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さてさてさて……。
普段人を招き入れることのない俺の自室だが、現在俺を含めて3つの影がある。1つはリエル。顎に手をやって苦笑のまま固まっている。もう1つの影は着物を着た同年代の少女だ。しかし星倉ではない。早沢でもない。
容姿こそ猫井凛子にところどころ似ている部分もあったが、2人には決定的な違いがあった。
果たして、猫井はこの少女のように、空中を漂うことが出来るだろうか。
俺がリエルと出会ってから丁度2週間が経った今日、ついに『幽霊』をこの目で捉え、会話するに至ったのである。
これから始まる物語は、俺がこの幽霊を全力で成仏させるオカルトジャンルなストーリーだが、果たして塩でもぶつけておけという厳しい指摘はご遠慮願いたい。
だがその前に、話は3日前へ遡る。
俺は例によって、いつものようにありふれた日常を謳歌していた。1人目の主人公を特定したおかげで、『四次元半』へと移動することもほとんどなくなっていた。
これは俺の個人的な感想だが、赤坂緋月はほんの少しだけ、丸くなったというか……。転入早々周囲を突き放すような態度を取ったせいで、クラスメイトとろくに話をしているところを見たことがなかったが、件の一件の後から主にピンクの髪の人と行動を共にするようになると、彼女に話しかける人数も徐々に増えていった。きっとみんな、興味はあったのだろう。それを邪魔していた赤坂の防御壁が決壊した今、我慢していた分の反動が来たみたいに赤坂の周りには人が集まっていた。
俺もその混乱に乗じて、何気なく「津川とはどこまでいったんだ?」と聞いた後で斬られた前髪が風に吹かれて飛んで行った。あらら、そういや俺と赤坂が直接会話したことはなかったね。
一方の津川はというと、あれから校舎で何度かすれ違うことがあったが、こちらに気付く様子はない。俺たちは『四次元半』で会っていて、お前を救った大倉井重近は俺なのだぞ、と声を大にして言ってやりたかったが、そこはグッと我慢した。
放課後になると、俺は四宮に声をかけた。とりあえず一人目の主人公を特定し、気持ちにも余裕が出来た俺は、少しでも元の生活リズムに戻しつつ、残りの主人公探しを行おうと考えたからだ。
四宮は寂しかったと泣きべそをかく真似をした。こいつはなんとなく、リエルに似ているな。
それから教室を出て、階段を下りて、下駄箱へ向かって……。
『登場人物』たちと出会いさえしなければなんら変わらない日常だな、としみじみ思いつつ、俺は下駄箱を開けた。
はてさて、これが誰の手によるものかは分からない。赤坂か? 星倉か? 早沢か? はたまた俺の知らない第三者か……。
ゴーゴンに魅入られたように固まっている俺を不審に思ったのか、四宮は開かれた俺の下駄場を覗き込んで、悲痛な叫びを上げた。
「お、お、お、お前……、裏切りものめっ!」
薄汚い下駄箱を照らす光のように、薄桃色の封筒は存在感を放っていた。
「ラ、ラブレター……」
呟いたのは俺と四宮両名だ。ただし表情まで同じとはいかない。四宮のほうは顔をくしゃくしゃにゆがめ、今度こそ本当に涙を瞳一杯に溜めると、
「絶対、幸せにしろよ!」
と叫び、走って行った。一体誰目線なのだろうか……。
対して俺は、どうにも手放しで喜べない。これが本当に『物語』に一切関係のない人物からの届け物であれば、それこそ万歳三唱をしながら校庭を延々と走ることが出来るが、まるで爆弾処理班のような直感が、この封筒は危険だ、開けずに捨ててしまえと、そう囁いている。
そもそもこれは本当にラブレターなのか? もし違う用件の内容が書かれていたら、差出人は色合いやデザインのチョイスを間違っているぞ。封筒を手に取ると、表紙にはうっすらと小さなハートマークがデザインされていた。
『図書室に来てください』
時間の指定もない、差出人の名前もない。
封筒に封入されていた白い便箋には、本当に手書きかと疑うぐらい達筆な字でそう書かれていた。ますます怪しい。差出人という俺がもっとも知りたい情報を意図的に削除するあたり、こやつ、普通ではないな?
まずありえないのは星倉七美か。なんとなくだが、彼女はこういう周りくどいやり方で人を呼び出したりはしないだろう。きっと直接会って、約束を取り付けるに違いない。それに俺たちは連絡先を交換している。手紙でのやり取りをする必要もない。
次いで、赤坂緋月。彼女に関しては、対俺の場合もっと恐ろしい方法で伝えてくるだろう。例えば人気のない場所へと俺が足を踏み入れた瞬間、壁ドン(叩きつけ)。恐怖に慄く俺を尻目に、「分かりますよね?」ただそれだけで1から10までを理解させるはずだ。理解できる俺も俺だが。
あとは委員長ぐらいか。彼女も星倉と同じで、わざわざ手紙を使う必要がない。赤坂の席に来るついでに、もう2歩歩けば俺の席へ来ることが出来るのだから。それに性格面でも、直接話をつけるタイプだろう。
となると、怪しいのは早沢。なぜなら俺と彼女は今非常に面倒な状態にある。といっても、早沢が一方的に俺のことを避けているだけなのだが。別に話しかけようとも、接触しようともしていないのに、学校ですれ違おうものなら全力で遠回り、もしくは一緒に歩いていた生徒を盾にするように歩く。下校時間が被れば、陸上部もビックリのダッシュで逃げるか、早沢の自宅とは逆方向へ歩く。全てが大袈裟なのだ。
確かにせっかくの誘いを断ったのは悪かったが、別に早沢のことを受け付けないとか、彼女に否があるとかそんなことはない。むしろ否があるとすれば、間違いなく俺の方だ。よく考えてほしい。このパーティーには必ず文芸部の面々が参加しているのだ。
誘ってくれた早沢、星倉だけならともかく、いまだに接触のない千々寺舞と猫井凛の存在が、誘いを断った理由だ。2人からしてみれば俺は見ず知らずの、それもロッカーに閉じこもって女子生徒の会話を盗み見る変体男子生徒だ。そんな生徒が飛び込みでパーティーに参加しても面白くないだろう。おまけにパーティーは千々寺の家で行うときた。同じ条件をもってして、我が物顔でパーティーに参加できる奴がいれば、俺はそいつを勇者として崇めるね。
なんて悶々としていても仕方がないので、結局は図書室へと向かうことにした。
しかし大丈夫か? 図書室に入った途端異世界に締め出されてナイフで刺されやしないだろうか。ないに等しい腹筋に力を入れてみて、刺されたときのシミュレーションをしてみる。刺されてからじゃ遅いじゃん……。
どうか、どうか『登場人物』ではありませんようにと神に祈り、図書室の、古く重い扉を『左手』で開いた。
閑散とした図書室に1人腰を下ろし、本を読む生徒に、俺は目を丸くした。
「千々、寺……?」
窓から入ってくる穏やかな風の中で、千々寺舞はその金色の髪を揺らしていた。




