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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
5人目の主人公は強さの象徴らしい
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 あいにくの雨模様だった。

 あと1ヶ月もすれば梅雨の時期になるのだから、それまで1日でも多くの晴れ空を見せてくれてもいいと思うが、しかし雨の日にのみ起こるイベントというのもある。

 例えば雨宿り。突然の大雨に、適当な軒先を借りて雨を凌ぐ。鬱々とした靄の中、同じように飛び込んできた人にときめきを感じれば、心には澄んだ青空が広がるのではないだろうか。

 例えば相合い傘。または愛々傘。傘の多くは人1人が入ることを想定して作られており、その下に2人が収まって互いに濡れない、なんて余程傘が大きいか、彼ら彼女らが小さいかしないと不可能だ。となると、どちらかが体に雨を受ける役を買って出ないといけない。しかし果たして『濡れ側』は寒さを感じるだろうか。きっと身体的なそれを、精神的な温かさが覆い包み、雨に濡れていることさえ忘れてしまうだろう。

 一口に雨といっても、背景や時間帯によって見え方はまったく異なってくる。冬の夜の雨を鬱に捉える人もいれば、神秘的な煌めきに心を打つ人もいる。梅雨の雨に嫌気が差す人もいれば、喜び崇める人もいる。

 いい意味でも、悪い意味でも、雨には多くの人の心を動かす力があるのだ。

 

 

 

 何が言いたいかというと、俺は雨が好きだ。突然の大雨は特に好きだ。雨が降りそうだと察した朝は、鞄に折り畳み傘を2本忍ばせ、来るイベントに備えるのだ。

 雨の喜びを知りやがって! 雨、サイコーッ!

 

 

 


 

 手紙は確かに、千々寺舞から送られたものと同一だった。ただ1つ決定的な違いは、差出人の名前がしっかり書かれていること。

 俺は便箋に目を通し、首を傾げた。

 

『文芸部の部室に来てね♪ 星倉七美』

 

 この時点で嫌な予感しかしなかった。あのポニーテールは忍者の末裔で、どこかの国のエリート諜報員の生まれ変わりでもある。絶対に何が企んでる。

 しかし俺は文芸部へ向かっていた。分かっていたのかもしれない。彼女が俺と接触するときは、決まって目的があるということに。

 

 扉をノックする。聞き慣れた声が返ってきた。

 

 やはりか……。部室にいた星倉……ではなく、早沢夕は目を丸くして俺を見た。

 

「あ、あれ? 七美は?」

 

 俺の背後に視線を動かし、やがて顔を伏せた。直後、俺の携帯電話がメールの受信を告げた。

 

『ごめん! 店の手伝いで急遽帰ったの! わたしの代わりに夕とショッピングに行ってあげて!』

 

 ポニーテールからのメールに、今度は俺が肩を落とす。次いでまた電子音が鳴った。

 

『荷物持ち♪』

 

 そうやって俺の退路を塞ぐのだ。きっと彼女は将来、心理学者にでもなればいい。

 

 結局、この部室に入った時点で逃げることはできない。まさか早沢に「1人で行ってくれ」と断って帰る冷酷さを俺は持っていなかった。もし少しでも持っていたなら、一切の面倒事にも巻き込まれずに済んだに違いない。ぜひ、次のクリスマスプレゼントにしてもらおう。

 

 さて、行くとなれば早めに行かないといけない。今日は午後から降り出す予定だ。雨は好きだが、雨の中を歩くのは好きではない。荷物を纏める早沢に行き先を問うと、なんの因果か例のブティックだった。

 


 既に雨は降り出していた。といっても、雨粒が皮膚に触れてようやくそうだとわかる程度だが。

 鞄から折り畳み傘を取り出すと、空に向けて広げた。そのまま早沢を見やると、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「傘、持ってきてないのか?」


 早沢は小さく頷く。しょうがないな、鞄からもう1つ傘を取り出すと、早沢に渡した。持っててよかった、わざわざ鞄の容量を圧迫した甲斐があった。

 

 

 

 雨の中に傘が2つ、しばらく並んで歩いた。会話はない。ちらりと早沢を見ると、首元でチェーンが光を反射した。校則違反。

 それにさっきから、早沢は俺の様子を伺っている。隙を見つけるような、呼吸を探るような……。

 取り合えず、『隙』を作ってみる。

 

「あー、いい天気だな」

 

 冗談ではない。これが俺の作りうる最高品位の隙なのだ。これで精一杯。しかし不思議と、雨の中ではどんな言葉も意味をもって聞こえてしまう。雨には人の心を動かす力があるのだ。

 

