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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
5人目の主人公は強さの象徴らしい
33/43

33

 日曜。

 何やかんやで準決勝を突破した『商店街シューティングスターズ』は、とうとう迎えた決勝戦の、オーダー発表に移った。

 

 2番ファースト俺。

 

 今日は薬局の剤前ざいぜん三塁手が休み。一塁手の尾寺さんが、空いた三塁を守っている。

 もうこうなっては優勝を目指して、やるだけやるしかないだろう。

 

 

 

 対戦チームの『駅前ストロングゼロ』(かっこいい)は打撃特化のチームらしい。初回表に早速2点を取られたが、ピッチャーのボールは遅く、裏の攻撃で先頭打者の定規さんがセンター前にヒットを放った。ランナー一塁。さっそくチャンスじゃないか。

 

 2番、俺。四宮父のサインを見る。シュバババと早い手振りで、肩やら帽子のつばやらを触る四宮父。1つの動作も見逃すまいと、それを見つめる。やがてサインが終了すると、俺はしかと頷いた。

 

 よし、分からん。

 

「バントですよ」

 

 うわっ! 左バッターボックス付近でフワフワと浮くリエルに、思わず体が跳ねた。リエルはそれだけ伝えるとすぐに消えた。最近呼び出して無かったからか? 出たがりさんめ。

 

 取り合えず、バントか……。

 

 バットを地面と水平に、手を添え腰を落とし、目線とバットの位置を合わせる。ピッチャーのボールが遅くてよかった。俺は見事、一塁線上に弱い打球を転がし、送りバントを成功させた。まさか俺の『マスターキー』、バント◎とかじゃないよな?

 

 さて、一アウトランナー二塁でクリーンナップを迎えたわけだが、3、4、5番と連続ヒット。続く六番ショート四宮父。快音を鳴らし、打った打球は右中間を抜いた。スリーベースヒットだ!

 

 一挙に4点を挙げ逆転し、『商店街シューティングスターズ』は勢いに乗っていた。7、8番が凡打に倒れたが、皆意気揚々と『賞金30万』を口にした。これフラグ?

 

 

 

 金属音が響き、打球がショートの頭上へ飛ぶ。『駅前ストロングゼロ』の先頭打者が放ったのは、レフト前のクリーンヒットだ。ナイスバッチン。俺のところにだけは打たないでください。穴なのがバレてしまいます。

 

 2回表の攻撃。早速ヒットを打たれ、ランナー一塁。

 ピッチャーの元へボールが返り、ネクストバッターがバッターボックスに入る。

 

 「君、○○高の生徒だろ?」

 

 突然声が聞こえて、キョロキョロと周囲を伺った。先ほどヒットを放ったファーストランナーの男性が、クスクスと笑みを溢していた。

 

「は、はい。そうですけど」

 

「2年○組?」

 

 合ってる。しかしこの男性には見覚えがない。40代から50代くらいか。丸渕眼鏡に垂れ下がった目尻。一見気弱そうなサラリーマンに見えるが、肌は健康的に焼けていて、半袖のユニフォームからは鍛えられた前腕が見受けられる。

 

 怪訝な表情をした俺を見て、男性は柔和な笑みを見せた。

 

「顔は写真で見たことがあってね。しかし実際に会ってみると、聞いていた通りの子だ」

 

 そう言って、俺の全身をキャップからスパイクまでなめ回すように見る。ぼ、僕にそんな気はないですよ……? クラスに山本という奴がいるので、狙うならそいつにして下さい。

 

 ピッチャーが投球モーションに入った。リードを取る男性の言葉に、バッターを見やりながら耳を傾ける。

 

「娘がね……、楽しそうに君の話をするんだ。まあ、私じゃなくて妻になんだけど、ね」

 

 この男性も誰かの父親なのだろうか。だとすると誰のだ? 男性に尋ねようと振り向くと、既に二塁ベースへと滑り込んでいた。ピッチャーのモーションだけでなく、一番近くのファーストの注意さえ盗む、完璧な盗塁だった。さては高校野球界で盗塁王の異名を轟かせていたに違いない。

 

 

 

 快音が響いて響いて響きまくった。止まることのないそれは、ライナー性の当たりで俺をも襲う。避けるように手を出すと、ボールは運よくミットに収まった。ワ、ワンナウト!

