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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
6人目の主人公は神のみぞ知る
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 沖縄に来る度に首里城へ訪れているので、見学もそこそこに、俺は四宮と山本を残して1人行動を始めた。……はいいが、それから後のことは考えていなかった。

 

 さてどうしよう。昨日は気の赴くままにシチュエーション毎の対応を考えたりしていたが、いざ当日を迎えると、準備も気構えも足りていない。


 取り合えず首里城周辺を適当に歩いた。しかし四宮山本には会うものの、早沢の姿を確認するには至らなかった。

 

 改めて俺がやろうとしていることを思うと、気恥ずかしさに頭を抱える。まるで高校生だ。いやまあ高校生なのだが、高校生の中でも俺寄りではない高校生の真似事をしている。慣れないことは、しようとも思うべきでないと感じた。

 

 観光客の視線は総じて首里城へ向いている。俺はその視線から外れるように、端へと流れた。

 

 不意に胸ポケットに入れた携帯電話が震えた。画面には早沢の名が表示されている。慌てて手に取り、しかし一息ついて、冷静を装った。

 

 耳に当て、視線を上げる。早沢の驚いたような声は、スピーカーからもその外側からも聞こえた。

 目の前で、早沢夕は「いたいた」とこちらに小さく手を振ると、持っていた携帯電話をポケットにしまった。

 

「あれ……。1人、なの?」

 

 早沢は左右を見回し、周囲に四宮たちの影がないことを確認した。俺は頷く。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 しばらく黙っていた。ああ、ダメだ。何もシチュエーション通りでない。俺が、自分の作った台本の通りに動けていない。早沢と合流しさえすれば、あともう2、3の言葉でいいのに、始めの1つさえ出てこない。

 

 決めたはずだ。早沢にそんな顔はさせないって。決めたはずなのに、ここに来て羞恥が決意を押さえつけた。

 

「あのさ」

 

 やっと絞り出したのは3文字。早沢は俺を見つめる。続きを待っていた。観光客の声も音も、何も聞こえない。汗が胸元から腹に伝って落ちる。

 

 ダメだ。どう足掻いても、頭が言葉を作り出しても、喉と口が外に出すことを拒んでいる。それらは俺の全てを否定し、『偽り』の感情を肯定していた。

 

 諦めよう。関係の改善も、過去の償いも、未来の構築も。

 俺には結局何も出来なかった。

 

 「それじゃあ」別れの言葉を確かに言い放った。だが、それは早沢には届いていない。代わりに金髪の少女が出す高音が、早沢の耳を塞ぎ、俺を殴りつけた。

 

「何をしてるの? 2人していちゃいちゃと……」

 

 そう言うと千々寺は、早沢の手を握り俺を睨む。

 

「そろそろ時間よ。バスに戻りましょう」

 

 早沢は手を引かれ、足をもつれさせながら俺を見た。

 

 ありがとう、千々寺。


 彼女の耳には届かないよう小さな声で呟くと、俺は走った。千々寺と早沢の間に割って入るようにその手を引き剥がし、早沢に俺の手をしっかりと握らせる。

 

「な、何を!」

 

 千々寺は顔をしかめるが、なんの障害にもならなかった。

 

「大丈夫! バスの時間までには戻る!」

 

 そう言い残すと、早沢の手を引いて、俺は走った。


 観光客が総じて俺たちのことを見る。しかし、俺たちのことなんて誰も見ていない。

 

 例えこの関係が『マスターキー』による『偽りの感情』だったとしても、俺はそれを選ぶことにした。これ以上早沢に辛い思いをさせたくないというのが、本音でもあり建前でもある。その陰に隠れるようにして、これ以上辛い思いをしたくない、感情を素直に受け入れたいという俺自身の欲求があることも、当然分かっていた。

 

 だからこそ、俺はこの言葉だけは、俺自身の言葉として伝えたかった。『四次元半』なら、俺の言葉はなんの力も持たない文字の羅列として、早沢の耳に届けることができる。

 

 ……千々寺が来てくれなかったら、あのまま別れて終わりだったろうな。もちろん彼女の行動は、そんな気遣い故ではないだろう。

 帰ったらMVP賞として『東郷剛太郎』の仮面を贈呈してやろう。俺と彼は唯一無二の関係だからな。何ならサインをしてやってもいい。

 



