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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
3人目の主人公は人間ではないらしい
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 夕日に包まれた校庭では、数種類の部活動がそれぞれ邪魔にならないよう、区分けをして練習していた。サッカー部と野球部は対角線上。テニス部は校庭の端に設けられた専用コートの中。陸上部は、10人程度のグループに分かれて校庭の外側を掛け声を出しながら走っていた。

 ふと、その中の1つのグループが俺の前を通る。青い髪をポニーテールに結んだ女子生徒、星倉七美はこちらに気付き、手を振った。走りながら手を振れる体力とその度胸に感心しつつ、俺は小さく会釈をする。まさかおおっぴらに振り返すわけにもいかないだろう。そのまま星倉を含んだグループが通り過ぎるのを待つと、下校の最中だったことを思い出したように俺は足を進め、そしてすぐに立ち止まった。

 校庭にて汗を流す生徒は100人はいるだろうか。それぞれが己のため、チームのため、保護者や関係者のために体を鍛え、技術を磨き、知識を蓄える。部活生の全てがこの校庭に圧縮されていると言っても過言ではない。

 けれどこれだけの生徒を集めても、『四次元半』という異世界を知るものはいない。まさか自分たちの聖地である校庭で、ついさっきまで人類の存続を賭けた死闘を、同じ学校の生徒が繰り広げていたなんて思いもしないだろう。そう考えると急にこの校庭が、手の平におさまるほど狭く感じた。




 どんな言葉をかけたのか、正直よくは覚えていない。ただ、津川にとってこれから心の支えとなりそうな言葉を思いつき次第口に出していた結果、その内のどれかが津川の心を強く揺さぶったらしい。立ち上がり、壁に空いた穴から飛び出した津川の応戦っぷりは、まさしく『戦闘狂』だった。


 いったん負けてから強くなるタイプね。


 そこからは流れるように物語が進んでいった。ハンマーを片手に魔族4体と善戦した津川は、体制を立て直した赤坂と息の合った動きで魔族たちを圧倒し、ついにはその全てを打ち倒したのだ。これがインフレか、と呆れたものの、どうやら今回の4体は魔族の中でも位のない、下級悪魔らしい。フラッと現れたリエルがボソッと呟き、ササッと消えた。そういえばアルヴァディーンには『魔界伍柱』という肩書きがあったっけ。


 とにかく、津川の覚醒により危機は脱したらしい。もちろんMVPは俺だ。俺がいなかったら津川は覚醒しないまま――、と余韻に浸っていると、瓦礫の奥から現れたのは、本物の大倉井重近その人だった。老人のにこやかな顔を見て、俺は悟る。


 結局物語は、決められた運命の通りに進むのだ、と。


 きっと俺が『観測者』に選ばれず、この空間に来ることがなかったとしても、俺が津川に対して言った言葉をそのまま本物の大倉井氏が言っていただろう。運命は最初から、赤坂と津川の勝利を予言していたのだ。俺は思わず苦笑した。運命を前にしては、『マスターキー』もただの肩書きでしかなかった。




 いずれまたどこかで会うでしょう、大倉井氏はそう言うと、壁に空いた大穴から飛び降りた。最近の流行なのかしら。

 さて、これからどうしたものかと、床に寝転がって寝息を立てている早沢を見た。とりあえず彼女に事の説明をする権利は貰ったわけだが、どう説明すれば納得してくれるだろうか。正直に全てを話す、という選択肢もなくはないが……、ここはやはり鉄板の『夢オチ』でいきましょうか。


 抱きかかえる形で早沢を立たせ(手の触れどころに困る!)、苦戦しながら背中に乗せる。大倉井氏に手伝ってもらえばよかった、と小言を言いつつ、向かった先は保健室だった。保健室であれば、仮に誰かが中にいてもまあギリギリセーフではないだろうか。貧血で倒れた生徒をおぶって来たという設定でいこう。

 保健室に着くと『右手』で扉を開ける。幸い中には誰もおらず、適当なベッドに早沢を寝かせた。

 流石に女子生徒1人寝かせたままで置いて帰るわけにもいかないので、しばらくだらだらと時間が過ぎるのを待った。10分もしたところで、早沢は大きな伸びと一緒に目を覚ます。


