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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
6人目の主人公は神のみぞ知る
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 夏休み中、幾度となく早沢との親密な交際を経た。もちろん、友人との交遊、両親や親族との会合など、夏休み特有のイベントもこなしていた。日に日に増えていく1日あたりの課題量さえ、夏休みの思い出の1ピースとなった。気がつけばあっという間に8月も下旬となり、四宮、山本、津川を集めて図書館で勉強会を開いた。津川を除く3人は課題に全く手を付けておらず、それは勉強会と言うよりは、模写会だったが。館内で千々寺を見つけて、何とかバッタリ出会わないように誤魔化し誤魔化し誘導した時は、胃がキリキリと悲鳴を上げていた。

 

 

 

 体育祭では可もなく不可もなく、目立った成果を出したわけではないが、それなりに奮闘し、総合優勝にそれなりに貢献した。クラス対抗リレーで、かなりの余裕を持ってバトンを渡されたにも関わらず、星倉に追い抜かれたときは汗の上から冷や汗をかいたが、赤坂と委員長のラストスパートで見事、1位を奪取した。

 早沢は星倉とペアを組んで、二人三脚に出場していた。視界の端で、四宮父と星倉父はひときわ大きな声で星倉を応援していた。その後ろには眼鏡をかけた男性、野球大会で話したことのある、『誰かの父』だ。大会後の打ち上げにも来ていた。きっと早沢の父だろう。前2人ほど熱くはないが、その瞳はしかと早沢を捉えている。

 そしてさすがの仲だ。息もピッタリ、歩幅を合わせ、早沢と星倉は他のグループを圧倒していた。組織でいえば敵にあたるが、俺は隠そうともせずに喜び、クラスメイトの湿った視線を受けた。

 

 

 

 文化祭実行委員に選ばれてしまった俺は、とぼとぼと指定された教室へと足を運んだ。早沢も実行委員として選ばれていた……なんてことはなかったが、教室内には見慣れた顔があった。猫井凛子は目を丸くして、「意外ですね」と口を開いた。意外もなにも、3分の1の確率を7回連続で引いてしまった俺の運のせいだ。決して進んで立候補した訳ではない。

 大した仕事もなかった。積極的な3年生の実行委員長にへこへこと着いていき、適当に相づちと返事をしておけばいい。

 文化祭当日はパトロールと称し、腕章を着けて校内を練り歩いた。途中、迷子の幼児を見つけ、親探しに大分時間を食ってしまったが、早沢の協力もあって任務は無事完了。幼児に手を振ると、「さて」と互いに目を合わせた。お化け屋敷からカフェ、縁日にありそうな屋台風店舗など余すとこなく端から順に攻めていくと、最後に体育館で行われた、生徒、教員による音楽ライブをもって、文化祭は締めとなった。天候の悪化により、後夜祭が中止になったことが唯一の心残りか。

 

 

 

 学期末試験前には、文芸部に赤坂、四宮を加えた面子で勉強会を開いた。例によって俺は教えられる側にまわり、1日の許容を遥かにオーバーした量の情報を頭に詰め込まれ、これは新しい拷問なのかと錯覚していた。だがその甲斐あってか、前回の平均点を大きく上回る成績を収めることが出来た。

 

 

 

 

 

 再試験の影に怯えることなく冬休みを迎えた。いつの間にか、夜になれば肌を刺すような寒さを纏う季節になった。

 12月23日。

 雪の降りそうな街を俺と早沢は歩いていた。

 することといえば食事にショッピング、それから他愛もない会話。それらをこなしながら、俺は明日の段取りを立てていた。明日もまた、こうして早沢と歩いているだろう。だがそれはいつもとは勝手が異なる。クリスマスイブという付加価値が、俺の意識を引き締めた。

 

 幸せだ。

 

 隣には早沢がいる。

 

 俺は間違ってなかった。

 