 首里城内の突き当たりに見つけた、施錠されているであろう大きな扉に『右手』を当てる。なんの力もなしに扉は開いた。久しぶりの空間だ。やはりこの場所は空気が違う。それまで俺を守っていた何かの層が急に薄くなるような、無防備な姿を晒すような、そんな気分だ。

 

 中には誰もいない。年季の入った木の柱が、俺と早沢を見守った。

 

「好きだ」

 

 呼吸を整えることもせず、ただそれだけが、なんの抵抗もなしに俺の口から出てきた。まるで口の中に違う俺が住んでいるみたいだ。思わず口を抑え、早沢を見つめた。既に十分だった。何かに我慢しないで気の進むままに行動すると、こうも気持ちがいいのか。

 

 俺は早沢の返事を待たなかった。その手を引いて、歩き出す。早沢の手も、俺の手も、あり得ないぐらいに熱を帯びていた。

 

「わ、わたしも!」

 

 息を整えながら、

 

「わたしも、ずっと……」

 

 歩幅を合わせながら、

 

「わたしもずっと、あなたのことが好きでした!」

 

 惚けた顔を見られたくなくて、俺はしばらく早沢の手を引いて歩いた。

 

 

 

 

 

 その夜の俺を、後に四宮と山本はこう言った。

 

『頬が緩みっぱなしで気持ち悪い』

  

 別に否定するつもりはない。心のなかに巣くっていた靄が一気に晴れたことが何より大きい。例えるならパンだ。パンを一気に食べてパサパサになった口内に、牛乳を流し込む。あれに似た爽快感だ。

 

「それで、成功したのか?」

 

 四宮は俺に尋ねた。俺は首を横に振る。

 

 今回のは成功も失敗もない。俺が早沢を連れ回し、言いたいことを言ってバスに戻っただけ。早沢と男女の関係になることを目的としていたなら、それは失敗だが。

 正直、どちらでもよかった。そもそも幼馴染がいる四宮と、既に彼女持ちの山本に分かってもらおうなんて思ってないし。

 



 な~んか身も心も軽くなったし……。俺と四宮と山本の3人は揃って笑みを浮かべ、頷いた。

 

 LET'S NOZOKI

 

 俺たちは今日、勇者になる……。

 

 

 

 

 

 とは言ったものの、そもそもこのホテルは男女で浴場の位置が正反対にあり、壁透視能力でもない限りNOZOKIなんて不可能だ。

 

 なので諦めて、題目を『入浴後の女子生徒を見よう』に変更した。

 

 浴場のすぐ近くに卓球台があり、浴場への出入りを確認できる。俺たち3人、卓球に汗を流しつつ汗を流し終えた婦女の姿をしかと見ようという魂胆だ。

 

 カツンカツンとボールの行き来する音が響く。同時に、四宮の潜めた声に耳を傾ける。

 

「おっ、あいつは○組の長谷川だな……。普段下ろしてる髪を纏めてる……。レアだ、一見の価値あり!」

 

 それを合図に、俺と山本が同時に振り向く。

 

 うん、見えない!

 

 卓球スペースを仕切るように張られた緑のネットが、俺たちの熱い視線を遮る天敵となった。便利だけど、今だけは理不尽に恨んでもいいよな。というか結構遠いな。目を凝らさないと誰なのかも分からん。さっきの『長谷川さん』も全くの人違いだったし。

 

「あー、神は俺たちにそんな不純行為をするなと言っているな」

 

 山本がボールを打つ。それを四宮が返す。

 

「そもそも、覗くつもりなかったけどな」

 

 マジか。四宮と山本は視線を交わし、頷く。俺はマジだったのに。

 

「てか、2対1も中途半端だな」

 

 そう言い、四宮のサービスボールに合わせた。ボールはコートを飛び越え、緑のネットに当たる。ちょうどその外側を通りかかった津川がこちらを見た。

 

「卓球やろうぜ!」

 

 誰かが言った。もしくは俺が言った。津川は目を丸くさせたが、緑のネットをくぐり台に混じった。

 ラリーの音は1時間以上続き、終わった頃には4人とも『汗まみれ』だった。

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