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現実世界は俺に厳しい、そう思っていた。しかしその考えは間違っていた。現実世界は常に俺のことを思い、俺の為に動き、俺のことを見守ってくれているのだ。それは父の強さ。母の愛。祖父の家の匂い。祖母のくれるお小遣い。現実世界はとことん俺に優しく、そして甘かった。失敗を受け入れ、次へと生かすチャンスをくれるのだ。嗚呼、現実世界。ビバ、現実世界。
「屋上へ行こうぜ……ひさしぶりに………きれちまったよ……」
千々寺舞は目の前で、不良に絡まれていた。
下校中、何気な~く駅前の商店街に立ち寄ると、道行く人が何かを避けて歩く通りを発見した。近づくと、男女が激しい言い争いをしていたわけだ。
電柱の影からその様子を盗み見る。もしかすると、これは神さまがくれた仲直りのチャンスかもしれない。神は言った。
「YOUかっこよく救出しちゃいなYO」
この状況、おいおいおいと不良に立ち向かって千々寺を助けることが出来たなら、もうそれで仲直りハッピーエンドじゃないか? 俺が千々寺の立場にいたとして、助けてくれたのが髭もじゃのおじさんでも惚れる自信がある。
しかしそんな絶好のチャンスを前にして、俺は電柱の影から出ようとはしない。経験上、不良に絡まれてる女の子を助ける場面で、『ボコボコにされて不良の諦め待ち』という展開が多い気がする。『格闘ジャンル』でもない限り返り討ちに合うのは必至なのに、手ぶらなうえ、女の子1人持ち上げただけで翌日筋肉痛になる普通で平凡の俺が敵うものか。おまけになんだ? あの不良。身長2メーター近くないですか? 髪型は金髪のモヒカンヒャッハー。まさか生まれた時から金髪モヒカンというわけではないですよね?
もし俺の『デ○ビーム』が現実世界でも撃つことが出来たなら、戦闘力たったの5、不良なんて屁でもないわけだが、あいにく現実世界での俺の戦闘力は0。万が一のときには『四次元半』に誘い込んで対処することも頭に入れておこう。
しばらく聞き耳を立ててみると、どうやら本を読みながら歩いていた千々寺が、不良にぶつかったらしい。それだけならまだしも、謝りもせずに『邪魔』『これだから男は』『さっきクソ野郎と話して気分が悪い』などと暴言を吐いたようだ。しかしそれだけで、このモヒカンをここまで激怒させることが出来るのか? なんて思っていたら、とどめにその当たると痛そうな本の背表紙で、モヒカンのモヒカンの部分を殴りつけたらしい。よりにもよってモヒカンのモヒカンの部分を殴ってしまうとは……。本の背表紙はさぞフィットしただろう。おまけのおまけに、身長150センチの千々寺が身長200センチの不良の頭部を殴った方法。不良が「互いに悪かったということで」と頭を下げたその瞬間を狙ったらしい。外道だ。きっと彼女は世紀末でも生きながらえるに違いない。ちょっともう、庇いようがないですね。
千々寺は不良と尚も激しい口論劇を繰り広げているが、しかし明らかに怯えており、どうだろう、やはりここで俺が助けに行けば、吊り橋効果で一発逆転K.O.勝利を狙えるのではないか。
む~んむ~んと電柱の影からそのやり取りを見ていた俺は、ふと『彼女』を見つけた。
来た! これは勝つる! プロの棋士は何手も先の手を読むことが出来るらしいが、俺も2手ぐらい先まで頭の中でシミュレーションをする。肩にかけた通学バッグに手を突っ込むと、取り出したのはすっかり炭酸の抜けてしまったコーラと、ことごとく俺の危機を救ってくれた、カーニバル調の仮面である。
「よし……と――」
コーラを一気に飲み干すと、スチャッと仮面を装着する。勿体ない気もするが、あまり目立った行動をして『登場人物』の1人である千々寺とのフラグを立てるわけにはいかない。こんな玩具の仮面で正体を隠し切れるとは思えないが、それでもないよりはましだ。俺は俺の『平凡』を取り戻す為にここにいて、今までこうして頑張ってきたのだ。
俺の異常を以て、世界の普通を打ち破る。
俺は主人公をやめるぞ! フリョフリョーーッ!!