 しかし『駅前ストロングゼロ』の猛攻は止まらず、ホームラン1本を含む計7点を返され、逆転されてしまった。

 

 だがだがその裏の攻撃。俺の送りバントから始まり、『商店街シューティングスターズ』のバットが火を吹いた。ポコポコと短打を繋ぎ、四宮父の走者一掃タイムリーツーベースでついに逆転した。

 

 もう予想できるだろうが、次の回の攻撃で『駅前ストロングゼロ』がまた逆転し、その裏の回の攻撃で『商店街シューティングスターズ』が巻き返し……。

 

 長い長いシーソーゲームの末、26対31(やりすぎ)で迎えた9回裏の攻撃。

 俺の送りバントを皮切りに、ランナーを返しつつ打線を繋げた『商店街シューティングスターズ』は、遂にツーアウト満塁でバッター6番四宮父を迎えた。

 

 フルカウントから四宮父は粘った。『駅前ストロングゼロ』のピッチャーも、取り付かれたようにストレートしか投げない。

 

 両者睨み合い、そして笑った。

 ピッチャーモーションに入った!

 

「俺たち『駅前ストロングゼロ』が初優勝を飾る! 全てを乗せたこの184球目でお前を打ち取る!」

 

 セットポジションから投球まで、2秒の出来事だった。

 

「俺は約束したんだ……。妻やチームメイト、助っ人に来てくれた翔太(四宮)とその友人(俺)、田吾作さん……。そして商店街の客に、優勝を持って帰るってな!」

 

 投球後、1秒にも満たない時間での出来事だった。

 

 ボン、と音がする。あっ、ビヨ○ド使ってるじゃん。

 

 四宮父の打った打球はグラウンドをひとつ飛び越え、場外へと消えていった。

 

 フルカウントからのお釣りなし優勝決定サヨナラ逆転満塁ホームラン(サイクルヒット)推定飛距離230メートル

 

 やりすぎ。

 

 

 

 

 

 グラウンド近くの砂浜で、40人と程がワッハワッハと騒いでいた。5月も中旬、さすがに海はまだ冷たい。しかし元気な若者(四宮父や星倉父)は海に入り、クロールで泳いでみたり潜水してウニを採ったり(違法! ダメ! ゼッタイ!)している。

 

 試合終了後、俺たち『商店街シューティングスターズ』は、準優勝チームの『駅前ストロングゼロ』の面々と合同でバーベキュー大会を開いていた。開くのはいいが、賞金の分配はいつかしらと尋ねてみると、バーベキューの食材代に消えたらしい。

 

 ある程度食べると、少し離れた場所に座ってじっと海を見ていた。

 

 

 

 『汗まみれ』。まあ、あれだけあからさまでは迷いようもない。試合終了後、たまたま見学に来ていたヌ・リーグの某チームスカウトマンが四宮父に接触していたが、

 

「俺にはまもるべきものがあるので」

 

 と断っていた。

 

 

 

 

 『強さの象徴』これがリエルの告げた5人目。最後のヒントとなる。

 遂にここまで来てしまった。後は確信を得次第『ポニーテール』として星倉七美の名を出せば、俺の『観測者』脱却まであと一歩となる。

 

 

 


 

「頑張ってたじゃん」

 

 そう言うと、早沢夕は俺の隣に腰を下ろした。

 

 『駅前ストロングゼロ』の応援団に早沢がいることは気付いていたので、特に驚きはしなかった。多分早沢父も参戦していたのだろう。

 ホットパンツ、シャツの上に薄手のパーカーを羽織り、制服やパジャマではない、初めて見る『早沢』だった。

 

「まぁ、俺はバントしかしてないけどな」

 

 絶対、俺の『マスターキー』はバント関係だった。決勝戦において、俺の送りバント成功率は100%だったし。ランナーなしでもバントしてたし。

 

 いつの間にか日も落ち始め、空は赤くなっていた。ふと横に目をやると、50メートル程先で四宮と星倉が並んで海岸線を歩いている。いい雰囲気だ、というのが見ていて分かった。

 

 早沢の不安げな眼差しが刺さる。だが、俺は四宮と星倉の動向から目が離せなかった。

 特に何をするでもない。2人はただ歩いて、話し込むと止まるの繰り返し。正確には2人の動向ではなく、『ポニーテール』の同行が気になった。今まで何の『主人公』らしさを見せなかった星倉が、今この場所、このシチュエーションで『主人公』らしさを見せるかもしれない。

