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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
4人目の主人公は汗まみれらしい
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 猫井が教室を去った後、俺はしばらくの間教室内を調べていた。猫井が冬眠に備えて床の隙間にドングリを隠しているとか、学校プリズンから脱獄するために壁の穴を少しずつ広げているとか、とにかく何か手がかりが欲しがった。

 

 結果から言うと、何もなかった。なーんにもなかった。

 

 そもそも俺たちが教室に入ったとき、猫井は何もしていなかった。強いて言うなら、思い詰めたように窓の外を見つめていたぐらいか。

 

 成果もなく、そろそろ帰ろうかと扉に向かうと、それを勢いよく開けたのは委員長だった。

 

「ミ、ミケちゃんが!」


 珍しく血相を変えた委員長と、教室を飛び出した。

 

 

 

 


 委員長に連れられてやって来たのは、毎度毎度管理の行き届いていない屋上だった。例によって施錠された形跡のない扉を開けると、屋上の隅でミケが体育座りでうずくまっていた。どうした? 昨日食べたたこ焼きが今腹の中で暴れ出したのか?


『わたし……、思い出しました……』

 

「思い出したって、記憶をか?」

 

 ミケは力なく頷く。俺と委員長はミケを挟むように座り、ミケが話始めるのを待った。

 

 

 

 ある教室から見える校舎の敷地内に、1匹の猫が迷い込んだ。猫は食べ物にありつけず、歩くことさえままならない状態だった。そんな猫を救ったのは、1人の女子生徒だった。

 彼女は2階にある部室から倒れている猫を発見し、すぐ下の教室へと急いだ。教室の窓から外に出ると、猫を抱き抱える。女子生徒は猫を抱えて自宅へと走った。

 猫の体力は回復したかに思えた。安堵した女子生徒は猫を病院へは連れて行かず、自宅で猫を飼う了承を貰って、猫に『ミケ』と名付けた。

 ミケは女子生徒が大好きだった。女子生徒は命の恩人だ。感謝してもしきれないくらいだ。

 ある日、ミケは忽然と姿を消した。

 

 

 

 容姿が猫井に似たのも、育ての親だからだろうとミケは言った。そして死期を悟ったミケは、猫井家を抜け出してすぐに容態が悪化し、あえなく力尽きた、と。

 

 ミケは涙に目を赤くしながら、続けた。

 

『気になって猫井さんの家まで着いていったんです……。間違いありません、わたしは猫井さんに助けてもらいました』

 

 屋上には2つの泣き啜る音があった。ミケと委員長だ。

 

『わたしの心残りは多分、猫井さんにお礼を言うことです……』

 

 猫井にお礼……、思わず顔をしかめた。それは不可能だ。何故なら猫井はミケが見えず、声も聞こえず、触れることさえ出来ない。

 では俺や委員長が通訳を努めるのはどうか、と考えて、果たしてそれでミケや猫井の心が思い通りに伝わるのかと却下した。

 

 それに猫井がミケのことをどう思っているのかにもよる。彼女次第で、俺たちがやろうとしていることはただの自己満足である可能性がある。

 結局、これは当人同士の問題だ。外野がしゃしゃり出て場を荒らすのはもう止めた方がいいのかもしれない。

 

 ただ、俺は目の前で泣きじゃくるミケを見て、それを説明する勇気はなかった。無責任に、頼りになりそうな言葉を吐いて2人を宥めた。きっと肉のない、脆い骨組みだけの言葉だ。それでも聞き入って立ち上がるミケに、喪失感を覚えた。

 

 

 

 校舎を出ると、俺とミケと委員長は帰路につく。

 ミケは先程までの憂鬱な雰囲気などなかったかのように、俺の頭上を飛び回る。なんとなく、無理をしているんだと分かった。だから俺も、なんとなく必死に考えるフリをする。

 ……何も浮かばない。

 答えのない問答を繰り返しながら、駅に入り、電車に乗り、揺らされる。駅につくと、委員長は立ち上がった。いつのまにかもう、そんなところまで進んでいたらしい。俺が見送ろうと上げた手を、委員長は強く引いた。

 

「ちょっ……」

 

 その強さに俺はなす術もなく、電車の外に放り出される。勢いそのままに固いアスファルトに叩きつけられ、俺は委員長を見た。電車の扉が締まり、動き出す。乗客たちが窓から物珍しそうに俺と委員長を見た。ミケはいない。電車に取り残されたようだ。

