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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
3人目の主人公は人間ではないらしい
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 まずは指定された場所がここであっているかを確認した。『図書室』うん、あってる。室内をざっと見回すが、千々寺以外の生徒はいない。では差出人がまだ来ていないということか? 手紙には時間の指定がなされていなかった。そもそも差出人の意図する日にちは本当に今日でよかったのか。それ以前に、差出人は人を呼び出しておいて来るつもりがあるのだろうか。どこかのアホのいたずらという線も出てきたな……。


 とりあえず、千々寺が図書室の角の机に座っているので、適当にそこから遠い席へと腰を下ろした。


「……何をしてるの?」


 図書室に女子生徒の声が通る。どこだ? 入り口から見て死角にでも座っていたのだろうか。室内を見回すが、やはり千々寺以外の生徒はいない。ああ、きっと最近の疲れからくる幻聴だろう。思い当たる節はいくつもある。丁度明日は土曜だし、病院にでも行こうかなんて考えていると、ガタリと音を立てて千々寺が立ち上がった。遂に1人取り残されたか……。横目で千々寺の行方を追ったが、その行く先は出口ではなかった。パタパタと足音を立て、なぜかこちらの席に歩いてくる。おいおい千々寺よ。どうしてそんな怖い顔をしているんだい? 明らかな怒りを表情にはっきりと出した千々寺は、とうとう俺の横で立ち止まった。


「え、えっと……、悪いけど、人と待ち合わせしてるんだよね」


 なんと親切にそう教えてあげたのに、千々寺は俺のことを、まるで親の敵のように見る。そして次の瞬間、手に持っていた図鑑のように分厚い本を、両手で持って振りかぶった。


「ちょっ……」


 ドスン、という鈍い音。千々寺の急襲に閉じていた目を開けると、足元で千々寺が尻餅をついているではないか。文芸部は揃いも揃って俺の前で尻餅をつくらしい。もしくは『マスターキー』がそうさせているのか……。どうやら、振りかぶった瞬間本の重さに負けてバランスを崩し、後方へと勢いをもっていかれたようだ。すぐ後ろに落ちている、当たると痛そうな本を見てそう予想した。


 流石にもう知らんぷりは出来ないな。そう、手紙の差出人は文芸部の1人、千々寺舞だ。図書室に入ったときはまさかと思ったが、彼女の言動、行動からして間違いない。そして随分とお怒りのようだ。これに関しては全く心当たりがない。もしかして、俺が掃除用具入れに隠れてたことに怒っているのか? 年頃の女の子は箸が転げただけで怒り出すからな……。


 俺が手を差し出すと、千々寺はその手を強く払った。といっても、身長150余りの少女が座りながら行ったそれは、たいした痛みではなかったが。

 俺は大袈裟に手を擦りながら、立ち上がり尻をはたく千々寺に目を向ける。千々寺は落ちた本を拾うと、コホンと1つ咳払い。また俺の横に立つが、今度は本を振りかぶりはしなかった。その変わりにたっぷりの不機嫌さを込めて、口を開いた。


「あなた、何がしたいの? わたしたちに近づかないで!」


 ばたばたと騒々しかったさっきまでとはうって変わって、しばらく図書室にはいつもどおりの静寂が戻った。俺は千々寺の発した言葉の真意が分からず、首を傾げて苦笑を浮かべた。


「えっと、俺、何かした?」


 すると千々寺はますます顔をしかめる。悪いことをしたという自覚はないのに、幼さの残るその顔が怒りに歪むたび、胸が締め付けられるように痛くなった。きっとまだ千々寺のことを、『文芸部の小さな少女』だと考えているからだろう。


 千々寺はこちらを威嚇するように頬をひきつらせながら、わなわなと唇を震わせた。


「七美さんと夕さんにちょっかいを出しておいて……、あなたみたいな人をなんて言うか知ってる? 不貞男爵よ! 不貞男爵!」


 『不貞』と『男爵』を組み合わせた造語のようだ。果たしてどちらか一方でよかったろうに。もちろん『男爵』の方だ。


 さて困ったことに、どうやら千々寺舞は盛大な勘違いをしているらしい。きっと彼女の脳内で、俺は星倉と早沢を誑かす『ウェーイなガングロピアスジャラジャラ金髪チャラ男大学生』に見えているのだろう。

