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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
1人目の主人公は戦闘狂らしい
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 担任教師の簡単な新年の挨拶と今日の流れの伝達が終わると、クラスメイトたちの息を抜く音が聞こえてくる。


 窓際一番後ろの席。絶好の場所に腰を下ろしているのは、何を隠そう今朝主人公の1人だと見知らぬ天使にカミングアウトされた、可愛そうな俺である。


 さて、あのピンク女子生徒を見て、クラスメイトにも何かしらの変化があるのではないかとドキドキしていたが、予感は見事に的中した。


 朝電車で見たあのピンク女子生徒、なんとこのクラスの委員長だった。


 確かに委員長とはたまに同じ電車に居合わせることがあったし、急激な髪色の変化に俺の記憶力がついていけなかったのが、気付かなかった要因だろう。

 そもそも『急激な髪色の変化』というのが、そうそう日常的に起こりうるものではない。黒から金とか、金からグレーとか、それでも十分急激な変化だといえるだろうが、まさか黒からピンクと来た日にはまったくの別人だという判断も致し方ないといえる。

 俺の記憶に壮絶な爪あとを残したあの女子生徒がまさか、一年間共に学んできた生徒だったとは。神様は一体どれだけ試練好きなのかしら。


 もちろん、クラスメイトは委員長の変化には気がついていない。気にしていないというべきか。なぜなら彼ら彼女らにとって、委員長の髪色は至極当然なものなのだから。「髪染めたー? (ピンクに)」「うん染めたよ(ピンクに)」なんて会話もない。今日昨日の話ではないのだ。


 しかし目立つな。


 教室に入って真っ先に目に入るピンク。担任の話の最中、視界の端でなびくピンク。クラスを代表して教壇に立ち、クラスメイトに今年の抱負を語ったピンク。話し合いでクラス委員長を決めなければならなかったが、多数決という数の暴力により会議さえさせてもらえず、しかしまんざらでもない様子のピンク。


 一年間慣れ親しんできたかといわれると、首を傾げて返答に困る程度に慣れ親しんできた真面目な委員長が、よもや二十一世紀初頭のギャルですら挑戦するものは少なかったであろう、奇想天外派手奇抜な髪色で登場するとは思いもしなかったが、そう感じているのはもちろん俺だけ。なかなか寂しく感じるもんだ。


 担任との打ち合わせが終わった委員長は、まずこちらに足を運び、


「今日電車一緒だったね。なんか仏頂面で独り言言ってたけど大丈夫?」


 と、本気で心配しているようだった。

 独り言……、ああリエルは他人には見えないのか。便利な設定ではあるが同時に不便でもある。


「まあ、大丈夫」


 適当に返答すると委員長は、よかった、と友人のもとへと足を進める。彼女と入れ違いに、1人の男子生徒がやってきた。


「そういや今日転校生がくるらしいじゃん」


 誰だ、と机に射した人影の主を見た。


「なんだ四宮か」


 ああ、よかった。数少ない、どこにでもいそうな普通の友人。いつも通りどこにでもいそうな顔を不機嫌そうに歪め、その厚ぼったい唇を開閉させる。


「おぉっ、何だよいきなり睨むなよ」


「しょうがないだろ」


 一夜明けたら俺だけ感性がずれているなんて状況、目つきが悪くなるぐらいしょうがないだろ。を簡潔にまとめたしょうがないだろ。省略しないとおかしい奴だと思われるからしょうがないだろ。


「ん? 転校生? そんな話あったっけ」


「ああ、お前ちょっと来るの遅かったからな。朝はその話で持ち切りだったぜ。なんでも超カワイイ帰国子女らしいって」


「帰国子女?」


 帰国子女という単語から、金髪貧乳な少女を思い浮かべるあたり、俺の感性は元から狂っているのだろうか。

 四宮はうんうんと頷く。


「しかもお金持ち! テンション上がるぜ!」


 そう言う四宮はいつになく嬉しそうだ。先月仲間内で開いた四宮の誕生日パーティーよりも嬉しそうだ。


「ふーん」


 興味なさげだな、と吐く四宮には悪いが、今の俺の興味は神とか主人公とかリエルとか、そちらのほうに注がれている。むしろ他の事を考えるだけの余裕が残っていない。普段どおりの皮を被ってはいるが、内心もう帰りたい。帰って部屋に閉じこもって布団に包まっていつの間にか眠りたい。


 と、ここで一次限目の始業を告げるチャイムが鳴った。四宮は「まずは原崎か」とだけ呟くと自分の席へと帰っていく。ちなみに原崎(独身)はこのクラスの担任教師で、二学年数クラスの物理を受け持っている。

 ホームルーム後、一旦職員室に戻って、準備をして、そのせいだろうか。原崎はチャイムが鳴っても教室に姿を現さなかった。といっても、一分もしないうちに教室のドアががらりと開かれ、原崎はクラス内を見回しながら教卓の後ろに立った。桃色委員長の声にあわせて、『開業の辞』を行う。


 平和だ、普通だ、これでいい。


 主人公とかヒロインとか、転校生だってそんなの俺には関係ない。神様が与えてくれたらしいこのポジションも、俺が行動をしないことには何のイベントも起こらないだろう。だってほら、ヤレヤレ系の主人公でも、結局自分から行動してヒロインとの距離を縮めてるじゃん?

 決めた、俺は何もしない。動かざる事山の如し、だ。


 しかし神様は本当にどこまでも残酷らしい。


 原崎は何かモゴモゴとしゃべり、教室の外に出る。

 何してんだ? と視線を移し、俺は見てしまった。廊下側の窓、二つの影が見える。ひとつは原崎のもの、そしてもうひとつは転校生のものだろう。すりガラスでぼやけているものの、そのシルエットの色合いに、怪しげな箇所を見つけたのだ。


 誰かが言っていた。転校生というのは学園ものの漫画や小説で、一種のセオリーだと。

 確かに、学園が舞台となる物語では必ずといっていいほど転校生の存在があり、大抵、ヒロインか準主人公、また転校生が主人公というパターンもある。正直ここからの記憶は曖昧だ。


 がらりと開くドア。

 原崎の後ろを歩く女子生徒。

 男子の気色悪い盛り上がり方、女子の真意が読めないカワイー!


 本来この転校生を見て真っ先に呟くべき言葉はこうだ。


「ありえない」


 もちろん、俺の他にそんな反応を見せた生徒はいない。もう五文字呟くので精一杯だった。


 原崎に席を紹介された転校生はつかつかと歩き、その途中一瞬だけ目が合った。白に近い銀色の髪を背中あたりまで伸ばし、赤っぽく光る瞳をこちらに向ける。


 見るからに重要なポジションの女子生徒がそこにいた。


 時間が激流のように流れ、次に気がついたのは一次限目終了のチャイムが響いたときだった。

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