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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
4人目の主人公は汗まみれらしい
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 放課後になると、俺は例の教室へと猫井を呼んだ。猫井はちゃんと来た。当然か、猫井に声をかけたのは委員長なのだから。俺が声をかけても話さえ聞いてもらえなかっただろう。


 教室に入るなり猫井はすぐさま方向転換し、俺に背を向けた。しかし俺が『ミケ』という単語を出すと、立ち止まり、俺を睨み付けた。


 どうにかして、猫井に自分の嘘を認めさせる。それは残酷なことだ。掘り返されたくない過去を掘り返し、見たくない現実を見せる。

 猫井はミケの姿が見え、声が聞ける。まず俺はその証明をした。俺たちと猫井が会ったあの一幕で、綻びはいくつも生じていた。

 ミケの発した言葉を引用した、猫井の返答。

 退室後、教室に残ったミケに対する気遣い。

 また、扉が閉まる際に反応を示さなかったこと。

 

 特にミケの声が聞こえていないと出来ない返答、あの時猫井は、委員長のしつこい説得に怒りをあらわにしていた。結果、我を忘れて思わず口を滑らせたのだろう。

 

 猫井は俺の言葉をじっと聞いていた。目には涙を溜めて、肩を小刻みに震わせながら、そして俺が猫井の嘘を暴き終えると、顔を上げ、首を横に振った。俺は考えた。猫井がこうまで頑なに、ミケのことを『見えないフリ』する理由。猫井が教室で行っていたことの正体。

 

「認めるのが怖いのか?」

 

 猫井は俺に掴みかかった。掴みかかっただけだ。揺さぶるでも、壁に押し付けるでもない。シャツを掴む手の震えが、薄い胸板にダイレクトで伝わってくる。

 

 ミケが見えることを認める……、それはつまり、ミケの死を認めるということだ。その生を信じて、帰りを待っていた少女に対して、それはあまりにも残酷な証明だった。

 

 猫井は下から、俺に視線を向ける。敵意と、怒りと、僅かにだが期待の色を感じた。まさにそれは俺の都合に合わせた解釈かもしれない。だが猫井は現に、俺の言葉を待った。

 

「ミケが屋上で待ってる」

 

 シンプルに、そう伝えた。猫井の表情から見るに、明らかに動揺している。口を結び、視線は俺と虚空とを行き来していた。

 

 そしてこう、付け加えた。

 

「ミケがこの世界にいるのは、今日が最後だ」

 

 出来るなら、これは言いたくなかった。最終手段のようなものだ。時間に限りがあることを伝えて、猫井に意地を張る時間を与えない、ある意味脅しに近い。

 

「うそ……」

 

 猫井は拳を握り締め、俯いた。

 しばらしてして俺を見据え、猫井凛子はようやく、自分の言葉を紡ぎ始めた。

 

 


 

 猫を拾った女子生徒は、親に了承を貰うと猫に『ミケ』と名付けた。体力もすっかり回復したかに思え、女子生徒は自分の判断で病院に連れていかなかった。

 ミケは野良時代に患った病により、既に体のあちこちを蝕まれている状態だったかもしれない。少女がそう気付いたのは、ミケがいなくなってすぐのことだった。動物病院まで直接出向き、聞いたのだ。自らの過ちを悔い、女子生徒はミケを探した。生きていることを願って。

 結局、ミケとの再開は果たせなかった。

 女子生徒はミケがいなくなってから数週間たった今でも、ミケと出会ったあの教室で、ミケが迷い込んだ窓の外を眺めている。ミケがまた迷い混んで来るのではないか。そう願って。


 

 

 

 ミケは……、と漏らすと、猫井は言葉を吐き出した。

 

「先輩たちがここに来たとき、すぐに気付きました。あの女の子はミケなんだって。ミケにもわたしにそっくりだったから」 

 

 悲痛に濡れた声だった。猫井凛子は愛した猫の死を認めた。

 

「ミケはわたしに拾われて、不幸だったに違いない! 他の人に拾われてたら、もっと幸せな生活を遅れていた!」

 

 だが果たして『拾ってくれる』他の人は現れたのだろうか。猫井が気付かなければ、空腹であの日の内に死んでいたかもしれない。

 

「わたしに知識があれば……、わたしがちゃんとミケの為を思ってなかったから……っ!」

 

 過去を責めるなんていつでも出来る。

 今ミケがいて、今しかここにいないのに、躊躇している暇なんてない。

 

「ミケもきっとわたしを恨んでる! わたしはミケが大好きだった……、幸せだった……、想いを共有してるって、そう思ってた……。でもそれも全て、わたしが都合よく作り出した『偽り』にすぎない!」

 

 どうしてだろうか、気が付くと俺は猫井の腕を握っていた。猫井は怯えるように、身を縮こませて震えている。ああ、やってしまった。まさか年下の女の子に、こんな表情をさせるなんて。