『彼女』の歩きに合わせて、俺は千々寺と不良のもとへ歩み寄った。
『カーニバル調の仮面』
「うわっ、何だてめえ変態かよ!」
不良の放った暴言というダンガンが、俺の砂糖菓子のように脆く、柔らかく、愛しく切なくけれども強いはずのハートを撃ち抜いた。視界が砕けるように崩れる。しかし俺は挫けなかった。応援してくれるキッズがいる限り、正義は何度でも立ち上がるのだ。
怒りの矛先を『男』である俺に向けた不良は、今にも飛び掛ってきそうな勢いでこちらを睨む。物凄い剣幕。更に身長200センチと目測したが、あと10センチは上乗せされそうだ。千々寺は目を丸くして こちらを見つめていた。当然といえば当然だが、その瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。多分、この不良さんはささっと謝れば快く許してくれたと思う。なんとなくそんなキャラっぽい。しかしそれを千々寺のプライドが許さなかった。引くに引けず、膝が笑っても不良さんを睨みつけていたのだろう。
不良は俺を凄む凄む。思わずその場から走り去りたい気持ちを抑えて、俺は叫んだ。
「キャーーッ!赤坂さん助けてーーっ!!」
車道をはさんで向こう側、赤坂緋月は、不良と、金髪ツインテールと、変態仮面のいずれかを見て物凄く嫌そうな顔をした。果たしてそれが誰なのかは、赤坂のみぞ知る――――。
御都合主義だと言われればすみませんと素直に謝ろう。結論から言うと、不良生徒は赤坂の姿を見た途端に血相を変え、俺たちに勢いよく頭を下げると一目散に駆けて行った。きっと彼女ならこの窮地を救ってくれるだろうと期待していたが、まさか闘わずして勝つとは……。もしかして赤坂さんって、俺が思っている以上にヤバイ人だったりしますか? 赤坂は律儀にもこちら側の歩道へ渡って来てくれた。そして俺を見るなり、その辺に落ちているゴミを口に入れるが如き苦い顔でこう言った。
「あなた……、それ、趣味で着けているんですか?」
ああそうだ、悪いか? 俺はこう見えて、各国の仮面を集めては朝昼晩問わず着けて脇目も振らずに歩くのが日課なのさ。この街に越してきて1ヵ月も経ってない半ボッチのお前には分からないだろう。この街は変態だらけだということを!
赤坂は俺を哀れむような目で見る。そんな赤坂を、千々寺はうっとりと見つめていた。
……ん?
しばらく薔薇色トキメキ空間が広がっていたかと思えば、千々寺はこちらに向き直り頭を下げた。
「どなたか存じませんが、ありがとうございました!」
赤坂は僅かに首を傾げたが、存じない=同じ高校の制服を着ているけど知らない人だと1人で納得したようで、
「まあ、クラスにいても余り目立つタイプじゃないですから」
と俺を慰めた。あ、それ君が言っちゃう? しかしうれしい誤算だ。ここで、千々寺が俺の正体に気付かないのを面白がって、赤坂がうっかりばらしてしまうことが唯一の気がかりだったからだ。でも本当に気付いてないの? だってついさっきまで図書室で話してたよね? 口も輪郭も髪型も、ついさっき見てるよね? えー……。
最後まで千々寺は俺の正体には気付かないまま、いつの間にか赤坂の腕に自分の腕をするりと絡ませ、頭を赤坂の肩に乗せていた。『助けて』ではなく『分かっていますよね』という赤坂の命令気味の視線に口笛を吹いて気付かないフリをすると、ややあって俺は2人に手を振った。千々寺は俺を睨みつける赤坂を引きずるように、組んだ腕はそのままで歩き出す。しかししばらく歩くと足を止め、口を開いた。
「あの! お名前をお聞かせください!」
さあどうする。俺には3つの選択肢がある。本名を名乗るか、大倉井重近を名乗るか、また別の名を出すか。
しかし前2つを名乗ると、赤坂と千々寺がそれぞれ面倒くさい反応をする。必然的に、俺の口はその名前を出していた。
「本郷剛太郎です!」
千々寺の反応はもっともだが、何で赤坂もそれと同じ反応なのかな? あれ、もしかして赤坂さん、俺の名前ご存じない? チョ、マテヨ。赤坂は俺のフルネームを『本郷幸太郎』で登録してしまった。もうすぐ出会って2週間経つのにね。
千々寺はもう一度頭を下げると、赤坂を連れて夜(まであと3時間)の街へ消えていった……。
計り知れないショックに、その後どうやって自宅まで帰ったのかを覚えていない。
土日は特になにも起きなかったので、割愛。
さて、ようやくここで16話の冒頭に繋がってくるわけだ。その日も飽き飽きするぐらい、平凡で普通の日常だった――――。