 

 電車の走行音が聞こえなくなると、委員長は口を開いた。

 

「それは君にしか出来ないことだよ」

 

 それは優しくもあり、俺を叱りつけるような声だった。不思議とさっきから、委員長に対する憤りも、打ち付けた体の痛みも感じなかった。

 

「きっと前提から間違っているんだと思う。……ごめんね! わたし、思ったことを言わずにはいられないの!」

 

 そう言って、委員長は走り出した。改札を通るとその背中もすぐに見えなくなる。

 踏み切りの警報音が鳴った。次の電車が見えた。立ち上がり、小石をはたき、ため息をついた。

 委員長にではなく、俺に向けたため息だった。

 

 

 



 自室に入ると、やはりミケは部屋中を飛び回り、『楽しさ』を俺にアピールした。だが俺の醸す雰囲気にやられ、床に正座した。そして一言。

 

『多分わたし、明日が最後です』

 

 俺は狼狽し、説明を求めた。

 

『明日で1ヶ月なんです。ほら、猫って自分の死期が分かるって言うじゃないですか。なんとなく、この体になっても分かるんです』

 

 そう言って、ミケは大きく伸びをする。

 

『あの空間に入ってた時間があったからでしょうね。こんなギリギリに思い出しちゃって……。あなたには感謝してます。猫井さんの元気な姿も確認できたことですし、心残りはないですよ!』

 

 最後に笑みを見せ、押し入れへと入っていく。

 『明日』というタイムリミットの出現が、俺を更に焦らせた。神さまは確かに存在しているのに、どうしてこうも都合が悪いんだ。

 

 何とかして、ミケと猫井を会わせたい。会話をさせたい。触れさせたい。恨みも文句も後悔も、明日を過ぎればミケは伝える術さえ失うのだ。果たしてそれが猫井の都合を考えない、身勝手で自己満足な行動だったとしても、俺は明日消え行くミケのためにそれを現実にしたい。

 

 何かあるはずだ……。現実世界と『四次元半』の組み合わせ……鏡を使うのはどうだ?……ミケに布を被せて……扉を開けっ放しで……水の中で…………。

 

 湧いては潰えるアイディアに、ふと委員長の言葉を思い出した。

 

『きっと前提から間違っている』

 

 前提……。

 俺は今、猫井にミケの姿を見せるためにこうして頭を悩ませている。しかしそもそも、猫井は本当にミケが見えないのか?

 その疑問が生まれた瞬間、まるで雷のように彼女の不自然な行動が脳裏をよぎった。

 

 それは会話、それは行動。

 猫井がミケの姿を確認し、声を聞いていないと出来ないこと。猫井はミケが見えることを隠そうとしたが、『見えないフリ』という慣れない行動から生じる綻びは、思った以上に大きかった。それと同時に訪れた衝撃に、俺はリエルを呼ぶ。

 

「なあ、どうして『四次元半』では霊が見えないんだ?」

 

 現れたリエルに早速質問する。リエルは待っていましたと言わんばかりに微笑み、答えた。

 

「『マスターキー』はすべての扉の開施錠が可能ですが、対応可能な鍵穴は1つずつです。これでよろしいですか?」

 

 手の平を上に向け、肩を竦めて見せた。十分だとも。要するに、『マスターキー』の便利効果は2つ同時に発動しないということ。便利そうで、欠点は意外と大きいじゃないの。『四次元半』にいる間はその空間で活動するための『マスターキー』が発動するので、幽霊が見えるという『マスターキー』は発動しない。つまりそういうことだ。


 そしてそれは、彼女のついた嘘に結び付く。それが本当に嘘だったと仮定すると……。これ以上は精神的によくない。すべては明日、明らかになるのだ。

 

「てか、教えてくれるならもっと早く聞くべきだったな」

 

「ええ。わたしも、ずっと待っていたのですよ」

 

 そういや、こいつは俺のおはようからお休みまでを見つめるストーカーだったな。……俺の入浴シーンまで覗いてんのか? リエルさんのエッチ!

 

 さて、明日はこれまでと違いシリアス回だ。失敗は許されない。アラームを5つセットすると、しばらく後眠りについた。

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