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連絡先を交換したその日の夜、早速猫井からメッセージが届いた。以下は俺と猫井のやり取りの一部である。
<『今日はありがとうごさいました』
<『(スタンプ)』
『(スタンプ)』>
<『色々言ってすみませんでした』
『(スタンプ)』>
『そういえば』>
『あんな遅い時間に学校行くなよ』>
<『?』
『危ないし』>
<『?』
『(スタンプ)』>
<『(スタンプ)』
俺はあの日、ミケと出会った夜、確かに女子生徒の影を見た。てっきりあの影は、ミケを探すために学校へ侵入した猫井だとばかり思っていた。
しかし猫井は、そんな時間に学校へ行く訳ないと笑った。
ミケでもなく、猫井でもなく……。
あの影は一体何だったのだろうか。
俺はこれ以上何も考えず、静かに眠りについた。
翌日の昼休み、クラスメイトに「1年生の女の子が呼んでる」と言伝てを受け、教室前の廊下へ向かった。いたのは猫井だ。手には何やら紙袋を持っている。まさか昨日のお礼に手土産を持ってきてくれたのか? 随分思慮深いな。そういうところ、大事にしていこうぜ。
「違います」
はっきりと切り捨てられた。猫井は紙袋を押し付けるように、俺に持たせた。
「夕先輩へのプレゼントです。わたしからと言って渡してください」
ああ、そうだったな。早沢、たんおめ! いやー、君はいい友達を持った! 明るくて人気者の星倉。金髪。根は優しい猫井。この3人から祝われる誕生日はさぞ嬉しいだろう。俺も草葉の陰からお前の誕生日を……ん?
「ちょっと待て、なんで俺がこれを?」
「今日はミケのお葬式なので。もう夕先輩には伝えてあります」
いやー、厳しい! 辛酸を嘗めるとはまさにこのことだ。
それだけ伝えると、猫井は廊下をとんでもない速度で走り去った。取り残された俺は、取り合えず紙袋の中を覗く。何これ……、でかい耳掻き?
謎の物体の正体は分からないままで、とうとう放課後になってしまった。どうしようか。なんなら今から早沢のいるクラスに行って、直接渡そうか。もしくは下駄箱に押し込むか。
……いっそ、行かない、という手もある。
そもそも俺は、開催地である千々寺家を知らない(知ってる)。場所が分からないんじゃ、行きようがない(なんとなく覚えてる)。
プレゼントは……、早沢の自宅にお届けしようか。うんそうしよう! そうなると、文芸部に見つからないよう帰路につく必要がある。問題は星倉だ。彼女はどうも俺の背後に現れる。きっと忍者の末裔だ。
そうと決まればさあ帰ろう、と教室の扉を開けると、そこは既に星倉七美の守備範囲だった。アウトーッ!
首根っこを掴まれた猫のように、俺はとぼとぼと星倉の後ろを歩いていた。手には謎の紙袋。早沢はこのでかい耳掻きを貰って喜ぶのだろうか。疑問だ。
今俺と星倉が向かっているのは、学校近くにあるショッピングモールの一店、ブティックだ。どうやら星倉は俺に早沢へのプレゼントを買わせたいらしい。俺にはでかい耳掻きがあるのに……。
「あの、わたくしのお財布は極薄なんですが」
内容物は英世が2枚、銅がジャラジャラ。レシートと割引券で厚さのかさ増しされた、貧相な財布である。駄菓子ならともかく、ブティックの販売品ともなると購入に勇気を要する。
「大丈夫、出世払いでいいよ! トイチで!」
星倉はそう言って、指でお金マークを作った。がめつい奴やで……。
さて、品選定だが、正直俺は早沢の好みもプレゼントの選び方も分からない。出来ることといえばラッピングぐらいか。星倉は店内の散策を始め、俺はさも『この雰囲気に慣れてる』雰囲気を醸しつつ、店内をさ迷う。しかしすぐに店員に見つかってしまった。
「いらっしゃいませ~。何をお探しですかぁ~?」