 早沢はしばらく不思議そうな顔で俺を見た。正確には、不思議な奴を見る顔で、か。ペンダントのトップを握り、口を開いたり閉じたり開いたりしてる。

 それから紡いだ言葉は、短いものだった。

 

「あのさ、あんたの」

 

 言いかけてやめた。早沢は何かから隠れるように歩幅を調整する。

 早沢の位置、俺の位置から、その隠れたい先へ視線を移す。道路の向こう側、シャッターの閉まった店の軒先で、雨宿りをする女子生徒、同じ制服、1年生の時に同じクラスだった奴だ。携帯電話に夢中でこちらには気付いていない。手に傘は持っていない。

 

 しばらく歩くと、早沢はため息と一緒に胸を撫で下ろした。なんだ? そんなに俺と一緒にいるところを見られたくなかったのか? 泣いちゃうぞ。

 ややあって、早沢は呆れ気味に呟いた。

 

「わたしが嫌なのよ」

 

 その言葉の真意を探る前に、目的のブティックへと着いてしまった。憂鬱だ。また俺はあの店員のカモにされてしまうのだろうか。

 

 

 

 

 やはり軽い口調の店員に捕まった俺をよそに、早沢は貴金属に目を通し始めた。何でも、誕生日プレゼントのお返しがしたいらしい。

 俺の誕生日は4月4日。4が続く上に春休み期間中で誰からも祝われない、バットバースデーだ。そんな俺を気遣ってか、はたまた1年後が待てないせっかちさんか。

 いいと断ったのに「借りは返さないと気がすまない」と言って聞く耳を持たない。店員の催眠術風話術に対抗している内に、早沢は会計を済ませた。店外に出てすぐにそれを取り出すと、俺に差し出した。

 

 それはペンダント、俺が早沢に渡したものと同じ構造だった。ペンダントトップは……とうもろこし?

 着色がされておらず、シルバー1色のそれは、粒を食べ終えたとうもろこしに見えた。でかい耳掻きといい、早沢のセンスは俺とはズレているらしい。

 

 聞いてみても、「知らない、デザインがいい」。それにどのタイミングで着けるのか。早沢はどうも登校から下校まで着けているようだが、真面目な俺に校則を犯すことは出来ない。遅刻がギリギリ上限一杯。

 しかし早沢は期待の眼差しで俺を見た。屈した俺は、おずおずと首の後ろに手を回す。着け終わると、ブティックのガラスに向かってポージングをとってみた。……やっぱ、ブレザーにペンダントは合わないな。

 

「ありがとな」

 

 そう言うと、早沢は鼻を鳴らした。

 

「次のプレゼントに期待してるね」

 

 

 

 さて買い物も済ませたし、帰ろうかしらと傘立てを探った。……な、ない! 確かに置いたはずの傘がない! 

 傘は天下の回りものと言うが、回してる連中でコミュニティでも作って、その中で回してくれればいいのに。これだから雨は嫌いなんだ。

 仕方がない。もう一方の傘を手に取り、早沢に目線を送る。雨足は先程と変わらない。粒の細かい雨だ。

 

 小さな折り畳み傘を開く。思っていたよりも平べったく、2人入れないこともない。だか確実に、2人入るには窮屈だ。俺は傘を早沢に被せた。そうやって彼女の全身をしっかり防いだところで、隙間に潜るようにして入る。

 ここで傘を明け渡して、走って帰ったなら最高に格好いいのだろうが、距離からして、俺が駅に着くより早沢の家に着く方が早い。 

 

 

 

 

 

 小雨を弾く傘が1つ。水色の折り畳み傘の中で、『濡れ側』となって柄を持つ男子生徒と、肩をすぼめて出来るだけ男子生徒が濡れないよう、体を縮こめている女子生徒。果たして2人は交際している訳でもなく、友人関係にもない。

 

 女子生徒は栗色の瞳を見開くと、右前方を指さした。

 

「見て、きれい!」

 

 この場所は彼女宅の目の前にある公園で、その端を詰めるように、紫色の花が咲いていた。

 

「えっと、リナリアかな」

 

 よく見かけるようで、名も知らない花だ。初めて聞いた名に、男子生徒はまじまじと『リナリア』を見つめた。アザレアと比べて存在感を訴えるような派手さはない。そう感じるのは、まだ咲き始めで花弁が小さいからだろう。雨つゆに濡れ、頭を垂れるようにして咲いていた。

 





 女子生徒は目的を果たせていなかった。たった一言が出ず、喉の奥に戻ってしまう。だが、今はそれでいいと思った。明日になれば雨は止み、今日の出来事が慣行ではなく偶合だと気付く。

 それなら、今この瞬間を思い出として持ち帰ろう。

 すぐそこに彼がいるのに、彼女にとってその距離は果てしなく遠かった。

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