「ん、んーっ……。あれっ?! ここは? あの変なやつらは!?」


「オチツケウナサレテタゾユメデモミテタンジャナイカ?」


 我ながら大根で、無理やりな導入だったと思う。是非このような事態に備えて、演劇の練習でもしておこうかと、そう思った。

 しかし寝起きの判断力の鈍さは、時に奇跡を起こすようだ。


「ん、夢かー……、ふふ」


 最後に頬を緩め、早沢はもう一度深い眠りの中へと落ちていった。

 丁度いいタイミングで保健室勤務の先生が入ってきたので、妄想のし過ぎで気絶したのですと伝えると、俺は保健室を後にした。




 自動販売機で炭酸飲料を買うと、俺はベンチに腰掛け、誰の姿もない公園のベンチに腰掛けた。この公園と『四次元半』とではどちらが現実のものかも分からないくらいの静かさだったが、彼を呼ぶ場所としてはもってこいだ。

 俺はパンパンと手を鳴らす。例によって、リエルはどこからともなく姿を現した。


「ええ、分かってます。最近全く呼んでいただけないので寂しかったのですが、ええ、なぜわたしを呼んだのか……、ずばり答え合わせでしょう?」


 しくしくとジェスチャーを交えながら、リエルはこう付け加えた。


「もし正解なら、2人目の主人公の特徴をお教えしましょう」


 当然だが、俺が口にした男子生徒の名はリエルの首を縦に振らせた。しかし初回から引っ掛け問題もいいところだ。もし俺があの場に居合わせなかったら、今もうんうん分からんと唸っていたところだろう。『戦闘狂』とて始めから戦闘に狂っているわけではない。常に争いを求めているわけではない。1人目の主人公――津田千尋は、感情の高ぶりによって己の力を最大限発揮する、サイ○人タイプだったということか。


 俺はリエルを急かした。春先の、日が沈みかけの風は、肌を切るように冷たかった。加えて『四次元半』での一幕の間に相当の量汗をかいていたらしく、シャツが湿っていて気持ちが悪い。一刻も早く家に帰り、風呂に入る必要がある。

 急かされたリエルはというと、その余裕の笑みのままで言った。


「2人目の主人公の特徴をお教えしましょう。ずばり、『ポニーテール』です」


 頭の中にいるのは星倉七美だけだった。他にポニーテールと聞いて思い浮かぶ生徒や知り合いはいない。俺は星倉と連絡先を交換したことを後悔した。これでは自分から『物語』に首を突っ込んでいるようなものだ。

 しかしまだそうだと決まったわけではない。これから出会う可能性だってある。リエルは言った。「1ヵ月以内にすれ違う」と。やはり決断を下すのに、1ヶ月というヒントを活用しない手はない。俺にはたった1度のミスも許されないのだ。


 どれだけ考え込んでいただろう、突然リエルが、あっ、と声を出した。


「では、わたしはこれで」


 どうしたのかと尋ねる前に、その姿を消す。直後、公園にパタパタと足音が響いた。栗色の髪を揺らしながら、早沢夕はこちらに走り寄ってきた。


「おいおい、ストーカーかよ。何でここにいるんだ?」


 そう茶化すと、頬を膨らませながら早沢は俺の後方を指差す。


「私んちあそこだし! むしろあんたがストーカーなんじゃない?」


 振り向くと、なかなか立派な一軒家がそこにあるではないか。なるほど、確かにあそこが自宅ならこの公園にいる奴は帰宅しながら目に入るし、早沢からしてみれば俺のほうがよっぽどストーカーなわけだ。なにせ家の位置まで特定しているのだから。しかしこれは偶然に過ぎない。彼女の家があそこだと知っていれば、こんな寒空の下で黄昏ずに自室で答えあわせをしていたさ。


 早沢と俺の視線がパチりと合う。逸らしたのは早沢の方だ。違う、違うと小声で呟いているが、残念ながら筒抜けである。果たして何が違うのか、また茶化してやろうと思ったが、早沢の方がわずかに早かった。


「その……、ありがとう……。保険の先生が、あんたが倒れたわたしを運んでくれたって……」


 日はすっかり落ち、あたりに光源といえば防犯用の街灯が2つと公園の周りに立つ民家の明かりぐらいしかないが、早沢の表情、頬の紅潮は不思議と、はっきり確認できた。まあおそらく、彼女は見せたくないものだったろうが。


「それでね……、来週、舞の家でわたしの誕生日パーティーを開くんだけど、その……、き、来てくれない、かな……?」


 まるでおもちゃをねだる子供のようだ。少なくとも、俺が早沢夕という少女の印象から作り上げた像は、今のように見るものを脱力させ、幸甚であると感じさせるような表情は作れない。早沢夕という人間は、俺の乏しい経験では処理しきれない存在なのだと、そう感じた。


 春の風に二人揃って身を震わせた。明日は雪が降ってもおかしくない。どこかから懐かしい、夕飯の匂いが鼻孔をくすぐった。犬の遠吠えの連鎖が止み終わると、俺は口を開いた。





「お断りします!」

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