットパンツ越しのお尻の感触は、思ったよりも暖かくて柔らかい。
いかん、いかんぞこれは。お兄さんとしての威厳がぁぁあ。
「兄さんにもともと威厳なんてあってないようなものですよ」
琴乃にその目を向けられながら蔑まれると、否定できなくなるのは何故なのだろうか。
ジーザス。
うちの琴乃は中学一年生だ。
高校二年生の僕とは年が5つ違う。5つも違うのに、考え方とか、世間の物の見方とか、そういった部分では、僕は琴乃に負けてしまっているように感じてしまう。それくらい、琴乃はしっかりしている子なのだ。
事実、僕はこの夏休みまだ宿題には手をつけていないが、琴乃はすでに全て終わらせた後らしい。なんとも優秀な妹である。よくこんな兄の元で立派に育ってくれたなと感心する。
「兄さんを反面教師にしただけのことです」
「ジーザス!!」
否定的な妹も可愛い。
お腹の上から琴乃を下ろし、二人並んでソファに座る。僕は相変わらずスマホのゲームをやり続けているわけで、琴乃はそのゲームを横から覗き込んでくる。
綺麗な黒髪のつむじが僕の眼前に主張してくる。
「面白いですか?」
「面白いかと言われたら、まぁ面白いけど、なんか作業的になってる感は否めないな」
「ゲームなのに、作業的ですか?」
「そうそう。だから、別にやりたくて仕方ねえ!って感じでやってるわけではないよ」
そう説明しながら、僕は非常に困っていた。
琴乃が僕のそばで僕のスマホを覗き込んでくる。これに関しては何の問題もない。僕もこうして琴乃と話せるのはとても楽しいし、困ることなんてないのだが。
非常にいい香りがするのだ。
女子特有の香りというか、バニラのような甘い匂いが琴乃から漂ってくる。いつまでも嗅いでいたくなるような、とてもいい香りだ。
中学に上がってから、体つきもやや大人に近づいたのか、身長は相変わらず低めだが、脚の肉つきとか、もう魅力を醸し出し始めている。
非常に、困る。
「兄さん、手が止まってますよ?」
「え? あ」
考え込みすぎてしまったらしい。
僕はゲームアプリを落として、スマホをテーブルに置いた。
「ゲームは終わりですか?」
「おう。飽きたしな」
「では、今から何をするんですか」
「久々に琴乃と遊ぼうかなっと!」
「え、嫌ですよ」
ジーザス!!!
「えええ!? 兄ちゃん勇気出してお誘いしたのに!?」
「好き好んで兄と遊ぶ妹なんていませんよ」
「そんなことはないだろ! お兄ちゃん大好きっ子とかいるじゃないか!」
「アニメの話をしてるわけではないです」
「現実にいるからブラコンって言葉が生まれるんだろうがあ!」
妹を遊びを誘い、断られた挙句、必死に大声を出して、なんとか妹と遊ぼうとする兄の姿がここにはあった。
というか、僕だった。
「遊ぶと言いますけど、何して遊ぶんですか」
「そうだな。まぁ、あれだ。最近のことお互いに話そうぜ」
「最近のことですか?」
「学校でこういうことがあったんだー、とかさ、最近こういうのに興味があってー、とかさ」
「そういうことですか。まぁ、いいですよ」
よし、妹様の許可は頂いた。久しぶりの兄妹トークと勤しもうじゃないか!
「そうですね。最近同じクラスの男子に告白されましたね」
「まじで!!?」
1発目から核弾頭を放り込んでくる妹大国。虚弱な僕の王国は一瞬で崩壊してしまうぞ!?
「え、え、え、ええ、まじで!?」
「そんなに見事に驚かれると。なんだか傷つきますね」
「え、うぇ? えええ!?」
「落ち着いてください」
確かに琴乃は可愛い。認める認めるぞ。全世界の誰より認めるぞ。世の男が琴乃に靡かないはずがない。そうだ。わかってるそれは。
しかし、早すぎやしないか。いや、そんなことはないのか。今時の中学生はこれぐらいの時期から告白という一大イベントをこなすのか。
まて、重要なのはそこじゃない。重要なのは……。
「それで、……お、お返事のほどは?」
「断りました」
「だよね!!」
「なんですか」
よかった。琴乃が他の男の彼女になるだなんて考えたくもない。こいつは僕の妹だ! 誰にもやらん!
「嫌いではありませんでしたが、なんだか違いますね」
「そうそう! 違うよね!」
「……」
そんなジト目で僕を見つめないでくれよ愛しの妹よ。
「そういう兄さんはどうなんですか」
「僕か?」
「学校でなにか面白いことはなかったんですか」
僕か。僕の学校生活……。
授業を真面目に受け、休憩時間は机に突っ伏し惰眠を貪り、昼休みは屋上で優雅なお弁当タイム、午後の授業をうつらうつらとしながら聞き流し、家に戻っては妹を愛でる。
ふむ。
「ないな」
「つまらない男ですね」
「琴乃には言われたくない言葉だった!!」
「自分からこの話題を振ってきておいて、自分は何もないなんて、おかしいと思いませんか?」
「琴乃のお話を聞けるんだ。何もおかしいことなんてない。幸せじゃないか」
「兄さんはそうだとしても、私は何も幸せに感じません」
辛辣なことだよ。
「兄さんは色恋沙汰の一つはないんですか?」
「色恋沙汰ねえ、あったら嬉しかったんだけどね」
「まぁ、予想通りでしたが」
「現実の世界にそんな奇想天外なこと……、あ」
「なんですか?」
奇想天外なことが起こるわけないと言い切ろうとしたのだけど、そこでふと思い出したのだ。
色恋沙汰ではない。少なくとも、あれはそういったものではない。だけれど、今後の発展もありうると考えると、これも色恋の一つではないかと思うのだ。
ジト目でこちらを覗き込む琴乃に向かって、びっと親指を立てて言い切ってやる。
「この間、ゲーセンで一人の女の子と仲良くなったぜ!」
「……」
「連絡先まで交換したぜ!」
「……!」
「夏休み都合が合えばまた一緒に遊ぼうという話をしたぜ!」
「……!!」
ふふん、どや。
琴乃の目がどんどん見開かれていくのが面白い。というか、そこまでお兄さんが誰かと仲良くなることが珍しいか。
「これからの発展に期待ってやつだな!」
「……そうですね」
「ほら、僕にもちゃんとそういう話あっただろ」
「そうですね」
すっ、と琴乃が見開いた目を閉じて、テーブルに置かれている僕のケータイに手を伸ばした。
それを手にとってどうする気なのだろうか。パスワードは分からないだろうし、指紋認証なんでもってのほかだろう。
琴乃の成り行きを僕は黙って見守っていると、琴乃は僕のケータイのホームボタンに親指を置き……指紋認証を突破した。
「ちょっと琴乃さん!?」
いつ指紋認証登録したんですかねえ!?
「兄妹なんですから当然のことです」
「んなわけねぇだろ!」
僕のツッコミを待たずして、琴乃の指はスマホの画面を進み、連絡先の画面へ……って!?
「なにしようとしてるんだよ!」
「なんでもありません」
「見え透いた嘘つくな!」
琴乃からケータイを奪い返す。絶対こいつ僕の連絡先から消す気だったぞ。
「……」
まて、なんだそのジト目は。
僕になにをして欲しいんだ琴乃よ。
ふむ。
結局僕は悩んだ挙句、琴乃の頭に手を伸ばした。よしよしと頭を撫でてやろうと思ったからだ。
だが、その僕の手は琴乃の手によって払われた。
「触らないでください」
ジーザス!!!




