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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
3人目の主人公は人間ではないらしい
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 早沢を家まで送ると、そこから見える一番近いコンビニを目指した。買うものといえば、レトルトのお粥にゼリー、のど飴と冷え冷えシートと、後は……、しまった! アク○リとポ○リどっち派なのかを聞いておくべきだったな。とりあえず両方買っておくか。

 料金は英世1枚で十分足りた。領収書を切ってもらって後で早沢に請求しようとも考えたが、借りをつくるというメリットもあるのでやめておいた。


 今頃おなかを空かせて待っているだろうと早沢の部屋の扉をノックすると、ドタドタと音がしてしばらく後、返事があった。室内に入ると早沢は、鼻の上まで掛け布団をかけて端をギュッと握り、視線をこちらに向けて横になっていた。なるほど、早沢を運び入れた時よりも部屋が片付いている。俺がコンビニに行っている時間を見計らって、部屋の片付けに取り組んだようだ。だがそれも中途半端に終わったらしい。クローゼットの陰に落ちているレースのついた白い下着に目をやり、もう一度早沢に戻すと布団を頭まで被って顔を隠していた。気付いてほしくない箇所に気付いてしまう、これも『マスターキー』の恩恵……、ではなく、効果なのだろう。しかしこれ以上早沢の体温を上昇させて火事になっては困るので、台所借りるぞ、と部屋を後にした。


 お粥を作り終えると、早沢の部屋の扉をノックした。弱々しい声だが、今度はすぐに返事が来た。部屋に入る。片付けは完璧に終えたようだ。

 盆に載せたお粥を差し出すと、早沢は上体を起こした。既に制服からパジャマに衣装チェンジしており、『うっかり着替えを覗いてキャー』や『体拭いてくれる?』なんてサービスイベントの可能性は潰えたか。


 しかしどうやら早沢の症状はなかなか悪いようで、お粥を掬うスプーンが震えに震えて、口に運ぶ前にパジャマの腹部に落ちてしまった。早沢は見られたか!? と顔を赤らめて俺を見やるが、当然ばっちり見てしまった。ティッシュペーパーでお粥をふき取ってやる。布越しでも体温を感じ、俺の手まで震えてしまった。

 さてどうするかと悩んだが、折角のお粥が全部ティッシュペーパーに吸収されては農家の方々に失礼だと自分自身を納得させて、早沢の手から茶碗とスプーンを受け取った。


 適量を掬い、茶碗を受けとして一緒に移動させながら、早沢の口元へと運ぶ。さすがに息を吹きかけて冷ますのは早沢に任せた。スプーンと歯が干渉し、カチンと音を立てる。早沢の唇がスプーンを包み込んだのを確認して、ゆっくりと引き出す。スプーンの動きに合わせて上唇が微動する。スプーンの先端と唇との間に細い糸が出来たが、すぐに消えた。租借音の間に次のローテーションの準備をする。


 ……何やってんだ? 俺。


 異性に『あーん』してもらうなんて大抵の男が夢見ることだろうが、まさか『あーん』してもらう前に『あーん』する側に回るとは思わなかった。そもそも、俺と早沢はまだ話し始めて2週間程度だ。雰囲気に流される俺も大概だが、早沢の方もそこまで親しくもない男子生徒をよく部屋に招き入れてくれたな……。風邪で判断力が鈍ったのか、無頓着なのか、異性として見られていないのか、手馴れているのか。まあ早沢が何か言う前にはもう入ってたんだけどね。さっき気付いちゃった☆

 それに他人の価値観や恋愛事情に口を出すつもりもなく、俺はお粥がなくなるまで、そのローテーションを繰り返した。


 結局学校側から早沢の親へ連絡が回り、母親が昼過ぎに帰ってきてくれるらしい。その旨が記されたメールが届き、早沢は気を落としていた。いいじゃないか、わざわざ帰ってきてくれるのなら。俺なんて自宅から病院までが中途半端に近いせいで、毎回徒歩通院なんだから。


