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なんやかんやあって、俺は千々寺家から抜け出すのに成功した。
しかし外に出たあたりで、果たして如何なる移動手段を用いて自宅まで30キロあまりの道を帰ったものかと考えあぐねていた。時刻は18時。乗って来た車は2台とも役割を終えたように姿を消している。残っているものと言えば、散ったアザレアの花びらぐらいか。アスファルトの灰色も相まって、散ってなお燦然としていた。
そもそも千々寺家の敷地の広さに故に、一般道までの長い長い道のりを歩かなければならないことが一番の難点だった。いっそのことまたあの空間に入って、空を飛んで帰ろうか。いややはり、むやみやたらと侵入するのはよくないと思考が右往左往していると、音を立てて開いたのは、正面を向いて左側に位置するガレージのシャッターだった。その中から乗り覚えのある車が1台、存在感を凛と放ちながら、車輪を駆動させた。リトラクタブルヘッドライト(調べた)から放たれる光が、夕焼けに割って入って俺を照らした。
驚くことに、運転手は見覚えのある男性だった。名を大倉井重近、『リベレート日本支部会長』の地位にある、筋骨隆々の老人だ。
大倉井は俺の前で車を止めると、親指で助手席を指した。一礼をし、そのシートに腰を下ろす。大倉井は車を走らせながら、思い出すように語り始めた。
大倉井重近は千々寺舞の祖父である。大倉井の姓は婿入り前の姓。『リベレート』関係者の前では大倉井で名乗るそうだ。
千々寺は『リベレート』のことを知らない。悪魔のことも、同じ学校の生徒が命を賭して戦っていることも。俺だって、天使に丁寧な説明を受けて実際に戦場となる空間に入った後でも、しばらくは世界を疑っていた。それまでごく普通の生活を送ってきた少女に、それを伝えるのはあまりに酷だ。
そして大倉井は何故か頭を下げた。千々寺の両親は海外で企業を運営しており、1年に数回しか帰ってこない。大倉井と使用人が彼女の親代わりとして接してきたが、千々寺は思春期に入ると、脆い内面を覆い隠すように棘のある表皮を纏ってしまったという。本当は思いやりのある子なんだと笑った。
否定はしなかった。どちらともに頷いた。千々寺は嫌な奴だが、それが自己中心的な思考の元でなく、友人を思っての行動だと分かっているので、湧いた文句も出す気にはならなかった。
むしろ彼女を『苦労していない』と称したことを、反省した。
なんやかんなあって家に着いた。大倉井がなぜ俺の家を知っているのかは、おそらく聞かないほうが幸せなのだろう。
相変わらずの土曜日だ。来週には何をしていたのかさえ覚えていないだろう。明日もこんな何にもない、幸せな日常を過ごせると思うと、オラわくわくすっぞ~!
まず飛び込んできたのは青い髪のポニーテールだった。そんなはずはない。ここは俺の聖域。例え何者でも侵入することは許されないのだ。
……なるほど。これは夢の続きに違いない。確か幼馴染が毎朝起こしに来るというシチュエーションだった。
いいなぁ、幼馴染。俺には幼馴染も妹も許嫁も、幼い頃に『ザクシャインラブ』を誓い合った相手もいない。それなのに両親は海外へ転勤する兆しもない。
幸せは夢の中で……、ということで、二度寝に移ろうと寝返りをうつと、朝っぱらから見たくもない男の顔が視界を占領した。名を四宮。どこにでもいる普通の男だ。
「早く起きろ! ダイヤモンドが俺たちを待っている!」
炭鉱への出稼ぎなら1人で行ってくれ。と、言いたいところだが、ああなるほど、今日は野球の試合だったか。学園ものに野球回は鉄板だが、本当に取り入れなくてもいいだろう。それに俺は早沢の誕生日パーリィへと赴いた。『パーリィ』と『野球』寸でのところで『パーリィ』を選んだわけだ。選択方式は2択。どちらか一方を選べばどちらか一方が落ちて無くなるのは至極当然のこと。
な~んて言い訳が通ずる訳もなく、俺と星倉と四宮はこうして、エナメルバッグを肩に自転車を走らせるのでした。
「てか、なんで2人が一緒にいるんだ?」
星倉と四宮は珍しい組み合わせだ。クラスも違えばタイプも違う。四宮に合いそうなタイプといえば、もっとこうチャラチャラキャピキャピした『ギャル系』じゃないか? スポーツ少女星倉七美とは正反対の位置だ。果たして、四宮と星倉の声の揃った回答は、俺の鼓膜と視界を全力で震わせた。
「だって、幼馴染だし」
お、お、おさ、幼馴染!?
てめ……、この裏切り者っ! しかも四宮、確か1つ下の妹がいたよな!? 社会人の姉もいた! 許嫁は? どこに隠れてやがる!?
俺も『ザクシャインラブ』してぇ~!
「ん? てことは2人は同じ地区だよな? 当然。じゃなんで俺と星倉が通学路で会うんだ?」
「あ、ああ! ほら、陸上部だし、走ってるんだよね、朝!」
倒置法でしどろもどろの説明……、なにか企んでいたに違いない。星倉は逃げるように、四宮の背中を叩いた(二人乗り)。競馬か。
大会内容を確認すると、市内16チームによるトーナメント方式。1日に1試合ずつ、決勝準決勝のみ1日に纏めて行われる計4週間のロングスケジュールだ。ちなみに敗退したチームは、空いた時間空いたグラウンドでチームごちゃ混ぜの練習試合。人手が足りなければボールボーイに繰り出される。
1チームは成人男性8人以上、総人数11人以上20人以下で構成され、オーダー表の提出、ウグイス嬢の起用、外部から審判を雇い、使用するボールは統一球と、地区対抗野球大会にしては随分本格的な大会になっている。
それもそのはず、この大会を主催しているのは何を隠そう千々寺家。優勝チームには賞金30万円とビール1年分が贈呈される。
さて、金に目が眩んだ我々『商店街シューティングスターズ』、運命の1回戦オーダー発表だ。順々に守備位置と名前が呼ばれていき、返事を返す。
ちなみにこのチームのキャプテンは四宮父。何度か会ったことがあり、商店街にて果物店を経営しているが、その体に果物らしさはない。精肉店の方がしっくりくる。体型については想像に任せよう。決して細身ではない。
副キャプテンは星倉父。つなぎからユニフォームに着替え、魚ではなくグラブを捌く。両チームが整列し、頭を下げる。サイレンが鳴った! プレイボール!
もしや俺の『マスターキー』で秘めたる才能を発揮するかと思いきや、俺の守備位置はベンチ前。攻撃時にはメガホン片手に、『片瀬片瀬』と声を出す。
同じく補欠の四宮は、既に慣れたと笑みを浮かべた。
人数合わせなら俺でなく、こけしでもよかったろうに。
試合は『商店街シューティングスターズ』が大差をつけた状態で、5回裏の攻撃を迎えた。
後半へ続く――――。