 

 途中、早沢が何かを言ったが、言語として理解するには至らなかった。津川や四宮父のように、それが限定的なら俺は見逃すわけにはいかない。俺はじっと、2人の様子を見つめた。

 

 「七美のことが気になる?」

 

 それは目眩がするほど、悲痛に満ちた声だった。早沢はそう言って笑顔を作った。なぜ彼女が星倉の名を出すのか、なぜ笑うのかを、俺は痛いくらいに理解していた。

 

 気まずい沈黙を取り繕うように、早沢はパーカーのポケットからなにかを取り出す。

 

「み、見て! シュシュ! 七美から貰ったんだ」

 

 早沢は器用に髪を纏め、星倉と同じ髪型を作って見せた。それは『ポニーテール』。俺の中でなにかが弾けた。

 

 もし早沢が『主人公』だったら――。

 

 今の四宮と星倉のように、俺の知らない誰かと話して、一緒に歩いて、思い出を共有して、……将来について語り合うのだろうか。

 

 その風景を思い浮かべると、言い様のない苦しみが俺の胸を締め付けた。これ以上に辛い痛みを、俺はかつて経験したことがなかった。自分のどういう感情がそうさせるのか、ずっと前から分かっていた。

 

「やめろよ」

 

 気付いた時にはそう呟いていた。早沢はごめんと謝ると、髪をほどいた。彼女がその時どんな顔をしていたのか、見る勇気はなかった。

 

 またしばらく痛い沈黙が流れると、俺はトイレに行くと言って立ち上がった。そのまま海沿いに歩き、ついには砂浜の端まで来た。夜の暗さもあり、さっき座っていた場所は見えない。俺はその場に腰を下ろした。

 

 ポツリと名前を呟くと、リエルは現れた。一部始終を見られていたのだろう。いつものような軽口もなく、俺の言葉を待っていた。

 俺は口を開く。出したのは2人目の主人公の名前だ。

 

「正解です。2人目の主人公は『星倉七美』、おめでとうございます」

 

 ほっとしている自分がいた。早沢は主人公じゃなかった。その感情の正体がなんなのかも、俺は知っていた。それなのに胸は苦しいままだった。

 きっと『マスターキー』のせいだ。俺の感情は本物であっても、早沢のそれが本物であるとは限らない。俺は世界で唯一優遇されている。人の心を故意に動かし、自分の都合のいいように変えてしまう、俺の意識の外側で、そんな工作活動が行われていたのかもしれない。

 これはきっと、『偽り』の関係なのだ。

 

 潮の満ち引きの音が心地よかった。このまま、心に巣くう靄を海の底まで引きずり込んでくれたらいいのに。

 

 

 

 

 

 海に浮かぶ月を、ただ呆然と見つめていた。バーベキューをしていた辺りでは、小さな光が点滅を繰り返している。花火でもしているのだろう。ふと、足音が近付いてきた。確率は2分の1だ。四宮か、星倉か。

 

 暗闇から彼女は姿を表した。星倉七美は呆れたように笑った。


「夕に何か言ったの? すごく落ち込んでたよ」

 

 俺は反応を示さなかった。星倉は次いで口を開いた。

 

「『諦める』だってさ。誰に遠慮してると思う?」

 

 その皮肉を込めた言葉が、俺の耳に突き刺さった。早沢は勘違いをしている、その兆候は出ていたし、気付いてもいた。けれど、『マスターキー』の存在が、俺の言動を著しく制限した。

 

 言えるはずがない。「君の心は俺が作り出した」と。

 「そこに君の意識は介入していない」と言えたらどれだけ楽だろうか。言ってしまえば、この胸の苦しみもきれいになくなるに違いない。


「一応言っとくけどわたし、あなたのこと好きじゃないよ? 友達としては好きだけど」

 

 分かっている。俺だって星倉に異性としての好意は抱いていない。俺の中での星倉は、『早沢の友人』というカテゴリだ。

 

「わたし、ずっと1人のことしか見てないから」

 

 分かっている。それが誰なのか、見ていたら誰でも分かる。

 

 きっと端から見たら彼女も――。

 気付いていない人などいない。俺だけが気付かないフリをしていただけだった。

 

「時間が欲しい」

 

 そう言うと立ち上がり、星倉と並んで花火に混じった。早沢は先に帰ったらしい。星倉がそう言った。

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