 あの日、記憶の中に封印したはずの『選択』が、不意に脳裏をよぎった。まるで水を吸った乾物のように、それはブクブクと膨れていき、俺の意思を支配しようと足を伸ばした。

 

 俺は間違ってなかった。

 

 自分に言い聞かせるように呟き、納得させると、それは満足気に萎んでいく。あれからリエルには会っていない。次に会うのは、俺が死ぬ直前になるだろう。

 

 復路につくと、俺は早沢に改めて自分の気持ちを伝えた。文字に起こすことを躊躇うような、気恥ずかしい言葉だ。早沢は微笑むと、頷いた。

 

「私も」

 

 それから、早沢家までの数分を歩いた。不思議と会話はなかった。足音が響いた。重なり、協和音を奏でる。通り抜ける風は冷たいが、右手は温かい。体温を共有しながら、俺と早沢はゆっくりと歩を進めた。

 

 

 

 早沢家に着くと、俺と早沢は手を擦りながら、余韻に浸るように雑談に興じた。10分もしないうちに、会話が尽きた。いつもと違い、どこか遠慮があった。早々に会話を切り上げ、俺は帰る旨を伝えた。

 

「また明日」

 

 早沢は手を振った。急に彼女が遠くに感じた。俺は慌てて手を伸ばす。しかし早沢には届かない。その背中がどんどん遠くなり、ついには扉が、俺と早沢の間を隔てた。ドクン、と心臓が1つ、大きく鼓動した。伸ばした手を下ろし、俺はしばらく早沢家の玄関を見つめていた。

 

 

 

 

 

 買ったばかりの革のジャンパーに手を通し、鏡の前でポージングを決める。この日の為に、学生の少ない小遣いをかき集めて買ったのだ。多少似合ってなくても着るしかない。こんな服も、早沢と出会わなければ一生買うこともなかっただろう。

 

 待ち合わせの20時15分前に、駅前の広場に着いた。中央には巨大なクリスマスツリーが建てられ、イルミネーションが7色の光を発していた。俺はその根本にあるベンチに腰を下ろし、早沢の到着を待った。雪が降りそうな夜だ。マフラーでも巻いてくればよかった。周りを見ると、みな携帯電話を片手に誰かを待っているようだった。ピースのもう片方が揃えば、この場所を離れていく。その様子を見ていると、待っていることも苦ではなかった。

 

 5分前になった。早沢はまだ来ない。

 少しだけ、焦っている自分がいた。待ち合わせをすると早沢が俺より遅く来ることはなかった。といっても、俺だって10分前から15分前に来ているのに、決まって待ち合わせ場所には早沢がいた。だから今日は、俺の方が早かったと茶化すつもりだった。まるで早沢が来ることを大前提に、妄想を広げていた。

 携帯に着信を入れてみたが、出る気配はない。雪が降ってきた。8時を知らせるベルが、クリスマスツリーから流れた。

 

 

 ポケットの中で、携帯電話が着信を告げた。

 

 

 携帯を取りだし、耳に当てる。しばらく呆然としていた。俺の手から携帯がするりと落ち、地面に叩きつけられた。

 

 

 俺は走った。ここから遠くはない。1キロと少し離れた場所だ。人混みをかき分け、必死で走った。すれ違う人びとが総じて俺を見た。けれども、俺のことなんて誰も見ていない。息は切れていた。苦痛は感じなかった。雪が顔に張り付いて溶ける。多分、泣いていた。どうしようもなかった。ひたすらに、俺は走った。

 

 

 

 

 

 横断歩道、飛散したガラス片、飛び散った血痕、フロントバンパーのひしゃげた乗用車。赤色灯を光らせたパトカーが数台、道を封鎖していた。入れ違いに救急車が走り去った。サイレンは鳴っていなかった。地面に投げ出された紙袋からは、マフラーが飛び出していた。血に赤く濡れ、元の色は分からない。雪が辺りを白く照らした。

 

 

 

 

 

 俺と早沢の『明日』は来なかった。

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