間の延びた言葉、俺が最も苦手なことの1つに、『店内で店員に話しかけられる』がある。こういった店員は誉め殺しや印象操作を駆使してあの手この手で商品を買わせようとしてくるのだ。(個人の感想です)そして俺はその度に、店員の巧みな話術によって必要のないものまで買ってしまう。
「えっと、誕生日のプレゼントを……」
「恋人さんですかぁ~? ご友人ですかぁ~?」
「恋人でもご友人でもないです」
店員さんも思わず苦笑を浮かべるが、そこはプロ。果たして対こういう客のマニュアルでも存在するのか。流れるような言葉運びと体運びで、あっという間に俺を高そうな貴金属が並ぶ、いかにもプレゼントに相応しそうなコーナーへと連れて行った。
「こちらなんかいかがでしょう~?」
店員さんが指差すのは、細いチェーンのペンダントだった。トップはピンクと白を基調にした花形。フォルムだけ見るとレタスだが、そんなはずない。
「これはアザレアってお花をモチーフにしたペンダントでぇ~、今が丁度開花の季節なんですよぉ~」
「じゃあそれで」
二つ返事でOKした。素人目にはアザレアもレタスも同じに見える。それに値段も丁度いい。財布の隙間に隠していた諭吉先生を出した。これでお釣りがくる。それにこういうプレゼントは、同じ値段のものが返ってくると考えていい。チョコレートと同じだな。しかし当分は禁欲生活が続きそうだ。
ブティックを後にした俺たちは、今度こそ千々寺家を目指す――と言っても、千々寺家の使用人がこの店まで迎えに来てくれるらしい。
数分も待てば迎えの車が来た。俺はその車に見覚えがあった。その運転手、目に傷がある男にも見覚えがあった。
車は計2台到着。1人につき1台というVIP対応だ。後から来た車は金髪の美人さんがハンドルを握っていた。さ、僕はあちらに乗り込みますかと一歩踏み出すと、
「お前はこっちだ」
傷の男の低い声。嫌々乗り込み、2台の車は千々寺家に向かって走り出した。俺は無事、千々寺家に着くことが出来るだろうか……。
俺と傷の男との会話は、思っていたよりも和やかなものだった。俺が忽然と姿を消したトリックに興味津々らしい。強いて言うなら、トリックなんてない。種も仕掛けもなく、単純に、俺の『右手』がおかしくなっているのだ。
「マジシャンにトリックを聞くなんて、ナンセンスですよ」
テキトーにそう言ってみると、うんうんと頷き納得している様子だった。
「だいたい逃げなくても、お嬢様の目を盗んで学校に送り届けるつもりだったのによ」
そもそも俺が行かなくても、『お嬢様』のおかげですっかりすっきり解決していたしな。
お嬢様万歳! お嬢様ステキ!
なんて会話をしている内に、千々寺家に着いてしまった。星倉が乗った車は既に到着しており、傷の男はその後ろに車を停止させた。
さあ、これから俺にとって命懸けの『生誕祭』が幕を開ける。
ポケットから仮面を取り出すと、ゆっくりと装着した。
使用人に案内され、部屋へ通される。手にはアザレアのペンダント、紙袋に入ったでかい耳掻き。テーブルには10種類あまりのスウィーツと、片腕ぐらいの大きさがあるケーキ。既にパーリィは始まっているらしく、室内には早沢、星倉、千々寺と、何人かの女性使用人。俺が扉を開けると、彼女らは総じて迎え入れてくれた。……奇態なものを見る目で。
この部屋にいる誰もが『仮装』などしておらず、むしろドレスコードでも設けられているのか? ぐらいに正装だった。1人、視界の隅で笑いを堪える星倉だけが、状況を理解していた。次いで俺も察する。
奇妙だとは思ったんだ。星倉からの連絡で、服装をスーツに指定された。果たして俺はサラリーマンの仮装でもさせられるのかと疑問に思ったが、思えばそれは星倉の最後の良心だったに違いない。