 しかし乗ってしまった勢いは止まらず、俺はその言葉を口にした。

 

「そんな簡単に、『偽り』とか言うなよ」


 自分と重ねて彼女に同情したか、あるいは、すぐにでも確かめることの出来る疑問に対し、いつまでも足踏みをする彼女に憤ったか。

 とにかく、俺は突発的にその言葉を作り出し、俺自身驚いていた。果たしてその時、俺はどんな顔をしていたのだろう。

 

 教室の扉が開く。

 

 猫井の表情が、俺の言葉、表情、背後から忍び寄る影のどれに向けたものか確かめる間もなく、口を布のようなもので覆われ、急激な睡魔に見舞われた。

 

 視界の隅で金色の髪が揺れたような気がした。

 


 

 

 

 車に乗せられ、移動させられているらしい。フィルム越しに見る黒い景色に見覚えはない。ついでに、運転席、助手席、後部座席で俺の左右を固める黒服の男たちにも見覚えはなかった。


 明らかにそういう人じゃん……。

 

 その内、俺の右隣――右目に傷のある男が口を開いた。

 

「よう、起きたか。悪いな、お嬢様の命令なんだ」

 

 お嬢様とは千々寺のことか。やれやれ、まさか本当にこういう展開になってしまうとは。バッドエンドですか? デッドエンドですかいな?

 

「俺をどうするつもりですか?」

 

 声は震えていたが、なるだけ平淡なイントネーションで言ってのけた。び、びびってねぇぞというアピールだったが、あまり意味をなさなかったようだ。

 

「そんな警戒しなくても、お嬢様から連絡が入るまで適当に走って、自宅まで送り届けてやるからよ」

 

「それは困りますよ!」

 

 この状況でなお威勢を保っているのに驚いたのか、男はおぉ……と声を漏らした。それは本当に困る。千々寺の連絡はいつ入るんだ? 俺にはまだ猫井の説得という大事な使命が残っているのだ。猫井が学校を出てしまえばもう連絡はつかなくなる。

 無理矢理にでも対面させるべきだったか……、しかしそれではミケにとっても後味の悪い対面となる。やはり猫井本人が自分の意思で、自分の足でミケの元へと向かわないと、意味がない。

 

 くそっ! どうして千々寺はこんな大事な時に邪魔してくるんだ!? 嫌いっ!

 

 俺は黒服たちを見やる。俺の肩幅と比べても1.5倍はある。屈強な男たちだ。試しにもぞもぞと動いてみたが、不審な動きと捉えられ、太い腕で体をガッチリと固定された。痛い痛い!

 

 まずはこの車から脱出しなければ……、俺は『右手』に視線を落とした。どこかで扉を開けることが出来れば、その時点で勝ちなのだ。車、トイレ、民家……。一番手っ取り早いのは車か。

 

「あの、トイレに行きたいんですけど」

 

「あぁ? ……ったく、おい、そこの公園で停めろ」

 

 車は左折し、細い道へと入る。よし、完璧だ。そして車を降りる時に『右手』を使えば……。


 しかし、やはりこういう効果的な作戦は失敗する傾向にある。

 左側の男は車から降りると、ドアを開け放って俺を待った。そりゃそうだ。この屈強な男を無視して俺が扉を開けることなんて出来ない。座席の左側へ体を移動させ、一旦扉を閉めようかとも思ったが、親切な屈強さんが風で閉まらないように手で押さえて下さってらっしゃる。ありがとうございます。ありがとうございます。

 

 車から降りると、俺は屈強さんと一緒に10メートル程先のトイレへと向かった。まだだ、まだトイレの扉がある。屈強さんは入り口の前に陣取り、腕を組んだ。よし、中までは入ってこないようだ。トイレへと入り、個室扉の前に立ち、一呼吸。よし、『右手』で扉を――。

 

 ないですよ!

 

 小さなトイレだった。男女兼用で、壁からずれた小便器と、薄汚れた大便器。扉の枠組みはあるが、肝心の扉はない。杜撰な管理をしよってからに。万事休すか。

 

 いや、まだだ。まだ車に乗り込むタイミングがあるじゃないか。さっきは扉側の屈強さんが必然的に扉を開けたが、乗り込むときはその逆、真ん中に座る俺が扉を開けて先に座る。

 来た! この勝負もらった!

 意気揚々とトイレから出た俺は、扉を開けっ放しで待つ車を見た。

 

 虫が入りますよ!

 

 もうなりふり構っていられない。夢見る少女じゃいられないのだ。『四次元半』に入ると、現実世界からは俺が消えたように見える。だからなるべく前後の繋がりに矛盾が生じないよう、シチュエーションに注意を払っていたが、その余裕もなくなった。

 

 屈強さんと車の横に着いた。入れと目配せする屈強さんに頷き――。

 

 助手席の扉を『右手』で開く。制止の手を振りほどき、俺は車内に飛び込んだ。

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