 最後に早沢の額に冷え冷えシートを貼ってやると、俺は早沢宅を後にした。時刻は10時半過ぎ。2時限目の最中だ。

 奇跡的に1、2時限目が連続で自習になっていることを願いつつ、俺は学校へと向かった。






 当然奇跡なんてあるはずもなく、2時間分の怒りをこってり受けた俺は、来る放課後の『幽霊見えるか大実験』の為に、赤坂と授業の復習をする委員長に声をかけた。あれ? 赤坂さん、ちょっとやつれてます? 風邪が流行ってるみたいだし、心配だナ~。

 委員長は俺が来た時点で話の内容を理解したらしく、赤坂に1言謝って席を外してくれた。秘密の談合を行うのにぴったりな階段への踊り場へと場所を移すと、2つ返事で了承してくれた。ちなみに委員長は茶道部所属らしいが、今日は休みで放課後は丸々空いているそうだ。和の空間にショッキングピンク……、文化も進化しているということか。





 放課後になると、ミケを連れて部室棟の空き教室へと向かう。既に委員長は教室前で待機しており、合流するとさも当然のようにミケとの会話を始めた。

 さて、委員長が本当にミケが見える、ということが分かったので、早速本題に取り組むとしよう。俺は教室の扉を『右手』で開けた。俺、ミケ、委員長の順で入室。やはり『四次元半』ではミケの姿は見えない。では委員長はどうだろうと彼女の方を見やると、あれ? と目を丸くして、周囲を伺っていた。


「委員長、今ミケのこと見える?」


 尋ねると、委員長は首を横に振った。


「見えないよ? どこ行っちゃったの?」


 委員長も見えないということは、『四次元半』に問題がある可能性が高いな……。とりあえず適当に理由をでっち上げて説得した。


「気まぐれに見える時と見えない時があるみたいなんだよね。そうだったよな? ミケ」


 当然返事はない。しているのだろうが、俺と委員長の耳には届かない。

 教室から出ると、委員長は次いで飛び出した。ミケを探しているようだ。後から出てきたミケは、項垂れて扉を閉める。委員長にも見えなかったことがそんなに悲しかったのか。委員長はミケを確認すると、「他の教室でも試そう」と駆けていった。廊下を走っては行けません!


 扉の前でスタンバってた委員長は、待ちくたびれた! と親指を立てた。コメントとジェスチャーが合ってないし、待機時間もそうなかっただろうが。そもそも『四次元半』では委員長も見えない、ということが分かったから、もう検証を続ける必要はないのだが……。

 『右手』で扉を開けると、中に入る。やはりミケの姿は見えない。教室を出る。委員長の後ろについて出たミケは扉を閉めると、深く息を吐いた。冷たい吐息が首筋にかかって、刺激が爪先まで走った。


 


 いくつかの教室をまわった。無駄なことをしてるな、と思いつつも、楽しそうに歩く委員長によし帰ろうとは言えず、次の教室を『右手』で開けた。変化なし。ため息混じりに部屋から出る。ミケは拗ねてか、部屋をぐるぐる飛び回るという奇行を始めた。


「早く出てこい」


 俺が呼ぶと、ミケと委員長がこちらを向く。あっ、委員長に向けて言ったわけじゃないからね。


『もう飽きちゃった!』


「まあまあ、後で何か美味しいもの買ってあげるから」


 本当に?! と目を輝かせたミケは、上機嫌で教室から出た。委員長、いけませんよ。食べ物で釣っちゃ。何かある度にせがまれますよ。そもそもお前の心残りを解決するために――、あっ、これは関係なかったか。ん? 幽霊でもやっぱりメシ食えんの?

 教室から出てきた委員長に(ゴチです)と視線を送り、次の教室へ向かった。1階はそこで最後だ。残りは明日に回そう。例のように駆け出した委員長が、教室の扉を開けた。


 中にいた生徒がびくりと肩を震わせる。

 ミケとよく似た容姿――猫井凛子は、しばらく固まったようにこちらを見つめていた。

 

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