……しかし、俺はこの仮面を取るつもりはない。取るわけにはいかないのだ。
「東郷さん!」
目を輝かせる千々寺は、俺のことを不良から救ってくれた恩人(feat.赤坂)だと思っている。もしここで正体がばれたら……。実際に彼女が実力を行使すると分かって、俺は命の危険までを感じている。箸が転ぶと怒るではない。あの金髪は箸があるだけで怒るのだ。
だとすると、俺のミッションは3つ。
①千々寺に正体をばらさず
②早沢にプレゼントを渡し
③颯爽と立ち去る
さすがにプレゼントさえ渡せば、星倉も大人しく帰してくれるはず。
加えて、この空間は駄目だ。人数を数えると、女性が計8人。スウィーツも相まって、とにかくいい匂い。立っているだけで頭がおかしくなる。この空間に留まっていては、俺の鼻が外の排気にまみれた臭いを受け付けなくなってしまい、生活に支障が出てしまう。
接近する千々寺を嗜めると、俺はまっすぐに早沢のもとへ詰め寄り、その手を引いた。
「あっ……」
後に星倉は語った。俺のこの時の行動は、一般的に言う『大胆』だったと。
しかしその時の俺はむしろ消極性を追い求めていた。いかにこの空間を脱するかだけを考えていた。匂いによって、思考回路が麻痺していたと言ってもいい。匂いは違法薬物に等しい。大脳辺縁系という大脳の一部にダイレクトに届けられ、薬物を接種した際の『感情の昂り=ハイ』と類似した効果を生み出すという。
以上の点を踏まえると、俺のこの行動は『匂いによって操られた結果』だと判断できる。
従って、俺は『大胆系主人公』ではない。それが言いたかった。
とっくに手は放していたが、早沢は着いてきてくれた。しかし俺はどこに向かっているのやら。
実はここまで、俺と星倉の作戦通りだったりする。早沢を部屋から連れ出し、その隙に室内を模様替えしてサプライズドッキリを仕掛けるというものだ。もっとも、部屋を連れ出すタイミングはもう30分は遅く、連れ出し人も本当は俺ではなく使用人の1人だったが。仕方ない、サプライズにトラブルは付き物だからな。
俺の早退というサプライズもお見舞いしてやる。
さて、何も考えずに飛び出したが、どうしようかしら。このへんてつもない廊下で渡してしまうか……、しかしそれでは俺の諭吉先生がかわいそうだ。ふと目の前に、開け放たれた扉を見つけた。よく晴れた夕焼け空が覗いていることから、おそらくベランダだろう。
柔らかい芝生に降りた。おお、ここはいい。まさにいい雰囲気の場所だ。こんな場所を見つけるなんて、俺は超高校級の幸運に違いない。
それに……。
ベランダの柵に沿うように並べられた、白とピンクの花。色の混じったものから、染めたように鮮やかなピンク色のもの。
思わず見とれてしまった、その花はアザレア。
ベランダを彩り、甘い匂いが鼻をくすぐる。
これも匂いのせいだ。鼓動は遅く、落ち着いているのに、吐きそうなぐらい緊張していた。
思い出したように、持っていた2つを左右の手に分けた。左手に持った紙袋を渡す。猫井からだと伝えると、早沢は「欲しかったんだぁ」と紙袋を抱き締めた。でかい耳掻きがそんなに欲しかったのか。
「で、これが俺から」
差し出す。そんなつもりはなかったのに、早沢の反応をじっと伺った。
早沢はそれを取り出すと、すぐに着けようとした。だが猫井の紙袋を持ったままでは上手くいかないようだ。下に置けばいいのに、しかし彼女は絶対にそうしないだろうと、なぜか予想できた。
早沢の背中へまわり、チェーンの端を取る。着けやすいようにと早沢は髪を上げた。うなじが露になり、思わず声が出た。きっと早沢には聞こえない、俺の耳にも届かないくらい小さな声だった。
胸元に来たアザレアのペンダントトップが、夕日を浴びて光った。
「ありがとう」
あまりに眩しくて、俺は早沢から目を逸らした。