 君の目は節穴か? よく見ろ、ウェーイなんて口に出したこともないし、普段日に当たらないので肌は白い。耳にもへそにも乳首にもピアスは空けていない。大前提として、そもそも星倉も早沢も誑かしてなどいない。したがって俺は不貞男爵ではない。そう叫びたかった。心が叫びたがってるんだ。しかし図書室内での騒音はマナー違反なので、今回は自重しよう。

 そういえば、今は『普通』に黒い髪だが、これを金に染めたら両親教師はどういう反応をするだろうか。目の前には既に金髪の生徒がいる。気になることが増えてしまった。わたし、気になります。これこそが幻聴の原因になるんだ、全く。


 とりあえず、この早とちり金髪ツインテールの勘違いを解かねばなるまい。2人目の主人公『ポニーテール』を正確に特定するためには、文芸部員たちと一定以内の距離を保つことが大切だ。つまり彼女ら全員からそれぞれ、ある程度の信頼を得る必要がある。その内の誰かが欠けてしまうと、連鎖的に全てを失うことになる。女の子の集団心理は怖いのだ。

 ということで、俺は至ってシンプルに答えた。嘘をつくわけではない。ありのままを話せばいい。


「ちょっと待って、俺は別にあいつらのこと、好きなわけじゃないんだけど」


「す、好きじゃないって……、じゃあ体目当てだったのね!? このケダモノ!」


「ちょっ……、だから違うって!」


 状況が悪化しました。

 フーフーと息を荒くして鋭い視線を送る千々寺には、俺の言葉は届かない。例によって持っていた本を振り上げると、今度こそ後ろには倒れなかった。そのまま真っ直ぐ俺の頭頂部めがけて振り下ろし――。やめて、禿げる! 禿げる!


「こんなことをしても、本が可哀想なだけね」


 振り下ろされた本は寸でのところで止まっていた。千々寺の勝ち誇ったような瞳が俺を見据える。そのまま本を引くと、背中を向け、出口へと向かう。

 その途中立ち止まり、こちらを振り向くと、最後にこう吐き捨てた。


「わたしはわたしの大好きな文芸部のみんなを傷つける人には容赦しない! わたしの居場所を奪う人は絶対に許さない! 今度わたしたちの前に現れたら、千々寺家の力であなたを亡き者にするわ!」


 今度こそ、俺は図書室で1人になった。時計はもう5時半を指していた。閉め切られた窓から微かに掛け声が聞こえる。校外へとランニングに出ていたどこかの部活動が戻ってきたのか。しかしBGMにしては小さすぎて、やはり図書室は無音だった。


 小さくため息をつくと、手をパンパンと鳴らす。


「はい、お呼びですか」


 気配もなく現れたリエルに、俺は言った。


「千々寺家の力ってどんなもんなの?」


「ええ、千々寺家はいわゆる代々からの名家。受け継がれし家系を守るため、過去には武力行使でトラブルを押し退けたこともあります。彼女の脅しは、脅かすというよりも忠告に近いです。害を成すものを人知れず攫って、人々の記憶の闇に沈めるぐらいは造作ないかと」


 そう答えてリエルは苦笑した。気分が果てしなく下の方へ沈んでいくのが分かる。千々寺なりの冗談かとも思ったが、現実世界は俺にとことん厳しい。これなら誰もいないし、デスビ○ムを好き放題撃てる『四次元半』の方が生きやすいのではないか。いっそ全てを諦めてあの空間に移住しようかしら。


 だがしかし、近づくなと言われても、男には近づかねばならない時があるのだ。全ては俺の為! 俺は俺の為なら多少危ない橋でも渡れる勇気がある! 俺の為なら不可能も可能にする! 俺は千々寺なんかに屈しない!

 とはいえ、表立った接触は出来ないと思ったほうがいい。それこそメールなり電話なり、少なくとも千々寺の目につかないところで、行動を心がけよう。

 それと、千々寺の『文芸部の小さな少女』は改める必要があるな。『文芸部の黒幕』この方がしっくりくる。





 さて、気になることがてんこ盛りの一幕だったが、その中でもっとも俺の探究心に火をつけたもの。千々寺の持っていた分厚い本、ちらりと見えた、ロングヘアーの女の子同士抱き合っている表紙が、目に焼き付いて離れなかった。

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